風希の弱さを包み込むだけの風希の自信

「別に何の密談もしてないよ」

 それどころか「いまの話の流れはむしろ、聞いてもらいたい」と波来が風希に言う。しかしながら風希は「嫌よ」と露骨に口を返す。

「風希、ここに何しに来たの?」

「これから仲間たちとここでご飯を食べるためよ、さっさとここから出ていって」

「なんで僕らが出ていかなくちゃいけないの。むしろだよ。風希のほうが仲間たちと密談をしにここで屯するんでしょ? 次に僕をどういじめるかについて」

「うるさい!」

 火の粉を払うように波来の尋問を退ける。

「そうかそうか、仲間内とダベるのに俺たちはそんなに邪魔か」

「ええ、そうよ」

 波来が立ち上がり、風希を見下ろす。

 上から目線の風希なのに。この強気な彼女ですら、細身の波来が見下ろせるほどに背丈が小さい。

 桔実は傍目から見てそう思った。

「ねえ、風希ちゃん」

 桔実がそっと裾をくいくいっと二回引っ張る。

「気安く触るなっ!」

 拳を胸にめり込ませた。

「なんで僕を殴るの、……ごほっ」

 理不尽にも殴られたのは波来のほうだった。

 桔実はドッペルゲンガーの風希と、風希本人を見比べる。

 桔実には、本人のほうがいまだに弱々しく見える。自信がないと直感している。

「風希ちゃんはどうして自信をなくしているの?」

「はぁ? 別に自信がないわけじゃないわよ。自信なんていつも有り余ってるくらい」

 だが桔実はその危うさを察している。その主張自体、何かのはずみですぐに壊れそうだった。

「風希ちゃん。ふたつ聞きたいんだけど、まずその自信の根拠は何なの?」

「バッカじゃないの? 私は私を信じてるわ。これ以上何か言うことがあるっていうの?」

「それって自信過剰じゃないの?」

「キッちん、あんたも立派に悪口を言えるようになったわね、おめでとう褒めてあげる」

 煮えくりかえった激情を風希は露わにする。

 だが怒りの言葉と、からかう言葉に、桔実は耳を貸さない。

「風希ちゃんが風希ちゃんを信じてる。その言葉が来るとわたしは予想してたわ」

「そうでしょ?」

「だからそれを踏まえてあと一点聞くよ。風希ちゃん、それは自信があるんじゃなくて、自分を過信してるんじゃないの?」

「過信? 酷い言われようね。でも私に自信があることはわかったでしょ?」

 風希が髪を掻きむしって、ご自慢のロングヘアを自ら乱す。

「風希ちゃん、その過信は自分を強く見せるハリボデだよ」

「ははっ、なにそれ?」

 からかう笑いではなく、いまにも桔実を殴りつけようとするような姿勢を風希は見せた。

「風希ちゃん気づいて。風希ちゃんは自分の弱さを認めてない。弱さをハリボデで覆ってるだけ、そのことだけに精一杯になってるのがわからないの?」

「うるさい!」

 風希が怒髪天をついても、桔実は一ミリも動じない。

「わたしは風希ちゃんのことが大嫌いだよ」

「あっそ、私もあなたなんか嫌いよ、ふんっ」

 そろそろ行こうと波来が促して、その場を後にする。


 三人は校舎の中庭に出て、心を落ち着けようとした。

「怖かった……」

「大丈夫? 桔実ちゃん」

「うん、ごめんね風希ちゃん……」

 大粒の涙が溢れては地面をぽたぽたと濡らす。

「でもわたしは、風希ちゃんのことを諦めない。絶対に元に戻してみせる」

「旅行、誘えそうかな?」

「誘います、絶対に誘います」

 切ない心情の桔実と風希だった。

「絶対にできるって根拠は?」

 同情しようにも場の雰囲気を読めてないのか波来は、失礼にも横槍を入れる。

「どこまで空気読めないんですか、波来くん」

 泣き顔で言われると、波来もそれ以上に悲しくなるのが桔実にはわかる。

 波来が涙をぐぐっと飲み込む音が聞こえてくる。

「わたしが誘うって言ったら誘うんです」

「それが桔実ちゃんの自信?」

 それは違う。自信があるとかないとか以前の問題だ。

「風希ちゃんのことは私が一番よく知っています!」

 涙を拭って桔実は真っ赤な目になって、それでも冷静な心に戻して、こう言った。

「ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために」

「桔実ちゃん?」

 波来はもう一度その名台詞を聞く。

「そして、わたしがこの現実を脚本として描くなら、わたしはこう書き直します」

 それは、次のようにだ。

「ひとりはふたりのために、ふたりはひとりのために」

 風希本人、そして風希のドッペルゲンガー。

 二人のために桔実と波来は奮闘する。そう決めたのだから。

 きっとこの言葉もダルタニアンの言うのと同じことを言っている。

 風希は二人のために、二人は風希のために。

 桔実にとって、風希本人も風希のドッペルゲンガーも、同じものなのだから。

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