第二部・第三章 さあ、背筋伸ばしてアオハル本番!
第六十三話 早朝でも、蝉時雨は大盛況。
――地より湧きたる蝉たちが、最も煌めく時を飾っている。
わたしたちもまた、蝉たちに習って煌めく時を飾ってゆく。煌めく時とは、ターニングポイントだと、わたしはそう信じている。教師生活、初めての夏にそう思った。
そして今、――そして本日だ。
七月三日、その時は来たれり。
いつもならバイクで風を感じながら学園に向かうのだけど、最近は、少し早めにお家を出発して地を踏みしめ歩むの、一歩ずつ。電車から見る流れる風景は、川のようにゆったりしていた。そこで気付くの。同じ時間の流れでも、深みがまた異なることを……
わたし、
千里の町だけに、千里の道も一歩からという心意気で。これから五人の生徒と一人のインストラクターと足並みを揃えて、八月二十四日の『ふるさと祭り』を目指しゆく。
学園に始まり学園に終わるその内容……まずは今日のポイントを挙げてゆく。大まかに二つ。一つは
そして来週からは、一学期末考査を迎える。
大忙しだ。気合を入れていかないと……と思った、そんな時だった。
「瑞希君、お早う」
と、早坂先生が声を掛けてきた。
木漏れ日が眩くとも、身長が百五十センチのわたしはいつも、身長が百八十五センチの貴方を見上げるような形になるの。……でも、先生の眼鏡から覗く涼しい目は、冷たすぎず熱くなり過ぎず、丁度良い夏の気温を保っているの。
「早坂先生、お早うございます」と、これも穏やかな朝の一幕、だけど……
「ところで、
と、訊いてしまった。
思いもしなかった、余計な質問だった。それでも早坂先生は穏やかな顔で、
「あの二人は未来君と一緒に来ますよ。
もう親離れですかね? あの子たちの成長を願う傍らで寂しくなります」
「またまた御冗談を。それに大丈夫だと思いますよ、まだ」
「そうですか。それにしても冗談は、どうも海里のが、移ったかな?」
「いえいえ、それは早坂先生が本家なのでは?」
「そこで『なんてね』って、オチだったのでしょうね」
「その通りです。その絶妙なタイミングによって、笑いが取れていたのだと思われます」
と、いう具合に……
いつの間にか話は笑いの方へ脱線して、何故か二人して、海里さんの冗談について真面目に分析していることが可笑しくなって、わたしを始め、早坂先生まで大笑いとなった。
丁度そこへ、
「瑞希先生、それに早坂先生もお早うございます」
と、
それに釣られ、
「お、お早う」
と、わたしと早坂先生も合唱していた。笑いが治まらないままで。
「どうしたの? 瑞希先生、パパも?」
と、キョトンとしながら、海里さんは声を掛けてきた。
「二人して海里さんの冗談について分析してたら、可笑しくって……それで、海里さんの冗談って、もしかしたらパパの影響なの?」
「と、言いたいところだけど、ブッブー残念でした。ママ譲りなのです」
と、エッヘンという感じの……
可愛くも、海里さんの答えは、実にユーモアがあった。
「じゃあ、本家はママってことなの?」
「はーい、そーです」
……と『なんてね』がないところをみると、まあ本当のようだ。
それでも念には念を……ってことかな?
「本当か? 海斗」
「うん、本当だよ」
と、真相を確認するため、第三者に問う早坂先生。
だけれど普通に、海斗君に答えられたけど、早坂先生の無実は証明されたのだ。
「ではでは真相も明らかとなったということで、いざ学園へ出陣!」
「あらあら、未来君まで……」
そして思う。
海里さんの影響がここまで大きかったとは……
(確かに、ヒロ君が言ってた通り、コメディならいけそうね)
そう、わたしは真面目に考え始めていたところで、別に箸が転がっても可笑しい年頃ではないのだけれど、また危なく大笑いに転じるところだった。時はもう訪れており、わたしは教壇に立って、横には早坂先生。目の前には生徒たちが各々の席に着いていた。
時はもう、八時三十分を示していた。
「皆、お早う! 早速だけど、
本日より副担任となられる、早坂先生を紹介します」
すると、達筆……
わたしの丸っこい字とは大違い。
それにビッグなの。黒板一杯に、早坂先生は自分の氏名を書いた。
「早坂
と、その言葉の後に、丁重に一礼。またまた謙遜して……そう思いつつも、
「それでは、今日は数学の授業からなので、早坂先生に学んでいきましょう」
と、生徒たちに告げて、わたしは教室を出て廊下へ。その歩みは職員室へ向かう。次の授業の準備をするためだ。其々の役目を果たすことは、信頼関係から始まる。早坂先生を信じているから、わたしは安心して自分の仕事に集中することができる。早坂先生もまた然りだと思う……なら、わたしも、そんな先生へ成長するのだと意を決する。
その最中でふと過る……
(そういえば海里さん、脚本を担当することに、入部条件にもするほど拘っていたけど、何か理由でもあるのかな?)
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