第45話

 峠の片田舎の警察署で事故の事情聴取を済ませると、事故を起こした青年の祖父が警察署の待合で翔子と達也を待っていた。


 幸い達也の迅速な対応と応急処置のお陰で、命に別条はなく、単純な骨折で事なきをえたと礼を言いながら盛んに頭を下げていた。逆に事故になるような遠因を作ってしまったと、翔子達も詫びながら祖父の前から辞したが、門を出たとたん途方に暮れた。もうすっかり夜の帳がおり、しかも激しい雨が降っている。


 警察署での事情聴取に時間がかかり過ぎたのだ。翔子は漆黒の雨空を見上げる達也を見た。暗くなって、しかもこんな激しい雨の中を、彼を連れて峠を越えて走ることは可能だろうか。さっきは火事場の馬鹿力で奇跡的なライディングテクニックを見せたものの、普段の彼のテクでは、非常に危険であることは翔子も容易に想像できた。


「この辺には宿もありませんしの。明日になれば雨も上がりよるから家に泊まらっしゃい」


 先程の青年の祖父が翔子達に申し出た。ご迷惑はかけられないと固辞していたものの、かと言って行くあてもない。祖父は顔見知りの警察官に勝手に了解を取ってバイクを署の駐輪所に置かせると、自らが運転する軽トラックにふたりを無理やり同乗させた。


「すみません。途中にコンビニがあったら寄ってもらえます」


 腹を決めた達也が、ノロノロ運転の祖父に頼みこむ。


「コンビニで何を買うのかの?」

「あの、泊まるつもりなかったんで替えの下着がないんです」

「そんなもん、孫の服があるがの」

「あの…私も無いので買わないと…」


 少し顔を赤くして恥ずかしそうに言う翔子。


「奥さんのは、うちのばあさんので充分じゃろ。もったいない。買う必要はない」

「あの、奥さんじゃ…」

「ほら、あの角を入ればもうすぐじゃ」


 翔子が慌てて訂正しようとするが祖父はまったく聞こえている様子が無い。

 おもわず失笑する達也。翔子は肘鉄を食らわすと、痛さにもがく彼をしばらく睨んでいた。翔子と達也が過ごす初めての夜が始まった。

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