3章 米原未耶の音心への憧れ

第31話 テスト期間

「暑い!!」


 ミンミンとうるさいセミの音に負けないくらいのでかい声。音心の甲高い声が生徒会室に響き渡る。


「まあもうすぐ七月だからなぁ……。セミも鳴き出したし」


 梅雨が明けてからはものの三日で季節が夏へと変化した。本格的な夏と言った感じである。


「そういや音心、髪型変えたんだな」

「ん? ああ、これ。真っ直ぐ下ろしてると暑いしね」


 音心はいつも長い髪をストンと下ろしていたが、今日は耳の上あたりでツインテールにしている。確かに空気が通るようになって涼しそうだ。音心が動く度にツインテールがふりふりと揺れる。


「そんなことよりも今はテストよ。もうホント嫌になるわ……」

「ああ……、俺が初めて生徒会室に来た時も音心は補習だったしな」

「そうよ、悪い? 生徒会長ともあろう者が補習食らってて悪い!?」

「いや良くはないだろ……」

「にゃーもー!! 良いのよ別に!」


 暑いからかいつにも増してキレるタイミングが早い。確か七月に入ったらクーラー動くんだっけ。別に今動かしても良いと思うんだけどなぁ……。


「大体アンタはどうなのよ? 愛哩と未耶が頭良いのは知ってるけど」

「……会長。宮田くんは前回学年五位ですよ」


 それまで黙々と作業していた長岡さんが口を開く。

 あ、これもしかしてまた対抗心燃やすやつかな。下手に口を挟まない方が良いかも。


「え、嘘。悟が!? でも見た目はアホそうじゃない! ねえ未耶?」

「えぇっ!? ……えと、その。別にアホそうには……」

「ほら未耶も言ってるじゃない!」

「音心お前ホント失礼だなってか未耶ちゃんも言ってないよ!?」


 あとアホそうな見た目って何だよ!? 別に特別変な顔って訳でもないだろ?


 ……ない、よな?


