第67話 開票
今日は久しぶりの生徒会室。今日まで四日間連続で擬似デートを重ねていたから少しだけ懐かしさを感じた。
いつもならパソコンや配布用の資料が机に散らばっているけど、今日はまだ綺麗なまま。生徒会の業務に取り掛かる前に、俺達はまだ一つやることが残っている。
「さて、じゃあ投票を始めるわよ」
音心は普段と変わらない様子で上座から声を上げる。音心の他の、俺を含めた四人は口を開かずに頷いた。
俺が持ち掛けた『擬似彼女』という、実妹である琴歌に実兄の俺を諦めてもらう手段。その匿名投票だ。
俺達五人の前には何も書かれていない小さな紙が配られている。そこに俺を除いた四人のうち誰かの名前を書き、最も票数の多かった相手に俺の擬似彼女を務めてもらう。
「あずはもう決まってるので、さらさら書いていきますねー」
唯一生徒会じゃない立花さんは特に緊張した様子もなくシャーペンを走らせる。静かな生徒会室にその音だけが響いた。
……今回のこれは、初めは立花さんの悪ノリっぽかったけど良い機会になった。俺にはない視点を貰えて、俺の脆い部分に向き合うきっかけを与えてくれて、俺のかつての姿を思い出させてくれた、思ってもいない機会。
あらかじめ決めていた名前を無地の小さな紙に書き、四等分に折る。他のみんなは誰を書いたんだろう。
各々が名前を書き、それらを音心が回収する。やけに重い空気だ。
ふと正面を見る。前では長岡さんがどこともない場所を見つめていた。俺の視線に気付いた長岡さんは、目を大きくしてふふっと笑う。
(宮田くん、緊張してる?)
(少しだけ。誰が相手でも俺は心配してないけどさ)
(んふふ、それは良かった。私が書いた人教えてほしい?)
(良いよ。どうせすぐに結果が出るし)
くしゃ、と音心が四つ折りの紙を開く音が響く。緊張感が高まっていく錯覚を覚えた。
全てを確認し終えたのだろう、音心はふうと一つ息をつく。
「……結果を言うわよ」
難しそうな顔をして口火を切る。はたして誰が相手なのか──
「──愛哩と未耶が二票、それと白票が一つ。……この場合どうするの?」
……同票か。考えなかったわけではないけど、本当にこの場合はどうするんだろう。話し合いかな。
「同票ですか! ていうかあずに票が入ってないとか宮田先輩失礼ですよ! こんなに可愛い後輩とデートしたのに!」
「いや、まあ。立花さんは良い子だと思うよ」
「何ですかそれ! なんか振られたみたいで腑に落ちません!」
(まああずはみゃーちゃんに入れたんだけど!)
意図せず一人の投票先が割れる。ただ立花さんは未耶ちゃんの相談にも乗っていたみたいだし、正直予想通りと言えば予想通りだ。
少しして、俺はまた長岡さんへ視線を向ける。同じタイミングでこちらを見た長岡さんは教室で見るような百点満点の笑顔を作っていた。
(どうしたの?)
(いや)
長岡さんがそんな顔をする時は何かを隠している時。勿論俺は口には出さず、目を伏せた。
恐る恐る、未耶ちゃんを見る。未耶ちゃんも思うところがあるのか、さっきの俺と同じように下を向いていた。
「……あの、すいません。わたしちょっと」
「あっ、未耶」
音心の静止も待たずに未耶ちゃんは生徒会室を走って出ていく。
その様子が俺には何故だか、逃げていくように見えた。
「ごめん音心。俺もちょっと」
考えるより先に身体が動く。勢い良く立ち上がってドアを開けようとする。
「頼むわね、悟」
……言われなくとも、放っておけない。
俺は姿の見えなくなった未耶ちゃんを追いかけるため、真っ先にある場所へと向かった。
秋の風が冷たく肌を刺す。耳には運動部の掛け声が小さく響く。
フェンスに囲まれた屋上には俺と、グラウンドを見下ろす未耶ちゃん小さく佇んでいた。
「未耶ちゃん」
「……流石ですね、宮田先輩。後輩のことをよく知ってる」
影を纏った未耶ちゃんはくるっと振り返り、困ったように笑う。
それが泣きそうに見えたのは、俺の勘違いだろうか。
「後輩を知ってるというか、未耶ちゃんだけだよ。俺に近い後輩は未耶ちゃんしかいないから」
「同じ生徒会のメンバーですもんね」
「まあ、それもあるけどさ」
俺は浮かんだ言葉をそのまま本音として口にする。
「未耶ちゃんは俺に出来た、初めての後輩だから」
「……ずるいですね。そんなこと言われたら勘違いしちゃいますよ?」
帯びた影は深くなり、未耶ちゃんは自虐のように言葉を紡いだ。
勘違い。最初はそこから始まったんだっけ。
俺は未耶ちゃんを真っ直ぐ見つめる。両手を後ろにして、生徒会室の時と同じように俯いた。
(ホント、勘違いしなければ良かった)
ズキリと胸が痛む。こんな人の気持ちを踏みにじった依頼を持ち掛けた自分が嫌になる。
生徒会のみんなの優しさに甘えた俺が、どうしようもなく嫌いになる。
「……悟先輩は誰に投票したんですか? あと良かったら理由も教えてくれませんか?」
「……長岡さんだよ。今の取り巻く環境を見たら片や学校の人気者と、片やクラスの独りぼっちだけど、他の人にはない同じものがあるんだ。長岡さんなら琴歌と……、俺の妹と面識もあるしさ」
「そうですか。同じものがあるっていうのはわたしにも何となくわかります」
未耶ちゃんは淡々と告げる。感情の色を見せない。
「……もしわたしが先に妹さんと知り合っていたら、もしわたしが悟先輩と同じものを持っていたら、選んでくれましたか?」
「……それは……」
答えられずに口ごもる。
もし本当にそうだとしたら、俺は未耶ちゃんを選んでいたのかな。見つからない答えを必死に探した。
「ごめんなさい、少し意地悪しました。意味の無い仮定でしたね」
「……いや」
「だからこそわたしも、愛哩先輩に票を入れたんです。二人はわたしが出会ってきた人達の中でも、同種の特別を少し感じていて」
未耶ちゃんは後ろで組んでいた両手を前に持ってきて指を絡める。何度も組み替えながら、ふわりとはにかんだ。
「ふふ、でもわたし、実は悟先輩にはもう一つ特別を感じていたんですよ? これは愛哩先輩にも感じたことはないものです」
「未耶ちゃん」
その先の言葉を予感し、俺は名前だけを呟いた。
もし今未耶ちゃんを止めなかったら、俺はどんな選択を取るのだろう。自身の特性に悲観して勝手に閉ざしていた可能性が広がっていく。
(初めて会った時は、男の人なのに何故か普通に話せた)
「……」
(わたしにはない考え方を教えてもらった)
「……」
(もしかしたらわたしのことを好きなのかなって、自惚れちゃった)
「……」
(花火大会と、一昨日の愛哩先輩とのデートの時。悟先輩がわたしじゃない女の子と手を繋いでいて感じたことのない痛みを知った)
一つ一つ思い返すところを俺は
正面から向き合うのが、される側の礼儀だ。
「悟先輩。わたしは、悟先輩のことが好きです」
未耶ちゃんは、一筋の涙を流しながら、それは綺麗に笑っていた。
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