第46話 小中高セイラ

「なぁ。最初からあんな感じになるなら言ってくれないか?」



 メドレーライブが終わった翌日の開店前ドゥルキスでは、マサムネがキャスト全員をテーブル席とカウンター席に座らせ注意をしていた。



「ごめん、マサムネ。私もあんなになるとは思わなかったんだ」



 ヴィバルディを両手で抑えながら、定位置に座っていた四季はマサムネに深々と頭を下げた。マサムネは珍しく不機嫌な態度を隠そうとせずに四季を睨み付けた。



「お前はリーダーだろ? しかもみんな酔ってたり満身創痍で帰宅するから、後片付けも俺が寝ずに今まで1人でやってた。あのシャンパンにまみれた床をモップで何回も掛けて、生クリームは雑巾で拭いて、壁にも飛び散ってたから拭き取るのが時間かかったし、氷芽の氷柱つららで床も割れたから補修もしたし。それでもまだ終わってない」



 キャスト全員が申し訳無さそうに肩を窄め、俯いては黙って聞いていた。



「俺だってあまり言いたくないぞ。アイドルをやっても良いと許可を出したのは俺だからな。だが、昨日のはアイドルだったのか? デスヴォイスで叫びまくり、シャンパンを掛け合って、店内を走りまくる。大きいステージならまだしも、こんな狭い店内でやるから、掃除や補修で今日の営業は出来そうにはない」



「わ 私は関係ないと思……な 何でもない」



 おそるおそるセイラが手を挙げたがマサムネに睨まれ、すぐに手を下ろした。



「とにかく今日の営業は出来そうにないから帰っていいぞ。また明日から出勤してくれ」



 キャスト全員がマサムネに頭を下げつつ店を後にした。



「あっ。セイラだけ残ってよ。セイラがセンターの時の曲を渡すから」



 四季は先程謝っていた態度とは打って変わって悪びれる様子もなくセイラに声をかけると、セイラは目を輝かせながら四季に近付いてきた。



「はぁ。言ってる側からお前らは」



 マサムネはため息を吐くとバックバーの棚を拭き始めた。



「ごめん、ってマサムネ。次は大丈夫だからさ。PCで作ってる途中なんだけど、もう少しで出来るからセイラも少し待ってて」



 四季はそう言うと控え室へと向かった。セイラはマサムネの様子を窺いながら、そ~っとバックバーまで入ってくるとグラスを磨き出した。少しするとドゥルキスのドアが開き女性が入ってきた。



「なによ。今日はお休みだったのかしら?」



「あぁー。シャーロットちゃん! 何でシャーロットちゃんがここにいるの?」



 入ってきた女性はセイラと同じ長耳であり、すぐにエルフだと分かった。金髪ロングに大きくカールを付けてハーフアップにしているので豪華な印象を与え、上向きのツンとした鼻や二重ながら切れ長の目が気の強そうなお嬢様を表していた。



「いるんじゃないのセイラ。フフフ、私は留学で来てるの。SNSでセイラがこの店にいるって知ったから、男爵とはいえ爵位を持つ令嬢が、こんなお店でどんな吠え面をかいているのかとね」



