第46話 お祝い

 仕事帰りにケーキを買った。

 美味しそうなショートケーキを見繕みつくろって、マンションに帰る。

 景都から、修学旅行の写真がコンテストでグランプリに選ばれたって連絡が入ったから、お祝いの土産だ。


「景都ちゃん、おめでとう」

 玄関に飛び出してきた景都を祝福する。

「ありがとうございます!」

 景都が受賞したのは、カメラメーカーが主催した高校生限定のコンテストだった。

 修学旅行中のクラスメートのはしゃいだ様子と、北海道の風景を写した五枚の組写真がグランプリに輝いた。

 写真部の先生が、景都の分も一緒に応募してくれていたらしい。


「今、お祝いパーティーしてるんですよ」

 景都が俺の手を引っ張った。

 靴を脱ごうとして、玄関に見慣れない靴がある。

 景都のものでもなく、杏奈さんのものでもないブーツだ。


 これは、悪い予感がする。


「こんばんは、お邪魔してます」

 リビングには東子がいた。

 タートルネックのニットに、チェック柄のスカートの東子が、ソファーの上でくつろいでいる。

 彼女はしたり顔で、ちゃんと、俺と会うのは二回目だっていう雰囲気をかもし出していた。


「師匠、トーコんさんも、お祝いに来てくれたんですよ」

 景都が無邪気に言う。

 東子がワイングラスを掲げた。

 どうも二人は、メールで頻繁ひんぱんにやり取りをしていたらしい。


 リビングには杏奈さんもいて、テーブルに料理や飲み物が並んでいた。

 焼酎のグラスを持っている杏奈さんも、顔がほんのりと赤い。


「師匠、これ、もしかして」

 景都は俺が持っている箱に気付いた。

「ああうん、お祝いにケーキ買ってきた」

 箱を景都に渡す。

「わぁ、ありがとうございます!」

 箱を開けて、中を二人に見せる景都。


「ふうん、大沢さんて、お優しいんですね」

 東子が言う。

 記憶をさかのぼって、俺が東子にケーキを買っていったことがあったか考えた。

 考えなければならないくらいだから、それは、ほとんどなかったに違いない。


「女性に気遣い出来る男性って、素敵ですよね」

 微笑みながら言って、ワイングラスを空にする東子。

 嫌味で俺を突き刺す。


 ともかく、俺も服を着替えて、その祝いの席に加わった。


「それでは、景都ちゃんのフォトコンテスト、グランプリをお祝いして、乾杯!」

 東子が音頭をとって、みんなで見かけ平和な乾杯をする。

 景都はオレンジジュースで、俺はウーロン茶で乾杯した。

 テーブルには、景都が自分で作った料理や、東子が持ってきたデパートの惣菜そうざいなんかが並んでいる。


「やっぱり、景都ちゃんの料理っておいしいね」

 東子が言った。

「いえ、師匠も料理が上手いので、お休みの日はお料理してくれるんですよ」

「へえ、私もいつか大沢さんのお料理を食べてみたいな」

 東子がニヤニヤしながら言う。

 きわどいことを言って、いつ、俺と東子のことが二人にバレるんじゃないかって冷や冷やする。

 愛想あいそ笑いしている杏奈さんが、俺達のことをチラチラ見ていた。

 彼女、感性が鋭いから、すぐにでも気付きそうだ。


 景都が修学旅行で撮った写真をみんなで見ながら、しばらく飲んだり食べたりした。

「やっぱり、景都ちゃん写真の才能あるよ。撮られてる方の私が見ても解る。景都ちゃんに撮ってもらいたいって思うもの」

 東子が言う。

「ね、大沢さん?」

 彼女が振ってくるから、俺は「はい」とぎこちなく答えた。

 景都は、そんなことないですよと、謙遜けんそんしきりだ。


「ねえ景都ちゃん、もし良ければ、私の知り合いのカメラマンのところへ見学に行ってみない?」

 突然、東子がそんなことを言いだした。

「ほら、この前、カメラマンの仕事に興味があるって、メールで言ってたでしょ?」


 その話は、初耳だった。


「いえ、興味があるっていうか、あこがれっていうか……私なんか、全然……」

 景都は俺の顔を見ながらしどろもどろだ。


「なるならないは別にして、カメラマンっていう仕事がどんな仕事か見てみれば? 後学のためにもなるし。大丈夫、その人女性のカメラマンで、彼女、人当たりが柔らかい人だよ」

