第56話 かケグルイ××
その男は
「こんばんは! あぁ。寒かった~ 店長。熱燗とモロキュウを」
「三郎さん、いらっしゃいませ。ここ数日は花冷えが続いてますから。熱燗とモロキュウですね。畏まりました。どうぞ、こちらにお座りください」
バックバーからマサムネがカウンター席を手で示す前に、三郎は笑顔を浮かべながらスタスタとやってきては、カウンター席に着いた。
隣には頭上にヴィバルディを乗せた四季が、眉間にシワを寄せながらノートパソコンをカウンターに置いては一心不乱にキーを叩いていた。その光景に驚いた三郎は思わず叫んでしまった。
「ちょ! 先生。『キーを叩く』って、本当に握り拳で叩いてどうするんですか? キーボード壊れちゃいますよ」
キーを叩いていた四季は、椅子の上に立つと、握り拳をキーから隣に座る三郎の頭にシフトし、わめき出した。
「あーちくしょー。こんちくしょー。何なんだこれは? イジメか? 無視されてるのと一緒ではないのか? いや空気だから、あるけど見えてないだけで、無視はされてはないのか? 」
「ちょっと、先生! 落ち着いて下さいよ。どうしたんですか? 私が話を聞きますから。叩くの止めて下さい。私のお皿が割れちゃいます」
三郎が頭を両手でカバーしていると、慌ててマサムネがやってきた。
「こら。四季! いい加減にしろよ。三郎さんに八つ当たりするな。行儀が悪い、ちゃんと座れよ」
マサムネは三郎に謝ると熱燗とモロキュウをカウンターに置いた。
「びっくりしたな~ 先生、どうしたんですか? 」
三郎は頭上の皿を外すと割れてないか確かめ、頭に戻そうとしたが、四季がまだ狙ってそうなので目の前に置いた。
椅子に座り直した四季は頭上に乗せているヴィバルディの背中を撫でながら、横目で三郎を見ると大きい目を丸くした。
「え? こっちの方がびっくりなんだけど、その皿は取って大丈夫なの? 」
三郎はカウンターに置いた皿を手でガードしつつ口を開いた。
「少し位なら外してても大丈夫ですよ。仮に割れても直ぐに直せば問題ないですし、めちゃくちゃ繊細って訳でもないですから」
「そうなんだ。それにしても河童は良いよな~ 学校も試験もないし。相対評価も絶対評価もされないから、三郎みたいな、どうしようもない
「いや 先生。河童にも学校も試験もありますから、酷い言われようですが、妖怪の
四季は三郎の言葉を聞き流すと、カウンターに置いていたスマホを手に取り三郎に向けた。シャッター音が店内に響くと四季はスマホを弄り、満足気に頷いてはスマホをまたカウンターに置いた。
「え? 何で先生は今、私を激写したのでしょうか? 」
四季はニヤリとすると、スマホをまた取り出し画面を三郎に向けた。
「三郎、喜べ。お前の遺影は良い感じに仕上がったぞ」
スマホ画面には映像加工され、やたらとデカ目になり顎が尖った、三郎が写っていた。
「めちゃくちゃ妖怪じゃないですかぁ? 自分で言ってておかしいのは分かってますが、妖怪の妖怪による妖怪が写ってるだけですよ。妖怪がゲシュタルト崩壊ですよ。皿を乗っけてないので河童だと分からないですし、こんな子泣きおじさんみたいな遺影とか嫌ですよ」
四季は、ふぅ~。と、息を吐き出すと背伸びをした。四季につられたのか、頭上のヴィバルディも羽を伸ばして欠伸をすると、また羽を閉じた。
「少しは落ち着いたよ。ありがとう三郎。マサムネ、ココアちょうだい。熱いの苦手だから温めで良いよ」
バックバーで後片付けをしていたマサムネは、すぐさまココアを作ると四季に手渡した。四季がココアを一口飲んでから三郎は口を開いた。
「で、先生。ラップバトルで負けたんですか? それともアイドル活動が失敗したんですか? 」
「どっちも違う。今はWeb小説書いてるんだよ」
モロキュウを食べていた三郎の箸を持つ手が止まった。
「ほぉ、それはそれは。最近はアイドルの方も小説書いて売れてますし良いんじゃないですか」
カップを両手で掴んでいた四季は、そのまま両手を持ち上げ口に付けると、一気にココアを流し込みカウンターに置いたカップを軽くデコピンし。ほほ杖を付いては意味あり気に微笑んだ。
「ふふ こいつめ。これは酔うわね」
「先生。ただのココアですから、アルコール入ってないですし、自分に酔ってらっしゃるのでは? 」
