第27話
「師匠、師匠、今日は何をやるんですか?」
到着した翔子が、赤いヘルメットを外すのも待てずに、達也はニコニコしながらレッスン開始をせがむ。翔子はそんな達也の顔を呆れて眺めた。翔子を見つめる達也は、まるで子どもそのままの顔だ。子どもの時代に勉強に時間を取り過ぎて遊びが足りなかった分、ここで取り戻そうとしているのだろうか。
「そんな慌てないで…今日はライディングフォームよ」
「ライディングフォーム?」
「とにかく、センタースタンド立ててバイクに乗ってみなさい」
達也はバイクにまたがる。
「バイクの動きを感じやすいライディングフォームというのがあるのよ。言い尽くされてはいるとは思うけど、それは『腕の力を抜く』と『ニーグリップ』」
翔子は何処から探してきたのか、棒の切れ端で達也の腕と膝を叩く。
「いっ、痛いですよ。師匠」
「頭で解ってもしかたないでしょ。からだに伝えないと」
翔子は棒で達也のヘルメットを軽く小突いた。
「まず、ハンドルを押さえない。極端なことを言うとバイクが動く部分ってハンドル回りしかないのね。フロントタイヤが車体に反応して自然に左右に切れることでハンドルが動く。これを感じるには、ハンドルに手を添えて、ハンドルを押さえないこと。押さえ込むあまり、バイクは曲がりたがっているのに、それを自分自身が邪魔していることって案外多いものなの」
バイクの車体と達也の腕を叩きながら、翔子はレッスンを続けていく。
「次に、ニーグリップ…やってごらんなさい」
達也が口を一文字にして、バイクのタンクを挟むように膝を締めた。その力のこめ様は、まるでプロレスリングの胴締めスリーパーホールドだ。それを見て翔子はため息をつく。
「達也は…つくづくバイクに才能ないのねぇ」
「なんでですか!」
翔子が棒で膝をピシッと音をたてて叩く。痛さのあまり達也は膝を緩めた。
「ヒザでタンクを挟むことが、ニーグリップではないのよ。それは、単に形だけのことで、大事なのは、下半身と一体化したバイクのホールドなのよ。ホールドすることでバイクからのインフォメーションを感じ、その反応を感じてさらにバイクをコントロールしていく…」
「師匠、禅問はもうやめましょうよ…」
「とにかく、バイクの動きを体感しましょう。それには低速でのセルフステアがわかりやすいわ」
翔子はBMWに乗るとエンジンをスタートさせゆっくりと前へ進む。そして、10mくらい進むと極端に速度を落とし、バイクを倒し込むように曲がった。
「いい。だらだら曲がらず、今みたいにパタンと倒れるように曲がるのよ。曲がり方としては、重心を曲がる側に寄せる感じ。大きなアクションは必要ないから。ただ、ハンドルを押さえずに、重心を曲がる側へ」
達也が翔子についてやってみた。不器用な動きながらも達也は何かを感じたようだ。
「バイクの挙動としては、ハンドルがクット切れるような動きを感じるでしょう」
達也は翔子の話しも耳に入らないかのように低速でパタンと曲がる練習に没頭した。
「それを感じることができたら、達也。いよいよお互いの動きにシンクロする本当のライディングの始まりよ」
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