第 9話 謎の少女



 森の奥の茂みから現れたのは十歳前後の可愛らしい少女だ。

 青味がかった髪を肩まで伸ばし、髪紐でサイドを縛っている。

 ちょっと無表情なのがもったいないが、逆にそれが人形のようで造作のキレイさを際立たせていた。どこか作り物めいた美しさがある。

 ソーラが陽の美しさだとすると少女は陰の美しさだ。

 生気のあまり感じられない肌の色がそう思わせるのだろうか。

 緊張していたのが馬鹿らしくなるような小柄な少女だ。

 少女はロプトを見るとその黄金色の瞳を細めてほんの少し嬉しそうに笑った。


「やっと、見つけた」


 そう言って少女が茂みから出てこようとすると、ナルヴィが飛び出して少女にむかって吠え立てる。

 少女は驚いた表情で足を止めた。


「こらっ! ナルヴィ!」


 ロプトが慌てて制止しようとするが、ナルヴィはロプトの押さえつける腕を振り切って少女に向かって走り出した。

 ロプトは振り向いて少女に逃げるように言おうとした。

 きっと少女は怯えて動けないだろう、と。

 だがロプトが見たのは、すさまじい目つきで睨み付ける少女の姿だった。

 見開かれた黄金の瞳は爛々と輝き、そして限界まで開かれた瞳孔が縦に裂けた。


「邪魔、だよ」


 少女の声と同時に、横の茂みから巨大な蛇の尾が飛び出した。

 横薙ぎに振るわれた蛇の尾は突進していたナルヴィを容易く吹き飛ばす。

 蛇の尾はそのままシュルリと少女の周りにとぐろを巻く。

 その丸太のような尾は艶やかな緑の鱗に覆われて、まるで呼吸するように鱗が開いたり閉じたりしている。

 視線を蛇の尾から辿っていくと、その終点は少女の身体にあった。


 少女は身体を茂みから徐々に立ち上げて、遂にはロプトたちを見下ろす位置まで上がっていった。

 少女は半人半蛇の異形の存在だったのだ。

 下半身から伸びる蛇の身体は、少女の身体と不釣合いなほど大きい。

 ロプトは呆然と立ち尽くしてしまっていた。


「ロプト! 下がって!」


 しかしソーラの行動は速かった。

 弓を引き、即座に蛇少女の頭を狙って矢を放った。

 しかし蛇少女はその矢を容易く手で掴み取る。そして無表情のままその矢をへし折った。

 だがソーラはそれを見ることなく、次の矢を既に撃っていた。

 次々に飛来する矢を蛇少女は鬱陶しそうに手で払う。

 その間にナルヴィが立ち上がり、一声吠えて元の大きさに戻っていた。

 蛇少女はそんなナルヴィを見て、少しだけ楽しそうに嗤う。


「あれ、アンタ。力、失ってるの?」


 蛇少女の言葉に、ナルヴィは悔しそうに唸り声をあげる。

 すると蛇少女の髪がふわふわと舞い上がり、そこから黒い影がぼたぼたと落ちた。

 ソレは地面に落ちるとやがて細長い形となり、無数の蛇となった。

 ロプトの背筋に怖気が走る。

 地面を埋め尽くさんばかりの大量の蛇が蠢いてこちらに向かってくるのだ。


「げぇっ、なんて数だ!」


 ロプトは嫌悪感から思わず声をあげてしまう。

 ナルヴィはロプトの前に立つと、群がる蛇を薙ぎ払ってくれる。

 爪を振るい、鎖を振るい、牙で裂き。

 まさに鎧袖一触、ほとんどを一撃で倒し蛇を寄せ付けない。


 だが蛇少女の足元からは無尽蔵に思える程の蛇の群れが絶えず生み出し続けられており、どれだけ倒そうともその蛇たちはナルヴィに群がっていった。

 ナルヴィは、やがて徐々に噛み付かれて身体に蛇が付着していく。

 何匹もの蛇を身体につけたまま、ナルヴィは構わず暴れ蛇を屠っていく。

 しかしいくら倒しても蛇は減らない、徐々にナルヴィの動きが鈍くなっていった。

