第67話

『ペケジェー、そんなこと聞いてどうするつもりだ?』

「いいから教えて」

『うむ…、どうも入院棟の談話室らしいんだが…』

「入院棟の談話室って言っても、5階から8階の4カ所ありますよ。もし、7階か8階だったらその階に避難している、動けない患者さんと病院のスタッフの命が危ない」


 耳を寄せて聞いていた翔子が口を挟む。


「哲平、達也が見つけられれば、ガスが広がるのを防げるって…」

『そうか、それなら逃げるわけにもいかないな…こいつにもう一回溺れてもらうか』


 翔子も達也も、哲平と犯人の間で何が行われているのか理解できなかった。


 その時だ。翔子は自分のジャンパーの裾を引かれるのを感じた。見るといつの間に来たのだろう、5歳くらいの男の子が翔子と達也の後ろに立っていた。翔子が哲平の名を呼ぶ声を聞いて、母の手を振り切って駆け寄ってきたのだ。


「坊や、この病院は危ないから、お母さんと早く外に出なさい」


 駆け寄るお母さんを指差しながら翔子がその子に諭すが、男の子は頑として聞かない。


『どうしたんだ?』


 哲平の問いに翔子が答える。


「今ここに男の子がいて、外へ行けと言っても聞かないの。でも変ね…お兄ちゃんのジャンパー着てるわ」

『コッペイか?おい、その子を電話に出せ』


 哲平が慌てて翔子に叫ぶと、コッペイに言い聞かせる。


『危ないから早く母さんと外に出ろ。副隊長の命令だ。…えっ?』


 コッペイは、自分が見たショッカーのことを哲平に告げた。


『そうか、わかった…そこにお母さんがいるか?替わってくれ』


 コッペイは大きな声でうんと返事をすると、携帯をミカに渡した。

 ミカは哲平に話すコッペイの言葉を聞いて、電話をかけさせなかった自分が、いかに取り返しのつかないことをしていたのかを悟った。


『ミカさん。コッペイは犯人がソマンを隠した場所を見たそうです。しかし、そこまで案内させるような危ない真似は出来ません。ミカさんがコッペイから詳しく聞いて、そこにいるふたりに知らせてください』

「そんな余裕はないんでしょう?」

『えっ?』

「私も付いてコッペイに案内させます」

『やめてください。そんな恐ろしいことを…』

「恐ろしいことに勇気を持って立ち向かうことを、私たちに教えたのは哲平さんですよ」

『そんな…』


 ミカは携帯を切って、コッペイを抱きかかえた。そして、翔子と達也と連れだって談話室へ駆けだした。

 途中階段を駆け上りながら、コッペイの記憶では何階の談話室だったか、あいまいであることがわかった。とりあえず、5階の談話室へ急ぐ。

 談話室へ到着すると、コッペイはすぐに自販機の横のゴミ箱を指し示した。翔子と達也がそのゴミ箱に飛びついて中を確認したが、それらしきものは見当たらない。


「お母さん。談話室のどこに隠したのかはコッペイくんのお陰で解りました。これから全階の談話室に駆けあがるには、翔子さんとふたりの方が早い。お母さんはコッペイくんと病院を離れてください。あと7分です」


 達也の言葉に納得したミカは、翔子と達也にお辞儀をするとコッペイを抱きかかえて病院の出口に向かった。


 翔子と達也はまた階段を駆け上がった。6階、そして、7階の談話室にたどり着いた時、ふたりはようやくゴミ箱の中に黒いスポーツバッグがあるのを発見した。

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