第45話 セイラのなく頃に
終始ルナルサの圧巻なパフォーマンスで店内の熱気は凄まじかった。
「さすがイフリートですわ、もう。熱すぎて不快ですわね」
「
雪女の氷芽が眉間にシワを寄せ顔を手で仰ぎながら呟くと、サキュバスのリリムが床に放り投げてあるマイクを拾い上げた。
「それよりルナルサが酔っ払ってるなんて、初めて見ました。セイラ、控え室にルナルサを連れて行きさい」
「え?
美雨に睨まれたセイラはしょぼん。と、肩を落としながらボトルを持ち、火吹きをして客をまだ煽っていたルナルサの襟を掴むと引っ張り、控え室へと戻っていった。
ルナルサがいなくなり、客も少しずつ落ち着き出すと、リリムがマサムネにウインクをした。店内は先ほどよりも照明が落とされ、客からはリリムだけが浮かび上がる様になり、他のキャストのダンスは影だけが見えていた。
スマホからは小気味の良いピアノとベース音が絡み合い、センチメンタルな雰囲気が店内を包み込んだ。
ジャズ特有の4ビート……実際のリズムよりも速さを感じさせない作りにより、カウンター席で先ほど盛り上がっていた客は、リラックスしてるかの様にリズムを取り出していた。
「今夜は月が綺麗だって?アルコールと言葉どちらで酔わせるのかしら♪
ふふ。私の事を待っているって言うなら一晩中待ってなさい♪
あなたは輝く満天の星空の元 寂しく1人眠りについて♪ 夢の中では2人妖しく交わって
少し鼻にかかる艶やかな歌声は観客を魅了するには十分だった。リリムは最後の『悪魔のKiss♪』のタイミングで掌を唇に当てて、差し出す様に掌に置いたKissを妖艶にカウンター席に向かって吹くと、何人かの客は気絶してしまい、マサムネが甲斐甲斐しく介抱していた。
「やばっ。歌ってたら気持ち良くなってきて、思わず妖気まで飛ばしちゃったかも」
「もう! リリム気を付けてよ」
リリムは四季に、ごめん。と呟くとマイクを最後にセンターを務めるアイリに渡そうとしたが、アイリは受け取らずに自分の猫耳を指差した。
「にゃ。アイリはダンスも激しいから、直接付けたにゃ」
「そ それは猫耳からは落ちないのかしら?」
猫耳に付けられたワイヤレスのイヤフォンマイクを凝視しながらリリムが呟くとアイリは頬を膨らませた。
「リリムにゃん。そんなにみにゃいで! 学校でも使ってるのだから大丈夫にゃ」
気絶していた客も意識を取り戻したが、カウンター席の観客全員がリリムの色気に惚けた様に突っ立っていた。
アイリは小走りにバックバーに向かうと、ワインセラーから持てるだけシャンパンを取り出しては手に持ち戻ってきては床に置いた。
「よし、皆も位置に付くにゃ 」
アイリはマサムネに片手で合図するとマサムネはスマホを操り、スマホに繋いだスピーカーからは電子音が流れ始めた。じょじょに電子音はアップ・テンポと、ともに大音量になりビートが振動し体の芯から、震わされているようだった。
その音に観客もだんだんと、我に戻り始め音を楽しむようになっていった。
アイリは床に置いていたシャンパンを思いっきり振ると、観客席に向かって勢い良く吹き飛ばした。
「はぁ~ どうしてもこのEDM? って、ノリとかは付いていけないですわ」
「同感です」
シャンパンを次々と開けては観客席に掛けるアイリを後ろから、突っ立ったまま冷めた目で氷芽と美雨は見ていた。
「2人とも。我慢しなさいね。今はアイリがセンター何だから」
リリムが優しく2人に声をかけると、2人は渋々盛り上がる様に踊り始めた。
「ぷぎゃー 氷芽のダンスは何だ!? 日本舞踊か? そして美雨のは盆踊りか? アイリが『私の時は好きに踊って良い』言ってたが……うぉ。 な 何をする離せーー」
四季が氷芽と美雨の躍りを馬鹿にすると、2人は目配せをし互いに呼吸を合わせると、『せーの』の掛け声とももに四季を持ち上げ観客席に放り投げた。
観客席最前列で警備員と化していたマサムネは素早く移動していち早くキャッチすると、お姫様抱っこされた四季は胸の前で両手を重ねた。