「はい……」

「本当は、景都ちゃんにカメラマン目指してほしいけどな。私も、気心が知れた同性のカメラマンさんがいてくれると、心強いし」

 東子がそう言ってウインクする。

「考えておきます」

 言いながら、景都の目がキラキラしているのが分かった。

 行きたくて仕方がないと、宣言しているようなものだ。


 なんだか、あのF3が、景都の進路や、その将来にも影響を与えてしまったみたいで、責任を感じた。

 彼女、カメラマンになりたいって本当に考えているんだろうか?


 焼酎のお湯割りをちびちびと飲んでいる杏奈さんが、やっぱり、俺と東子をいぶかしげな目で相互に見ていた。



「それじゃあ私、そろそろ帰ります」

 日付が変わる前に、東子がソファーを立つ。

「俺、送りますよ」

 俺は、そのためにウーロン茶を飲んでアルコールを口にしなかったのだ。


「お願いしても良いですか?」

 東子が首を傾げて訊く。

「もちろん」


 前と同じように、エレベーターまで景都と杏奈さんが送って、俺達は車に乗った。



「なにしに来たの?」

 俺は、助手席に座った東子に訊く。

「なにしに来たってどういうこと? 単純にお友達の景都ちゃんをお祝いしに来たんじゃない」

 酔っている東子が大袈裟おおげさに肩をすくめた。


「ちょっと待って和臣。あなたは、私があなたのことで嫉妬しっとしてここに来たとでも思ってる?」

「いや、それは……」

「この私が、人気モデルのトーコさんが、女子高生の景都ちゃんに焼き餅を焼いて乗り込んで来たとでも? 随分ずいぶんと自信家だよね」

 東子に言われて言い返せない。


 仕方なく俺は、エンジンをかけて彼女のマンションに向けて車を走らせた。

 ワインをかなり飲んでいた東子は、目をつぶって車のヘッドレストに頭を沈める。

 そのまましばらく、二人とも無言だった。


「単純に、あの子を応援したくなったの。あの子、昔の和臣みたいに、写真に夢中なんだもの。野望に満ちたギラギラして目で撮ってくれるカメラマンなんて、貴重でしょ? 撮ることをあきらめちゃったどこかのカメラマンさんとは違ってさ」

 目を瞑ったまま東子が言う。


「もしかしたら、昔、和臣が私を撮ってくれた奇跡の一枚みたいな写真を、彼女が撮ってくれるかもしれないじゃない? 私を世に出してくれた、あんな写真をね」

 東子はそこまで言うと、また黙った。


「彼女に紹介するカメラマンっていうのは?」

 今度は俺の方から訊く。


「うん、信頼できる人だよ。評判もいいし、今現在、私を一番綺麗に撮ってくれる人。心配しないで、当てつけに変な人を紹介したりはしないから」


 そこまで疑ってはいないけれど。


「そのカメラマンによろしく言っておいて。彼女をよろしくお願いしますって」

 俺が言ったら、東子が口をへの字にして呆れたような顔をした。


「なんだか、元彼が子供作って、良いお父さんになっちゃったって感じ」

 東子がそんなことを言う。



 車は三十分ほどで東子のマンションに着いた。


「送ってくれてありがとう」

 東子が車から降りる。


「この前部屋番号まで教えたのに、和臣、来てくれないんだね」

 彼女はそう言うと、少し乱暴にドアを閉めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る