第五十八話 そして今時の夕陽追いかける青春。帰り道の演出は如何様に?


早坂はやさか海斗かいとの視点】


 広がる夏の彩りは、このプールサイドをも、もれなく含んでいる。


 そして近づくその気配は、波を立て波紋を起こしている水面の色を、ちょっぴり切ないものにしていた。その中でも……


 飛沫しぶきの中、無邪気に戯れるお姉ちゃんを見て、僕は思う。


(もしかして未来みらいさんは、お姉ちゃんを元気づけるために、僕と勝負したのかな?)

 と、そのようなことを……


 一見見ると、小学生の喧嘩にも見えるような光景だけど、

 その本質を見抜くなら……


 お姉ちゃんの顔に、自然たる笑みが溢れていて……影法師といえるほど、いつも一緒にいた僕にできなかったことが、未来さんには意図も簡単にできてしまった。


 正直なところ、心の何処かでは嫉妬もあるけど、

 それ以上に僕は、あなたに興味が湧いて溢れ出て……抑えられなくなってきた。


 ――それは川合かわい未来さん、あなたに対してです。



【そして川合未来の視点となる】


 俺たちは水面から出る。充分に水との戯れを満喫した。


 それは、海里かいりも同じのようだ。二人揃ってプールサイドで仰向けになって、まだ夕映えになるには一足早い日差しに、少しばかり冷えた体を温めようと試みようとするが……


「そろそろ帰ろうか、海里も海斗も。俺も帰るからさ」


「そうね。でも、制服ビショビショ……」


 俺も海里も制服だった。念のためだけど、学園はブレザー制服。……でも、海斗だけは柔道着。いくら成り行きだからって、それってズルくないか? と一瞬は……まあ、あくまで一瞬だけ思ったけど、それも大人気ないから、それに俺は先輩のようだから。


「海斗は、まあ普通に、制服に着替えたらいいか……

 海里、今日は体育の時間はあったよな? 俺たちは体操着に着替えたらOKだな」


「うん」


「じゃあ、決まりだ」


 俺たちは一旦この場で別れた。別れてから各々の……行くべき場所というのか、着替える場所とでもいうのか、海斗は自分の教室。着替えも兼ねた帰り支度だ。海里は女の子だから、俺と一緒に教室で着替えるわけにもいかず、保健室で着替えている。


 そして白い半袖と青のジャージになった俺は、リュックを背負いつつも、廊下を歩き向かう。海里を迎えに保健室へ。そのドアの前に立つなり、ガラッと開けた。


 もちろん、保健室のドアだ。


 すると、広がる光景を目の当たりに。学園内ではあり得ない光景……いや、学園外でもだ。一糸まとわない海里が、夕陽の日差しを受けてこちらを見ている。一糸まとわないわけだから、もちろん下着もつけず全裸。まさしく裸体のすべてが見えているのだ。まるで西洋絵画でも見ているような、あまりにも現実とは思えない光景なのでフリーズ。一瞬は二人揃ってフリーズいたのだけど、彼女がたちまち顔を赤くして、


「きゃあ!」

 と悲鳴を上げたことにより、すぐさま現実に戻ったような感じになって、


「あっ、ご、ごめ……」

 と、俺は歯切れも悪く、慌ててドアを閉めた。


 暫くは……いや、時間にしてはほんの僅かと、そう思われるけど沈黙も。


「あ、あの……」

 と、やっと出た言葉も呼吸ピッタリで、ドア一枚の厚みの距離でもって。


「そ、そちらからどうぞ」


「み、未来君、見たよね」


 わかってはいたけど、海里のその一言が怖くてならなかった。後の展開を思うなら、


「しっかりと……見てしまったよ」

 と正直に、嘘偽りもなく答えるのが最善……


 とんでもないことをしてしまった。そう思いつつも、……そう声にした。


「ビックリさせて、ごめんね」


「へっ?」


 俺は、海里の思いがけない言葉に驚いた。


「わたしのヌード、変じゃなかった?」


「変だなんて、とんでもない。見惚みとれるほど綺麗だったよ」


 心に残る感想。それがそのまま言葉になって……


(俺は何を言っているのだろう?)と思い直そうとした時には、ドアが開く。俺が開けたわけではなく海里自身の手で。俺は思わず構える。まず海里が着衣していたことに……半袖の白とジャージの青。その姿にまずは安心した。しかしながら頬を赤らめて上目遣いで俺を見る。そんな海里に俺は。


「未来君、お待たせ。帰ろっ」


「あ、ああ」


 俺は、海里の予想外な仕草や言葉に驚くばかりだった。それからその行動も。……知り合ったばかりの頃に持っていたイメージを、ことごとく覆して……うまくは言えないけど、いつしか俺は、海里のことを意識していた。そのことを自問自答する。正直なところ、俺はまだミズッチのことを想う。そのミズッチに頼まれたから……そう。きっとそうだ。


 だから今こうして、海斗も含める三人で、夕陽の町並みを、こいつらと歩いている。


(……でなきゃ、誰がこいつらの面倒を見るっていうんだ?)


「あの、未来さん」


「おっ、な何だ?」


 唐突に海斗が声を掛けるから、少しばかり驚いた。あくまで少しばかりだけど……


「僕も、未来さんと一緒の演劇部に入りたい。お願いできないでしょうか?」


「海斗、いいの?」と、海里が口を挟む? 何でかと思いながらも、


「わかった。明日、ミズッチ……いや瑞希みずき先生に、俺と一緒にお願いしに行こう。これで恭平きょうへいを入れて部員は四人だな」と、俺は答える。部員数の勘定も添えながら。


「未来君、海斗のことをお願いします」と、頭を下げる海里。(……そんなに改まらなくても)と、思いながらも、やはりお姉ちゃん。弟が可愛いのか、と思いきや「それでもう一人、演劇部に入りたい人がいるのです」と、続けていた。丁寧な口調のままで。


「それは……誰だい?」


「それは、わ・た・し」


「お姉ちゃんが?」と、驚きの声の海斗。


「うん。でも、未来君、お願いがあるの」


 と、いう具合に、条件付きのようだ。まあ、いづれにしても五人達成だけどな。



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