その後

 俺と逢坂さんは、異能関係者御用達の病院を訪れていた。リンクス――荻野翔子さんに呼ばれてだ。彼の弟、葵君が春眠症候群から目覚めたということであった。

 荻野さんは、あの戦い。夢の中での出来事を覚えているような気配はなかった。前に見た狂気的な守るという態度はなく。ごく普通の、逢坂さんの友人としての対応をしていた。

「この前はごめんなさいね。由城君、あんな態度をとっちゃって」

「いえいえ、お気になさらず」

「人外の協力者がいてね。彼に聞いたんだけど、どうやらもう弟は人外を惹き付けるような力を失ったらしいんだ」

 件の葵君は暇なのか、ベッドの上でゲームをしていた。この半年の間に発売された新しいゲームをプレイしているようだった。何故今こうやって病室にいるかというと目覚める際には全身急に血まみれになったかのようにあちこちに小さな傷ができたらしい。本来であれば、その血が人外を強く惹き付けるはずが何も起こらなかった。そこから実際に確認してもらったということだった。とはいえ、吸血鬼とか仮にいるなら、そういった輩には普通に血まみれは惹き付けるのではないだろうかと思った。

 病室に逢坂さんを残して俺は先に帰ることにした。友人との話は長くなることだろうと見越して。女性の長話は、本当に長くなるだろう。特に幼馴染となれば積もるものもあるだろうし。


 そのまま別室へと向かう。関係者御用達だけあって、ここは絶対に誰がいるかを漏らすことはないと聞いているので遙ちゃんの検査をしてもらっていた。遙ちゃんについてはまだ記憶が戻っておらず、物事を思い出すことがなさそうだったのだ。それゆえに検査をしてもらっていたのだが。

「お兄さんいらっしゃい」

「どうだ?」

「まったく何の異常もないって。記憶についてはまったく」

 そう簡単には分かることはないようだ。看護婦にお礼を言って遙ちゃんを連れて行く。借りた逢坂さんの車にまで戻ると、セーブが携帯ゲーム機を遊んでいた。待ってもらってはいたが、傍目車から出ない子供がゲームをしてるだけだろう。遙ちゃんにも乗ってもらって、運転して行く。

 後ろでゲームをしてるセーブと、そのプレイの模様を見ている遙ちゃんを見ながら考える。遙ちゃんは安全を考えると誰かが匿っていた方がいいだろう。だがセーブに関しては完全にこちらの世界の人間ではない。戸籍とかはないが、逢坂さん曰く、金と伝手があればどうとでもなるらしい。超常現象に関するバイトを少ししないといけなさそうだなと思いながら、虚数省へと向かう。


 虚数省の近くまで来た所で電話がかかる。吉乃だ。車のカーナビと連携させたので通話をタッチすると、声が車内スピーカーから聞こえてくる。

『もしもし、ユウさんですか?』

「吉乃か。どうかしたか?」

『虚数省の用事がもう終わりましたのでご連絡しました。もう外に出ているのですが、今どちらでしょうか』

「もう近くまで来てるぞ」

『あ、早いですね。それではドライブスルーのある飲食店が近くにありますので、そこまで来てもらっていいでしょうか』

「あいよ、少しだけ待っててくれ」

 ハンドルをきって道を変える。道なりに進んでほんの5分。その店へとたどりつくと外の歩道で待っていた吉乃の前へと車を停める。

「ユウさん、早かったですね」

 助手席に乗り込んだ吉乃はすぐにシートベルトをつける。それを見てふと後ろを見ると、遙ちゃんとセーブはしっかりとシートベルトをしているのが確認できた。なので安心して前を向く。

「何かついでに買っていくか。何がいい?」

「あ、クーポンならありますよ。虚数省の待合室に色々なクーポンが置いてあるんですよ」

「じゃあそれを見て選んでくれ、二人もそれでいいな?」

 ゲームをしていて話半分なのか、生返事が帰ってくる。それに苦笑しながら吉乃に注文を任せた。


 バックミラーに映るのはフライドポテトをゲームしているセーブの口に運ぶ遙ちゃんだ。見ているともうただ単に餌付けしているようにしかみえない。口の近くまで運ばれると、その小さな口がフライドポテトを咥える。少しずつ口の中にそれは消えているが、どうやらゲームに集中しているようなので反射で食べているようだ。

 高速にのって、家の近所までたどりつくとカーナビにうさぎのマークが表示されて真っ暗になる。アリスちゃんのイタズラだろうか。その後に車内スピーカーから声が聞こえる。

『おにいさん、近くにいますよね。学校が終わったのでおむかえおねがいします。偶然な感じで』

「偶然な感じってまた」

『みゆちゃんはこういうことでおにいさんを煩わせたくないとか言ってるけど、私は早く帰りたいのと歩きたくないのできてください』

 それと同時にカーナビにルートが表示される。どうやら未結とアリスちゃんはその先にいそうだ。苦笑しながら迎えに行くと、未結が目を丸くしていた。


 色々あって家にたどりつく。未結が鍵を開けて入っていくと、アリスちゃん以外が入っていく。俺はアリスちゃんを家に送り届けてから戻る。

 結局、鷹司家に迷惑をかけるのもどうかと思って、セーブと遙ちゃんはうちで預かっていた。親はまだ温泉旅行中なので、まだ伝えてない。伝える必要はあるだろうが帰ってきてからでいいだろう。

 家に入ってリビングで行くと、昼寝なのか遙ちゃんとセーブはソファで寝ていた。自分の部屋へと行くと、二段ベッドの上で吉乃と未結がいた。

「お、邪魔したか?」

「ユウさんおかえりなさい!」

「ユウ兄さん、おかえりなさい。お疲れ様です。次からはアリスちゃんのことは放っておいていいですからね」

「そうは行かないだろ」

「あまり甘やかしすぎると、すぐダメ人間なりますから」

「あー」

 そういうところは、確かに片鱗を見せているだろう。彼女はとても面倒くさがりなのだ。

「ユウ兄さん、お疲れのところ申し訳ありませんが、大事な話をしてるので」

「あいよ、ちょっと着替えたら出るわ」

 クローゼットから家着を取り出して服を脱いでいると背中から視線を感じる。ふと振り返ると、二人はこちらを向いていなかった。再度前を見て着替えるとまた後ろから視線を感じるが放っておくことにした。

 部屋を出てリビングへと降りる。何かニュースでも見ようかとテレビのリモコンをとると、ガチャリと鍵をかけたはずの扉が開く。


「たーだーいまー。早くみゆちゃんの顔が見たいからかえってきたわー」




 


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