「さすが マサムネ! あの2人は許すまじ。座敷わらしの恐ろしさを見せてやる」
まさかの幼女のモッシュダイブに、一層観客席が沸くとアイリは煽り始めた。
「まだまだにゃ! シャンパンはでぃあちんが全部払ってくれるにゃ。思う存分掛け合うにゃーー」
アイリは床に置いてあるシャンパンを開けずに何本も観客席に投げ込んだ。
観客はキャッチすると思いっきり振り思い思いに掛け合った。
そんななか四季はバックバーに向かうと何かを取り出してはテーブル席へと戻っていった。
「氷芽。美雨。これでも食らえーー」
四季はメイドカフェ用に作り置きしていたスポンジケーキに生クリームを乗せ両手に持ち、氷芽と美雨の顔に思いっきり投げつけると、見事2人にヒットしスポンジケーキが顔から落ちると生クリームまみれの2人の顔があった。
「うきゃきゃきゃ。なんだ? 2人ともその顔は妖怪そのものじゃないか」
氷芽と美雨はすぐに四季を捕まえようとしたが、四季は2人の顔を指差しながら笑っては店内を逃げ回った。
「いでよ!ヴィバルディ」
独特の鳴き声がするとヴィバルディはどこからともなく、パタパタと飛んできては四季の頭上に着地した。
「ヴィバルディ。向きが逆! 追ってくる、あの2人の邪魔をするのよ」
ヴィバルディ向き直り追ってくる氷芽と美雨に小さい竜巻や雷を作り邪魔をし始めた。
「まったく。邪魔なドラゴンですわ」
氷芽はすぐに片手を伸ばし掌を向けると、
四季は身軽にひょいっと避けると後ろを振り返った。
「あっぶな。絶対に私の事は傷付けないでよ!」
美雨は物凄い形相で睨み付けた後に微笑みながら四季に向けて叫んだ。
「物理的な意味では傷付けないですが、精神的な意味ではどうかしら?」
「そ そっちの方が怖い……」
四季は逃げる速度を上げるといつの間にか、カウンター席付近で観客席を回り始めていた。そうすると観客も自然に四季に続いて回り始め、 真ん中にはポッかりと穴が空いた輪が出来上がっていた。
それをテーブル席から煽っていたアイリは満足そうに眺めると跳び跳ねながらまた煽りだした。
「良いにゃー。お前ら最高の『サークルモッシュ』にゃ! 怪我だけはしないように注意するにゃ! それ以外は何でもありにゃーー」
サークルモッシュには四季を追っていた、氷芽と美雨も巻き込まれていた。
「ちょ。氷芽! これ、一向に四季に追い付けないし何なのよこれは?」
「知らないですわよ。『サークルモッシュ』なんて初めて聞きましたわ。ぎゃ 逆方向に私たちだけ回れば良いのですわ」
2人は逆に回ろうとしたが、観客の勢いが強く流れに逆らうことが出来なかった。
「何か、人生を表しているようね。流れには逆らえない……」
「そ そうですわね。ってか、いつまでこれ回ってれば良いのですわ……」
テーブル席の一番端っこでは飽きていたのか、壁にもたれながら勝手に片手でワインを持ち煙草を吸っていたリリムの姿があった。
「はぁ~ 何。この状況ここまで来るとさすがに……くっだらないわね。控え室に戻ろうかしら」
リリムは独り言を呟くとワインを持ちながら控え室へと向かい控え室のドアを開けると髪の毛がボサボサになっているセイラの姿があった。
「リリムしゃ~ん! 私はいつ出ていけば良かったのよ~ もう少ししたら出ようかな。もうちょいしたらタイミング良いかな。次で私の事、呼んでくれるかな。思ってたら、出るに出られないし、酔ってるルナルサちゃんには無駄に絡まれるし~」
セイラは泣きながらリリムに抱き付いた。リリムは持っていたワインを溢さないように優しく抱き締めるとセイラの髪を撫でた。
「次はセンターがあなただし、光が当たるわよ……知らないけど」
「あうあう……今は裏センター所か普通の『裏』だよ! 私だけドアを隔てて、違う時間軸を過ごしてるのかと怖かったんだよ。これじゃ人気が出ないのも納得だよ。本気で病むよ……」
セイラに果たして光は当たるのか、誰にも分からないのであった。
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