「三郎!」
「ハイ! 先生」
突然、四季の凛とした声音が響き渡ると、無意識に三郎は姿勢を正した。
「ときに三郎は歴史や時代物は好きかね? 」
「と、言いますと? 」
「今さぁ。時代物のWeb小説を書いているんだよ。たださ、素人が書く時代物って、どうしてもハチャメチャになりやすいじゃん」
「じゃん。言われましても私はWeb小説読みませんし、歴史や時代物は読みませんからね」
四季は腕組みをすると目を瞑り、少ししてから目を開けた。
「そこなんだよね。私がWeb小説に時代物を書いても、あまり読まれない。もちろん私はド素人だ。そんなド素人が書いた半端な時代小説など、読むだけ時間の無駄なのは否めない」
「否めないなら、仕方ないですね。私はダム工事も終わり、これからは……」
「三郎! まだ私のターンだろーが。私は小説を書きまくってるのだぞ」
三郎は縮こまると、熱燗をお猪口に注いだ。
「でだな 三郎よ。もともと時代小説はジャンルとしては人気がある。長編シリーズ作品は沢山あるし、大昔から時代劇というものある。だが、しかし……素人には、どうしても時代考証が雑で文体やらが難しく、書く方も読む方も、それ相応の予備知識や興味というか、構えというものが必要になりがちだ」
「まぁ、そうですね。何の興味もなしに、昔の時代の小説を書こうかな。とか読もうかな。とはなりませんね」
三郎は熱燗をちびちびと飲みながら、四季の話しに耳を傾けていた。
「だろ。それに時代小説が好きなら、素晴らしい商業作品が多く世に出てるから、そちらを読むので、何も好き好んで素人の作品を読もうとは思わない」
「そりゃあ。商業作品の方が読みやすいですし、外れも少ないでしょうからね。ってか、先生。今日は何の話なんでしょう? 」
四季は三郎を真っ直ぐに見据えると、当たり前の様に言葉を口に出した。
『番宣だ』
「えーーー そんな話の進め方ってあります? 」
「私のここにある」
四季は胸を張ると力強く自分の胸を叩いた。
「そんな闘争心や希望みたいに言われましても。で、一応聞いときますが先生はどんな時代小説を書いてるんですか? 」
四季は聞かれて嬉しいのと恥ずかしいので、モジモジし始めた。
「もう。面倒くさいなー 先生、今さらですし、閉店時間過ぎてるみたいですから早く言わないと」
四季は相変わらずモジモジし俯きながら呟いた。
「イ イケメン義賊と、のじゃロリ白銀女童に美少女ツンデレ姫が一緒になると次々にイベントが発生します(仮)」
四季が言い終わると同時にバックバーで黙々と後片付けをしていたマサムネが、目にも止まらぬ早さで、ヴィバルディをどかすと四季の頭を思いっきり叩いた。
「ホントに番宣だなー! 」
「いったー マサムネ! 手首のスナップきかせすぎだから! 私が1人の時に携帯を置いて、勝手にワイン開けては直接口つけたボトルをそのままワインセラーに戻したり、視力検査って言って、メイドカフェのお玉を目に当ててそのままカレーとか、よそっちゃうんだからね。そして動画を投稿するんだから」
マサムネはまた思いっきり四季の頭をはたいた。
「バイトテロじゃねーか!」
四季は頭を小さい両手で押さえると怨めしそうにマサムネを見上げた。
「私はバイトじゃない」
マサムネは少しだけ軽く四季の頭をはたいた。
「ただのテロじゃねーか!」
「ただではない。お金は頂くよ」
「バイトじゃねーか! 」
マサムネと四季のやり取りを眺めていた三郎は悔しそうにマサムネを見ては、カウンターに置いてある皿に財布から金を取り出し置くき。唇を噛み締めながら店内を後にした。
「あれ? マサムネ。そんな皿、ウチに置いてあったっけ? 」
「いや。見たことないな。こんな薄汚いのはお客様には出さないぞ」
少ししてから大慌てで三郎が駆け戻って来ると皿に手をやりながら四季の顔を見つめた。
「わ 私のお皿じゃねーか……」
「……お おぅ」
四季は困惑顔で呟いた。
「『さらわれた』かと思いましたよ」
「……お おぅ」
「さ さすがは店長。私では先生との息がピッタリいかない。でも、私も負けませんからね」
三郎は皿を頭に乗せてリベンジを決めドゥルキスを後にした。
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