 シャーロットが鼻で笑うとセイラは入り口までやって来た。



「吠え面はかいてないよ。シャーロットちゃんだって侯爵令嬢でしょ。せっかくだから座りなよ」



「セイラの友達か? 初めまして店長をしております『マサムネ』です。あいにく急遽休みになりましたが、少し位なら寛いで行って下さい」


 マサムネはシャーロットに微笑み掛けると手でカウンター席を示した。



 ズッキューーーーン。



「あ? セイラ、何か言ったか?」



「何も言ってないけど『ズッキュン』って、聞こえた様な。シャーロットちゃん?」



 セイラが振り返ると胸を両手で抑え目を丸くしてるシャーロットの姿があった。

 セイラは手をシャーロットの顔にかざした。



「おーい。シャーロットちゃ~ん。ダメだ何か魂が抜けてるよ」



 セイラはシャーロットの頬っぺたをつねった。



「痛いわね! 何するのよセイ……ラ」



 マサムネに見られていたシャーロットは最後の方は声が小さくなり、モジモジとし出した。



「シャーロットちゃん。顔が赤いよ、熱があるんじゃない」



 セイラは自分の手をシャーロットのおでこに当てようとした。



「や 止めてよ。ここが暑いのよ」



「取り敢えずシャーロットさんお座りください。お飲み物は何になさいますか?」



 マサムネが優しく言うとシャーロットはコホン。と咳払いをしてからカウンター席に座った。



「じゃあ。ミルクティをちょうだい」



「あっ マサムネ。私がやるから良いよ」



 シャーロットは店内を物珍し気に見ていたが、セイラがマサムネを呼び捨てにするのを聞くと驚いた顔をしてセイラを見た。



「あ ああ あなた達は付き合ってらっしゃるのかしら?」



 挙動不審なシャーロットをセイラは不思議そうに見ると、ロイヤルミルクティをカウンターに置いた。



「どうぞ。私とマサムネが付き合ってるってこと? そんな訳ないじゃん」



「マサムネじゃなくて、店長だ。ん? シャーロットさんは左利き?」



 棚を拭き終わったマサムネはセイラの隣までやって来るとシャーロットの手前に置かれたカップに視線を落とした。



「い いえ右利きでしゅが」



「セイラ。ティーカップは取っ手を右側に置け。右利きの方が多いからな。ルナルサが左に置いてるのは、あいつの母国でのやり方だ」



 マサムネがわざわざバックバーから出てきては、シャーロットのカップを置き直した。



「あ ありがとうごじゃいます」



「いいえ。ごゆっくりどうぞ」


 先ほどから噛むシャーロットをマサムネはクスッと笑うとバックバーへと戻って行った。



「シャーロットちゃん。高校卒業以来だね。侯爵令嬢も大変そうだなぁ」



 シャーロットは取っ手を持つと優雅にミルクティを口に含んでから、片方の口角を上げた。



「大変も大変よ。毎日、パーティーの招待やデートのお誘いがあるもの、私も男爵位の爵位が良かったわ」



「それは凄いモテてるじゃないですか」



 マサムネが話に混ざるとシャーロットは、両手を膝に置いて俯いた。



「ま まぁ。もちろん断りますので大体は暇ですが」



「マサムネ、シャーロットちゃんは小中高と爵位を持った子息しか入れない学園で、常に成績と運動能力が一番で、学園始まって以来の才女と言われていたんだよ」



 マサムネはセイラと自分用にカップに珈琲を注ぎ、セイラのソーサーにはミルクと角砂糖2つを置いて手渡した。セイラは当たり前の様に受けとると角砂糖とミルクを珈琲に入れかき混ぜた。



「相変わらず甘党のお子さまなのねセイラは」



 その一連の動きを見ていたシャーロットは呟くと心なしか不機嫌な態度に見えた。



「それだとシャーロットさんは小学校からモテてたんでしょうね」



「べ 別にモテてなどはいません。セイラの方が異性からの人気はありましたし」



 セイラは胸をはるとマサムネに親指を立てた。



「なんとなんとこのセイラちゃんは、小中高と異性からの人気ランキングが1位だったんだよ」



「エルフって聴力が良いから視力は悪いとか?」



 セイラは立てた親指を反対にしてマサムネに抗議した。



「なんでそうなるのよ? 小学校の頃は足が速い子ってモテるじゃん。私、足だけはシャーロットちゃんよりも早かったし。中学だと思春期だから異性と話しにくくなって、誰にでも挨拶出来る女の子って人気出るじゃん。私そうだったし、高校も笑顔で接してくれる女の子って人気出るじゃん。大前提で私それなりに可愛いし」



