第四十八話 ……夢見る少女は、年季の入った二冊の本を抱いている。
【またまた、
――仕上がった!
三つ編みからのイメチェン、ピンクのリボンで飾ったポニーテール。
(……って、俺は何をやってるんだろう? これでは仕返しにならないじゃないか)
と、心の言葉とは異なる感情、変な達成感が、脳内を支配していた。
いつ起きても不自然ではないアクションの数々だったけど、まだ眠り続けている
眠り姫のような趣……
そのような童話を連想するように、彼女の傍らには本……二冊の本。拾って手に取って開いてみる、ページを。――驚いた。書いてある内容、タイトルに至るまでわからず。
なぜならば、
(この本、二冊とも、すべて英語で書かれてあるじゃないか)と、まずはそのこと。さらには(古いのだろうか? 二冊ともボロボロ……何度も読み返しているのか?)と、思ったからだ。ここまでして、この本が好きなのかな? そう思えてならなかった。
俺は、その本たちの汚れを、自分でいうのも何だけど、丁寧に
そっと、できるだけそっと、彼女に持たせて……そう、大事に抱え込ませるようなポージングにしてあげた。間近で見る彼女……この未体験な距離をもって、さらに驚くべきこととは、怪力女というイメージが音を立てて崩れるほど華奢……だった。
それでも、俺を投げ飛ばした事実は消えることなくて、
今この状況で、彼女が目を覚ましたなら、間違いなく投げ飛ばされている。
そんなリスクを背負いながらも、
そのアクションの数々は、目的を変える道を選んでしまって、
(まあ、いいか……)との、溜息交じりの心の囁き。
今となっては、もう仕返しなんて、どうでもよくなっていた。
――丁度そのタイミングで、響く予鈴。
しかも記念すべき刻……この瞬間より『ウェストミンスターの鐘の音』から『アマリリス』へと曲が変わった。空気が変わり景色も変わる……そのような爽やかさに似たる。
そして残り五分、授業開始まで……いいえ、実際は三分ほど。
だから少し強めに叩く、
彼女の背中を。ササッと彼女の視界から消えつつも「お昼休み終わるぞ!」と、大きな声を残しながら。その刹那、残像のようにキョロキョロする彼女が、ナチュラルな我がメモリーに映った。それが最後だ。そう思うのも束の間、教室に身を移した。
今日の始めにも述べたが、
俺の席は、教室の中でも一番後ろ。そこに滞在する。それも僅かばかり……というよりかは秒殺の域にも属しており、騒めきが起きる。彼女……海里が教室に戻ったからだ。
騒めくのは四人ほどの女子。
彼女たちが一斉に駆け寄って、入室したばかりの海里の前まで……
「え、えっ? なになに?」
「どうしたの? イメチェンしたの?」
「まあ、かわいい!」
その他、
「あ、あの、わたし、どうしたのかな?」
と、驚きと困ったを掛け合わせたような表情をもって、海里は次々と声をかけてくる女子たちに訊いてみる。……その答えまでは、もう少しだ。
「まあまあ鏡を見てごらんよ、似合ってるから」
と、女子が一人、手鏡を渡した。
受け取る海里、さっそく映してみる……今の自分を、その顔も頭部そのものも。
「ええっ!」
こだまする、海里の驚きの表現を示すソプラノな声。
高みの見物にも似た一番後ろの席……彼女の視界から外れながらも、まだ遠く、比較的に遠い場所で、俺は笑いを堪えるので必死。……それでも「クスッ」とはなった。
まあまあまあ、今の海里はそれどころではなく、
何が起きたのか、さっぱりわからない様子……アタフタとしながらも、
「こ、これって……誰がしたのかな?
ま、まさかね、夢を見てるうちに……やっちゃったみたい」
と、まるでクイズの珍回答の趣。
まわりにいた女子は全員が全員、四人とも一斉に笑い出した。しかも腹を抱えるほど。
「もう海里さん、笑わさないでよ」
「わ、笑いすぎて、お、おなかが苦しい」
「海里さん、冗談うますぎるよ…」
と、飛び交う感想に、その反応。
「そ、そうだよね、ハハハハ……」
と、初めは引きつった笑いなのに、素早く順応化……
彼女の身の回りを囲む四人の女子、これを皮切りにとクラスに溶け込む。
――その様を見ながら、俺は思う。
【そこでバトンタッチ! その早坂海里の視点だ】
……と、まあ、
いきなりだけど、そんなわけで……
日本で初めての学校、私立
とにかく一生懸命なの、彼。
それは、わたしのため? それとも……そう、それは女の勘。
――ここからが本格的なスタート。夢見る少女のお話、または『ラブ』の物語。
まずは、迎える日曜日。
白馬の王子様との約束……それは、遠い日の約束なの。
白馬の王子様との約束……それは此処。再会の日と同じブランコのある公園。……ブランコの色は白。白はね……恋人の色。この日より結ばれプリンセスの道を歩む。
言うなれば、それが遠い日の約束。
ガラスの靴はないけれども、林檎もその場にはないけれども、
結ばれる糸……
白という色に良く似合う運命の赤い糸が、わたしたちを再びこの地に巡り合わせた。
だから、待つの。
着ているものは、白いワンピース。頭には麦藁帽子。そして運命を象徴するような赤いポシェット、ⅠとⅡの二冊セットの本を忍ばせている。そのうちの一冊を手に取り、ブランコに座って読んでいる。ドキドキと待ち侘びながら。
「マリちゃん、お待たせ」
と、爽やかなる声……待ち侘び人。
わたしの名前は『海里』だけれど、海里には『マリン』という意味が含まれる。
だから『マリ』なの。
「あっ、みっちゃん」
と、この人が、わたしの待ち侘び人。
お名前は『
「だいぶ待った?」
「ううん、さっき来たばかりなの」
と、即答。
本当は若干の、時間の経過を忘れていた。
「今日は少しばかりの遠出だけど大丈夫? 君に見せたい場所があるんだけど」
と、今日初めて聞くことだけれど、
「いいよ、大丈夫」
と、そう返事するのは勿論のこと。
「五番町にあるお店。そこでゆっくりお話しようね。『かぼちゃの馬車』みたいに可愛くないけど、真っ赤なポルシェ並みにカッコいい車で、僕と一緒にお出掛けだよ」
「うん!」
『――そして、新たなる章を、
夢見る少女が、ここから紡いでゆく。……白馬の王子様とともに』
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