第28話 心を読めるのにぶつかってしまう理由とは
「はぁ……」
朝礼までのがやがやとした教室で一人溜め息をつく。今日は朝から雨が降っており、じめじめした空気は肌にまとわりつくようだ。
……長岡さんの席は空いてるのか。まだ来ていないのか、もしくは休みなのか。どっちにしろ俺が何かをするってことはないんだけどさ。
「おはよっ、宮田!」
「っ!?」
肩を叩かれて勢いよく振り返る。
「ああ、島本か……」
「何だ? ダメなのかよ」
(宮田、最近何か馴れ馴れしいな)
……朝からそれはしんどいなぁ。馴れ馴れしくしだしたのは島本なのに。
ただ今はそれを受け止めきれる程余裕があるわけじゃない。
「いや、ごめん」
「お、おう……。そうストレートに言われるとこっちも何かすまん……」
「で、用は?」
「あ、そうそう。高槻の話、あれ今どんな感じ? そろそろ何かわかったか?」
……。
予想は出来てたけど、いざそのことを思い返すと途方もない自己嫌悪が俺を襲う。そのくせ相手が正しいとは思えていない辺り、まだまだ折り合いはつけられていない。
「ご、ごめんって。だから宮田、そんな怖い顔すんなって……。な……?」
「え、怖い顔?」
「いや、眉めっちゃひそめてたし……」
そんなつもりはなかったけど、意識してみると確かに眉間にしわがよっている。小さく息を零した。
「あ、長岡」
島本が視線をドアへ向ける。長岡さんは長い髪を揺らして教室へ入ってき、いつも通りの様子で女子に挨拶をしていた。昨日までとなんら変わりない、病院のことなんてまるでなかったようだ。
(……宮田くん)
伺えた心はそれだけ。一瞬合った視線はどちらからともなく逸らされ──
「──あ」
するりと。
俺の横を通り抜けて行った。
「何か長岡が宮田に挨拶しないなんて珍しいな。いつもはしてるのに」
「……だね」
(……もしかして俺の依頼のことで仲違いしたのか? だとしたらちょっと罪悪感が……)
やはり昨日とは違う。島本もそれを朧気には理解し、要らない罪悪感まで抱えていた。
「昨日ちょっと喧嘩してさ。あんまり気にしなくて良いよ」
「……そうか? まあなら良いけどよ……」
なおも気まずそうな顔をする島本だったが、俺は特に何も言わなかった。フォローする気にならないし、多分しなくても大丈夫だろう。
島本もこれ以上は俺と話すつもりはないらしく、席を離れようとする。
が、見計らったかのようなタイミングで教室のドア付近から声をかけられた。
「おーい悟クン!!!」
「ん、操二」
「お、おい宮田!? お前高槻と知り合いなのかよ!?」
「いや、まあ依頼があったから仕方なくね」
「仕方ないって、酷いな悟クン」
わかりやすく取り乱した島本を無視して操二のもとへ行く。操二はいつものようににこにこしていた。
「今日の放課後ちょっと良い? そんなに時間を取らせるつもりはないからさ」
放課後は生徒会がある、けど。でも正直長岡さんと顔を合わせて普通でいられるか……。
うーん……。
「……わかった。終礼終わったら教室向かえば良い?」
「じゃあそれでお願いしようかな? 急に言ってマジごめんね」
「良いよ。あの後勝手に帰ったからどうなったのか聞きたいし」
「んだね。オレもそれ話したかったんだよ。じゃ!」
操二は軽く手を振ってその場を後にする。俺も自分の席に戻って時計を見た。そろそろ時間もなくなり先生の来る頃で、島本もいつの間にか元の場所へと帰っていた。
俺の席は長岡さんの席より後ろにある。だから心を読もうと思えば読めるんだけど、視界に入れただけでやめた。
誰とも話していない長岡さんが何を考えているのか、単純に知ることが怖い。心を読めるがゆえの悩みだね。贅沢な話だよ。ホント。
チャイムが耳朶に響く。俺は静かに目を閉じて机に身体を伏せた。
放課後の屋上はこれで二度目だ。前回は一ヶ月前で、立花さん達に呼び出された時。あれからそんなに経つんだな。その頃同様屋上特有の強い風が髪の毛をぶわっと煽った。
フェンス越しに外を眺める。午後は小雨になり、運動部は普段通りに練習を始めていた。サッカー部も例外ではなく部員全員でストレッチを行っている。
