第48話 妖精の宅急便

 バレンタインイベントも終わり通常営業に戻ったメイドカフェ『どぅるきす』では座敷わらしの四季に妖精パックのニーナ。鬼である蘭子の3人が暇をもて余していた。



「しかし、イベントが終わるとこうも暇になるのね? あと蘭子が作った蒸しパンもイケるよ! 店で出せるね」



 四季は誰もいないカウンター席に座っては、温かいミルクに蘭子が作った抹茶ミルクの蒸しパンを頬張っていた。頭上で休んでいたヴィバルディも匂いに釣られたのか、首を伸ばしては四季が持っていた蒸しパンを啄み始めた。



「そうでしょ。おにぃも、好きなんだ、それ。他にもアレンジしたのとか、羊羮ようかんとか和菓子も作れるから、そのうち四季ちゃん試食してよ。あと、お客様はそのうち来るでしょ」



 蘭子は長く綺麗なハニーピンク色した髪をかきあげると、心なしかイエローゴールドの角2本が輝いて見えた。そしてくっきり二重のアーモンドアイを片方だけ閉じて四季に向けてピースサインした。



「おぉ。それは助かる! それにしてもオッドアイのウインクは破壊力抜群だな」



 蘭子の瞳は珍しく右目がブルーで左目がヘーゼルだった。



「蘭子ちゃんのお目々は、宝石みたいなのです。ニーナにもお菓子作りを教えて欲しいのです」



 バックバーで、一生懸命ミルクピッチャーをカップに注いでは、ハートのラテアートを練習しているニーナが、額に滲む汗を拭いていた。



「ニーナの目が私は羨ましいわ。大きく丸い黒目がちなタレ目のタヌキ顔は、今のトレンドなのよ。良いわよ、次からはニーナが早く来られる際は一緒にお菓子作りしましょ」



「わーいなのです。ニーナはニシンのパイを作りたいのです……あわわわ」



 ニーナは手に持っていたミルクピッチャー事、万歳をしてしまった為に、頭からミルクをかぶってしまっていた。

 呆れたように蘭子はニーナに駆け寄ると、ナフキンでパーマがかった頭をポンポンと拭いて上げた。



「大丈夫? もう、拭き取りにくいから動かないで。ちゃんと帽子しなさいよ。あと、ニシンのパイは焼き上がるのに時間がかかるし。若い子には『私、このパイ嫌いなのよね』言われる方が強いから、まずは簡単な生チョコから作りましょ。で、上手く出来たらレアチーズケーキとかレベルアップしていきましょ」



 四季は冷静に蒸しパンを摘まんではヴィバルディに食べさせながら呟いた。



「ドジっ娘とお姉ちゃん属性の美少女がイチャついてるのも悪くないな。これだけで金が取れそうだ」



「べ 別にお姉ちゃんじゃないし、おにぃ。が頼りないから蘭子がしっかりしないとだし」



 蘭子が口を尖らせていると、『どぅるきす』のトアが開き、変わった客が入ってきた。

 慌てて四季がカウンター席から立ち上がると、3人は挨拶をした。



『『お帰りなさいませ、ご主人様』』



「ほぉ。お前たちは今でも私を主人として扱ってくれるのか」



「あわわわ。セカンドバッグが顔なのです」



 四季はそのまま近付いて、客が片手に持っている荷物を持とうとした。



「荷物はこちらに置いておきますね」



「え? 君はわざと言ってるよね? 目を見ればおじさん。分かるんだよ。おじさんは『デュラハン』だから」



 それを聞いた四季は、掌をおでこで叩くと、そそくさとバックバーに戻っていった。



「いや、そんな『やっちまった~』感出さなくても、絶対にわざとでしょ? おじさん。そういうの慣れてるからね。これは、おじさんの顔だから、荷物だけど荷物じゃないから」



 四季がデュラハンの言葉を受け流すと控え室へと消え、代わりにニーナがバックバーから出てきては、デュラハンをカウンター席へと案内した。



「それはとんだお荷物なのです。席はこちらなのですよ」



 ニーナは首を傾げては笑顔を浮かべた。



「君も癒し系の顔して、おじさんに酷いこと言ってるからね。自覚なさそうだけど」



 デュラハンが席に座ると、ニーナはメニュー表を渡した。



「オススメは『ホワイトホーリーに抱かれた海の饗宴と炎に焼かれし刻印つげられたパン」なのです」



「最後、『パン』言っちゃってるじゃん! 面倒臭ければ、『シーフードシチュー』と『パン』のセットです。で、良くないかな? まぁ。おじさんは、そのセットで良いけど、飲み物は『白金をも拒み深淵を覗き込むが事き黒薔薇のマリア』」