 マサムネは一気に話し掛けるセイラの圧に押されていた。



「ま まぁ。確かに人気が出るが。お前、逆に同性から嫌われてなかったか?」



 セイラは手を叩いて笑った。



「そんな事あるわけないじゃん。友達も多かったし後輩からも慕われてたし、先生からも可愛がられてたし」



「そうですね。小学校も人気はセイラ。中学校も人気はセイラ。高校も人気はセイラ。小中高セイラ。と、皆から好かれてたのは間違いないわね。みんな良いところのお坊ちゃんとお嬢さんだったし、政争や派閥争いなどで親の腹黒い所を見て育っていただけに、庶民と変わらない様な裏表もない子が、人気になるのも今なら理解出来るわね」



 セイラはフフンと微笑みマサムネにピースすると、マサムネはセイラにでこぴんをした。



「今じゃ裏表がありすぎて、どれが表で裏か分からないけどな」



「あ あなたたち仲が良いわね。さっきも珈琲にミルクと角砂糖2つ。とか具体的な味の好みが分かるみたいだし」



 シャーロットは頬杖をするとそっぽを向いてしまった。



「まぁ。ほぼ毎日一緒に働いていれば味の好みは分かりますよ」



「そういってマサムネは私のアルコール適量分からなかったじゃない」



 セイラが肘でマサムネの胸を小突くとマサムネはセイラの長耳を引っ張った。



「だから、あれは悪かったって! 今はアルコール量抑えて出してるだろ。あとマサムネじゃなくて店長だ」



 シャーロットは目の前の2人を見ては下唇を少し噛むと、ミルクティを飲み干しガシャンとソーサーに強く置いた。

 その音に2人が驚いていると控え室のドアが開いた。



「セイラお待たせ。曲が出来たよ。あとセイラ用の素敵な演出も考えたんだ」



 控え室からは四季がカウンター席まで小走りにやってくると席に立ち上がり、カウンター越しのセイラにスタンドライトを至近距離から浴びせた。



「眩しい。何よ四季ちゃん」



「何か『セイラにも光を』って言うお客様増えてきたから、これで光を当ててるんだけど」



 セイラはスタンドライトを振り払うと目を細めた。



「そういう意味じゃないでしょ。分かっててやるの止めてよ四季ちゃん」



 四季はチッと舌打ちをすると隣にいたシャーロットを見た。



「あら、取って付けたような悪役令嬢さん。こんにちは、ご機嫌ヨーソロー」



「は? 悪役なの私! それにヨーソローって海賊令嬢の挨拶かしら」



 セイラが片手を四季とシャーロットの間に挟んだ。



「まぁまぁ。そうだ! シャーロットちゃん。私たちアイドルなんだ。今度は私がセンターだから見に来てよ。ここでライブもやってるからさ」



「おっ ついにセンターがセイラか。俺も楽しみにしてるぞ」



 シャーロットは何か閃いた様に立ち上がるとセイラを一瞬見てからマサムネに向き直った。



「マサムネさん。私は侯爵令嬢ですからこのような場所で働くことは出来ませんが、歌は得意です。私にも歌わせて下さい」



「はぁ。別に良いですけどギャラとかは出ないですよ」



 シャーロットは控えめに笑いながら頷きセイラを指差した。



「えぇ。大丈夫です。ギャラ以上のものを手に入れますから。セイラ! 勝負よ、この私と勝負しなさい」



 セイラはキョトンとすると困ったように言葉を口に出した。



「な 何でシャーロットちゃんと勝負しなくちゃいけないの?」



「何でもよ! 私が勝ったら……」



「え? 聞こえないよ。シャーロットちゃん。エルフの耳でも聞こえないって相当な小声だよ」



「う うるさい! とにかく勝負よ。また来ます」



 シャーロットは顔を真っ赤にすると、途中でつまずきそうになりながらも急いで出口へと向かった。



 四季はセイラにスマホを手渡した。



「これPCから移した。詞だけ書いてきて。あと、セイラの友達は変人なのか?」



「わ 分かんない。あんなシャーロットちゃん。初めて見たよ」



 マサムネは思い出したかの様に呟いた。




「やっべ。お金貰うの忘れてた……」

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