「オレさー」
隣に立っていた操二がおもむろに口を開いた。俺と同じで視線はサッカー部に向かっている。
「前にも言ったかもだけど、やっぱサッカー好きなんだわ。サッカー向いてるし、やってるとモテるし」
「二年で既にレギュラーだし、彼女を作らなくても遊びまくってるもんね」
「そうそう。まあ今はソラちゃんがいるからモテるはどうでも良いんだけど、それでもサッカー自体も好きなんだよな。練習も別にランメニュー以外は楽しいし」
それだけ何かを好きって言えるのはちょっと羨ましい。部活はしてこなかったし、俺にはこれといって好きなことも無い。好きなことを語る人っていうのはみんな例外なくキラキラしていて、心の中も嬉しそうなんだよな。
「……んでさ、オレとしてはサッカー部に戻れるなら万々歳なわけ。ただ悟クンの言う通りソラちゃんに我慢を強いることになるんだけどね」
(まあ上手くいくのはこの方法なんだろうけど)
「……上手くいくって言ったって、俺達が我慢するのとは違うからね。ソラちゃんはまだ小学五年生だろ」
「うお、よくオレの考えてることわかるねホント。毎回だけど割とビビる」
「っ!! ……ごめん」
「いやいや、そんな気にしなくても大丈夫。俺がビックリしてるだけだし」
からっとした笑顔で俺の背中をぽんと叩く。
……これだって今の話と似たようなものだよね。ソラちゃんにとって独りは父子家庭で散々経験させられた、人よりも過敏に反応してしまうこと。心を読んでしまうのは自業自得と言えば自業自得だけど、そのことを指摘されると人より明らかに動揺してしまう。それは多分長岡さんよりも。
「……だとしてもね? 悟クン。あのタイミングはダメでしょ。ソラちゃんがあれ言い出したのって長岡さんが根回ししてたんじゃないの? なのにそれをいきなり否定するようなさぁ」
「操二、気付いて……」
「当たり前じゃん? 普通はあの場では受け入れといて落とし所を探すってのが普通なのに、悟クンときたら……」
はぁ、と自分の髪の毛をくしゃっと握って溜め息をつく。操二は心の底から呆れていた。
「あれだよね。悟クンは人の心には敏感なくせに、長岡さんのことは全然わかってないよね」
目を閉じながら笑う。
思い過ごしでしかないかもしれないけど、何故か俺には嘲りに見えた。だからついムキになってしまう。
「……人の心に敏感なら長岡さんのことだってわかるだろ」
「あっはっは! 違う違う」
今度は心の底から笑う。それは決して嘲笑の類ではなく。
「“心”と“女心”は別物だよ」
………………
…………
……
「あれ、悟遅かったわね。もう活動始めて三十分は経ってるわよ」
遅れて生徒会室に到着する。中に入るなり音心が俺へ声をかけてきた。
「ちょっと依頼のことでさ」
「ああ、あのサッカー部の話ね。どう? 順調?」
「……まあ、そろそろ解決する頃だと思うよ」
一ヶ月で定位置になった椅子へ座り、生徒会の予定表を確認する。そろそろ美化委員に配るプール掃除についてのプリント作らなきゃか。
「あれ、長岡さんは?」
「愛哩は今日休みよ。……アンタ、愛哩に何かしたの?」
目を細めてじろっと訝しむ音心。何か聞いたのかな。
「伝言。お互い今日は頭を冷やそうだって」
「そっか。ありがとう」
「……あれ、やけに冷静ね。もしかしてそんなに気にする必要のない喧嘩?」
「解決策はもう考えたし、そのための手ももう打ったから」
「そ。まあ悟のことだし別に心配してないけど」
本当に気にしていないような表情。それが当たり前と言わんばかりの態度で、だけどそれが一層笑顔を誘う。
(二人が仲直り出来そうで良かった)
可愛らしい内心を、俺は見るだけ見てふと笑を零した。
さて、まずは明日の朝。俺から挨拶をしてみよう。
初めての試みだけど、出来るはず。いつも通り冷静に、だけど親しみやすく。
さっき操二に教えてもらったように。
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