「んふふ、宮田くん心配し過ぎ。別に変な顔じゃないよ」

「あ、ああ……。ありがとう。……いやいきなり心読まないでよ」

「ごめんね、つい。でも次は勝つから」


 あ、やっぱり負けん気。でもそうやって切磋琢磨するのは良いことだよな。お互いにプラスになる。


「四日後だっけ。俺も全力を尽くすよ」

「なーんか余裕っぽい。そんなのじゃ本当に勝っちゃうからね?」

「出来るものなら」

「……やっぱり余裕」

「まあ前回は勝ってるから。それに今回の数学三角関数でしょ? あれ何か得意っぽいんだよね」

「え、良いな。私今回そこ苦手なんだよね……」


 そうなんだ。まあ俺もコツを掴むまでは確かに手こずったっけ。何なら教えるのもやぶさかじゃないんだけど……。


「ホント?」

「口に出す前に返事するなよ。……まあ、俺で良ければね。どうせ明日から生徒会も試験前休みで放課後暇だし」

「なに、愛哩と悟勉強会するの? それアタシも参加したいんだけど」

「別に良いけど音心は一応三年だろ? 範囲違くない?」

「文系クラスの数学のテストは三年から復習なのよ。アタシも三角関数全然わからなくてさ〜」


 確か三年生になったら文理で分かれるんだっけ。そっか、音心は文系なのか。確かに理系には見えないしなぁ。


「みゃーちゃんはどうする? 私と宮田くんなら教えてあげられると思うんだけど」

「ナチュラルにアタシを省いた理由を答えなさい愛哩」

「じゃあお願いしても良いでしょうか? やっぱり中学と比べたら難しくて……。……あっみゃーじゃなくて未耶ですから!!」


 いつものように未耶ちゃんがぷりぷりと怒り出す。その様子が可愛いんからからかわれるんだけどなぁ……。


「じゃあ明日は勉強会ね! 場所はどうする?」

「わたしはどこでも大丈夫です」

「宮田くん、どこか良いところある?」

「えっ俺? ……うーん、スタバ、とか?」

「ならそこね。さ、場所も決まったことだし残りの仕事片付けるわよ!」


 音心はパンと手を鳴らし、中断していた作業を再開する。皮切りに長岡さんと未耶ちゃんも動き出し、俺も遅れてキーボードを打ち始めた。


「……はあ、あっつい」

「文句言わない!」

「音心もさっき言ってただろ……」


 ……まあ、やる気は比例しないんだけどさ。




 翌日の放課後、生徒会四人は昨日言っていた通りスタバで勉強会を始めていた。席を取られるのを恐れてさっさと学校を出たのが吉と出たようで、テーブル席をすんなりと確保することが出来た。


「ね、宮田くん。ここなんだけど……」

「ああ、そこは三倍角の公式を使ったら早いよ」

「あ、そっか。先生がちらっと言ってたっけ」

「悟先輩、ここはどうすれば……」

「えっと、まず場合分けして考えてみて」

「悟、ここはどうするの?」

「それはただの暗記」


 ……何かめっちゃ忙しい! もしかしたら昨日の生徒会よりも忙しい気がする! いや教えるのも勉強になるから別に良いんだけどさ!


「にしても、ちらほらと席も埋まってきたわね。あっ、ほらそこうちの生徒」

「まあどこの学校もテスト期間だろうし……って、え」

「? 宮田くん、どうしたの?」


 俺の視線の先の、音心が言ったうちの生徒。四人で談笑しながらこっちに近付いてくる女子の集団。


「あっ、宮田先輩! こんなところで奇遇ですね!」

(すごっ、何か運命感じる? 先輩も勉強しに来たのかな)

「立花さん」

「周りの人達は……あ、生徒会の皆さん。……コホン、こんにちはです!」

(はーいあず可愛いっ! あざとくならない丁度良いところ!)


 流れるように隣のテーブル席に座る四人組。この人達は確か初めに立花さんを無視し始めた……って、そんな覚え方は良くないな。いつも一緒にいる人達だ。


「何よ、悟知り合い? アンタも隅に置けないわねぇ」

「オバサン臭いよ。ほら、音心が補習だった時に依頼に来た子。立花梓紗さん」

「ああ、なるほど。てことは愛哩も未耶も知ってるのね」

「私とみゃーちゃんは宮田くんほど仲が良いわけではありませんけど」

「ん? 宮田?」


 突然口を挟んだのは立花さんのグループの一人。急にどうしたんだろう。


「もしかして宮田って、あずがよく言ってる宮田先輩?」

「あーっ! もしかしてあずがご執心の?」

「お昼よく話してるよねー。何日か前も朝一緒に登校したって言ってたし」


 その子に続いて周りの子達も次々に話し出す。立花さん、みんなと話せてるんだなぁ。無視されていた頃よりもしっかり仲が良くなっていて嬉しい限りだ。


「ち、違うから! 別に宮田先輩はそんなのじゃないし……というか宮田先輩も何でそんなほっこりした顔してるんですか!」

「え、いやちゃんと仲良くなっていて微笑ましいなぁって」

「あ、あずと宮田先輩がですか!? そりゃちょっとは仲良くなってるとは思いますけど……」

「いやそうじゃなくて」

「……ふーん、そうなんだ? 宮田くん」

「っ!?」


 突然の長岡さんの圧に俺は思わずたじろぐ。いや別にやましいことなんてないけどさ。


(私とは喧嘩してたっていうのにね)

(い、いやそれはまた別の話だろ……?)

(そうだけどねー。……なーんか面白くないなぁ)

「……ん? 面白くない?」

「あっもうバカ! そんなところまで読まなくて良いのに!」


 前に広げていたノートで咄嗟に顔を隠す長岡さん。確かにそれだと心は読めない……こともないな。普通にわかるじゃん。


(やだもう、何か恥ずかしい……)


 ……とりあえず、今日の勉強会は集中出来ないんだろうな。俺は遠い目をしながら軽く息を吐いた。

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