 次第にナルヴィに噛み付く蛇の数は増え、身体のほとんどを蛇に覆われてしまった。


「ナルヴィ!」


 ロプトはナルヴィを助けようと駆け出す。

 いまいち籠手の力が分からないが、ソーラの矢を消したように、この籠手で蛇を掴めば少しは数を減らせるかもしれない。

 しかし先回りするように蛇少女がぬるりと前に立ちはだかる。


「危ない!」


 ソーラが再び矢を射る。蛇少女の目を狙った容赦のない一射だ。

 不意をつかれたのか蛇少女はその矢を手の甲で防ぐ。

 蛇少女は手の甲に刺さった矢を煩わしげに引き抜く。

 そこで初めて蛇少女はソーラの方を見た。


「オマエさっきから邪魔」


 蛇少女が少し身をくねらせると、蛇の下半身が凄まじい速度でソーラに振るわれた。

 矢を放ったばかりのソーラは避けることも出来ずに跳ね飛ばされてしまう。

 ぽーん、と跳ね飛ばされたソーラの身体は勢いよく木にたたきつけられる。


「ソーラ!」


 ロプトがソーラの方を見ると、苦しそうに咳き込んでいるのが見えた。

 そして余所見をしている隙に蛇少女は目前まで迫っていた。

 気づいた時には既にその身を蛇の下半身に巻きつかれてしまっていた。

 腕ごと肩までぐるぐるに巻きつかれ、全身を締め上げられる。

 口からは意味のない呻き声しか出てこない。

 そんなロプトを蛇少女は至近距離から眺めていた。


「もう、離さない」


 蛇少女は年に似合わぬ妖艶な仕草でロプトの頬を愛おしそうに撫でる。

 幼い少女が無表情でそんな仕草をすると酷いギャップがある。

 蛇少女はロプトを下半身に捕らえたまま、ずるずると移動を開始した。

 逃れようと必死にもがくが、恐ろしい力で締め上げられていてビクともしない。

 動かせるとしたら指ぐらいだが、残念ながら手には何も持っていない。


 それでも諦めずにもがいていたら右手に熱を感じ始めた。

 ほんのりとした熱は一瞬にして燃えるような熱さに変わる。

 その異変にロプトが気づくと同時に、身体を締め付けていた蛇身がほどかれた。

 突然離れた蛇少女はロプトの右手を訝しそうに見ている。

 右手の籠手が雷光を纏いバチバチと瞬いていた。

 見れば蛇少女の鱗が剥がれ、蛇の尾が一部焼けただれている。


「また、逃げるの?」


 蛇少女は眉をしかめロプトを見ている。

 しかしロプトは右手の籠手が異常に熱くなっていてそれに気づかない。

 何か溢れ出すような感覚がある。

 ロプトはそれをナルヴィに群がる蛇に向けた。

 天を裂くような大音声の破裂音が響き、右手の籠手から雷光が放たれた。

 雷光は蛇に当たると、意思を持つかのように分裂し器用にナルヴィに集る蛇だけを舐めるように伝い、あっという間にすべてを焼き落とした。

 自由になったナルヴィは、すぐに手足についた鎖を振るって蛇少女を攻撃する。

 虚を突かれた蛇少女が怯んだ隙に、ナルヴィは他の鎖をソーラとロプトに巻き付けると自らの背に乗せて、駆け出した。

 ぐん、とロプトの周りの景色が流れ、すごいスピードで動き出す。

 だが蛇少女もその長い蛇身をくねらせて追いかけてこようとする。


「これでも、喰らえっ!」


 ロプトは無我夢中で未だに雷光を纏う籠手を蛇少女に向けた。

 目を焼くまばゆい白光が辺りを照らし、極大の雷が籠手から放たれた。

 ロプトは雷光に包まれる蛇少女の姿を見ると、その意識は徐々に薄れ、遂には気を失ってしまった。

 


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