 ニーナがメモを取ると調理係の蘭子に伝えたが、すぐにニーナはデュラハンの元へと戻ってきた。



「ご主人様、申し訳御座いません。『炎に焼かれし刻印付けられたパン』は、売り切れてしまったのです」



「じゃあ。『パン』は良いよ」



 ニーナは頭を再度下げると、蘭子の元へと伝えたが蘭子の表情は曇っており、またニーナがデュラハンの元へとやってきた。



「ご主人様、申し訳御座いません。『海の饗宴』がなくなってしまいました。『ホワイトホーリー』で宜しいでしょうか? 」



「それ、『具なしのシチュー』だろ! もう、それで良いから、おじさん。お腹空いてるから早くね」



 ニーナは何とかデュラハンの機嫌を良くしようと、カウンターに置いてあるデュラハンの頭を撫でながら笑顔で答えた。



「『デュラハン』さんも『首なし騎士』呼ばれてるのです。でも、今は馬に乗ってないので『騎士』ではないのです『首なし』なのです。うふふ。だから同じなのですよ」



「なにが? 」



 デュラハンが言うとともに、四季と蘭子も頭の中で同じ言葉を浮かべていた。



 蘭子からシチューを手渡されたニーナが、デュラハンの手前にコーヒーと一緒に置くと少し考えてから



「熱いので、ふぅーふぅーするのです。はい『あ~ん』なのですよ」



 スプーンでシチューをよそい、デュラハンの口まで持っていった。デュラハンは照れながらも口を開けるとスプーンをくわえこんだ。



「う うむ。『あ~ん』」



 その光景をバックバーから見ていた蘭子は不思議そうに呟いた。



「あれ? デュラハンって、別に1人で食べられるんじゃないの?」



 デュラハンは一瞬動きが止まると、腕をニーナが持っていたスプーンにおそるおそる近付けて、ニーナからスプーンを受け取った。



「あわわわ。面白いのです。遠隔操作なのです」



 興味深くニーナが見ていると、デュラハンは恥ずかしがってスプーンを口に運ぶのを辞めてしまった。



「何処まで繋がるのか気になるのです」



「な 何をする。辞めてくれ~」


 ニーナは何を思ったかデュラハンの顔を抱えると、デュラハンの言葉には耳を貸さず、じょじょに胴体との距離から離れていきテーブル席まで来ると立ち止まった。



「ここまで歩いてシチューを食べさせる事は出来るなのですか?」



「何なんだよ。おじさんはお嬢さんの暴挙にびっくりだよ! この位の距離なら出来るさ」



 デュラハンの胴体はシチューを持ちながら立ち上がると、テーブル席まで歩いてきては、ニーナが持つ顔ににシチューをよそったスプーンを持っていく事が出来た。



「あわわわ。驚きの事実なのです。胴体だけ戻るなのです」



 デュラハンは文句を言いながらも、胴体はカウンター席へ戻っていき、顔だけはニーナに持たれたまま逆の端っこまでやってきた。



「この距離ではさすがに無理なのですよ」



「いや、おじさん。を舐めてもらっちゃ困るな」



 ニーナが言うと、デュラハンの胴体はすぐに立ちあがり、先程と同じく口までシチューを運ぶことが出来た。



「あわわわ。便利なWi-Fiなのです」



「もう、ニーナもその辺にしてあげて、ご主人様にゆっくり食べさせて上げなよ」



 見かねた蘭子がニーナからデュラハンの顔を奪うと、落とさないように大事に胸の中へと抱き抱えた。デュラハンの顔は穏やかに気持ち良さそうな表情を浮かべていた。そのまま蘭子はカウンター席へと静かに置いた。



「どうかされましたなのですか? ご主人様のお顔が赤いのですよ」



「な 何でもない。シチューは大変美味しかった」



 蘭子はバックバーに戻ると、作っていた抹茶ミルクの蒸しパンを幾つか詰めてバケットでカウンターに置いた。



「ありがとうございます! こちらは『菓子パン』ですが、試作品なので良かったら持っていって下さい」



「おぉ。これは、ありがとう! 持って帰って頂くとしよう。また、機会があれば来よう」



 ニーナは人差し指をデュラハンに振ると、不満げに答えた。



「『来よう』じゃないのです『帰って来る』なのですよ」



 デュラハンは笑顔を浮かべると席を立ち上がり、会計を済まして蒸しパンのバケットを持ち店を後にした。控え室のドアが開き四季が満足気にカウンター席までやってきた。

 


「お疲れ様。控え室から、少しドア空けて様子観てたけど、もう2人だけでも調理から接客まで任せても大丈夫そう……でもないな」


四季はカウンターにポツンと恥ずかし気に佇むデュラハンの顔と目が合った。



「うむ。おじさんも。楽しすぎて、バケット持ったまでは良いけど大事な顔を忘れてしまったよ。おそらく、圏外になってるから胴体は外で立ち尽くしているだろう」



「あわわわ。す すぐに届けるのですよ」



 ニーナはデュラハンの顔を持つと大慌てで外へと出ていったが、途中途中でデュラハンの顔をドアや壁にぶつけていた。



「いたい いたい 絶対、わざとでしょ! こんなドSなメイドカフェがあってたまるか!」



 少ししてデュラハンの顔は無事に胴体まで届けられました。

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