第51話
別に悪いことをしているわけではないのだが…。
哲平はあたりの様子を伺いながら、空き巣に入るがごとくコッペイの病室に忍び込んだ。哲平は怒りん坊のミカに遭遇したくないのだ。幸いミカの姿はない。コッペイを見ると様々な管につながれてベッドで寝ている。痛々しくもあるが、心臓の鼓動を示す生体モニターの信号音は、規則的で力強い。哲平もコッペイの容体に安堵するとともに、彼の頑張りを誇らしく感じていた。
「おう、コッペイ。頑張ったな」
哲平がコッペイの額に手をやりながら挨拶すると、コッペイの目がパッと明るくなった。コッペイは、何かを言おうとしていたが、まだ思うように喋れないらしい。
「何も言わなくていいって、わかってるって。本当にお前は頑張った」
哲平はコッペイの額を撫ぜ続けた。
「副隊長としては、お前を誇りに思うぞ」
そう言いながら哲平は、自然に自分の目が潤んでくるのを感じた。
「これで、お前の勇気は本物だと実証された…つまりみんながわかったってことだな。だからその勲章として、これをお前に贈る」
哲平は手に持った手提げ袋から古着のジャンパーを取りだした。背中に交差する雷と梅のワッペン。そして、左腕にキャプテンマーク。哲平の宝物だ。哲平はそれを掛け布団の上からコッペイの身体にかけてやった。コッペイは満面の笑顔でそれを受けた。
「早く体力を回復して、副隊長とともにショッカーを倒す闘いにいこうな」
コッペイは大きくうなずいた。
私服ではあるが、哲平は警察官として正式の姿勢で、ベッドに寝ているコッペイに敬礼を捧げた。敬礼とは、相手に敬意を表し、一般的には、組織の下位の者が上位の者に対して行う動作である。勇気を示したコッペイは、敬礼を受けるに値すると哲平は考えていたのだ。
「桐谷さん…」
背後からミカが驚きの声が聞こえた。
「あっ、いない時に、勝手に病室に入って申し訳ありません。すぐ失礼しますから…」
慌てて病室を出る哲平を、ミカは走って追いかけてきた。
「待ってください、桐谷さん」
ミカに掴まれた腕など振り払うのは簡単だが、あまりにも華奢な指なので下手に動かしたら壊してしまいそうだ。哲平は仕方なく動きを止めた。ミカは哲平を逃がすまいと必死で抱きつく。
「桐谷さん…」
ああまたこの香りだ。この上品で甘美で清潔な香りは、どうも自分を戸惑わせる。
「もうコッペイには付きまといませんから…安心してください」
「違うんです」
ミカは哲平を抱きしめている事に気付いて慌てて身を離した。
「テッペイのことでお礼を言わなければと思って…」
「礼?」
「ええ、テッペイが手術を受ける気になったのは、桐谷さんの説得のお陰ですから…」
「説得?説得なんかしてませんよ。コッペイが自分で受ける気になったんですから。それにコッペイとは男と男のタイマンの付き合いなんですから、お母さんからお礼を言われる筋合いもありません」
この頑固な武骨さが、彼から女性を遠ざけている理由だ。少し困った顔をしたミカだが、今日はじっと我慢して言葉を続けた。
「とにかく、お礼に食事でもご馳走させてください」
「だから、母親の礼は筋違いだと…」
哲平の頑固さも度を越している。ミカもついにキレて語気を荒めて言い放つ。
「母親としての礼を受けられないならば、女としての私とデートしてください。それでも嫌ですか!」
言った方も言われた方もフリーズした。お互いしばらく見あうと、ミカは赤い顔を手で隠して消え入りそうな声で言った。
「断らないでください。恥ずかしいです…」
「わかりました。正義の味方は女性を困らせません」
なんとセンスの無い承諾の返事だ。哲平は我ながら嫌になった。
「桐谷さん、今日非番なんですよね」
「ええ」
「では、今夜7時にここで…」
ミカは素早くメモを書いて哲平に渡すと、走るようにコッペイのいる病室に戻っていった。
歳に似合わぬ少女走りしやがって…。ミカが残した香りを感じながら、哲平はそう呟いた。しかし、なぜ自分はこんなに緊張しているのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます