第124話

三十.[再会]



「これは何かしら……?」

 訝しげにリリナネが言った。


「崩れた石像のようだが……」アヅハナウラが見たままを言った。


 巨大なそれ。引き倒されて首が折れ体砕けたもの。もしもアオイがいれば。いや、言わなかったかも知れない。


 あれから二度悪魔の襲撃を却け、ここまで進んできた四人。襲撃を却けるとフィオラパが導いてくれる。時折現れる不可思議な幻、否、実体として現れた異世界の実相、気を取られる一行をまるで意にかいさず、フィオラパは進んでいく。


「急ごう」アヅの言葉に、我に返りフィオラパを追う彼ら。


 しかし。またもや現れた渦高い影。

「これはまた奇っ怪な……」

 一行の行く手をさえぎる高い影。霧の中朧に浮かぶ。高い障壁。異質な建造物。異質な形状の屋根。

「すごい……」驚く一行をよそに、フィオラパは真っ直ぐ進んでいく。恐る恐る、用心して足を運ぶ一行。


 中に入ると目も眩むほど絢爛な壁とドーム天井。ただ人の姿は全くない。無人のオスマン朝の寺院。アオイなら分かるうつし世の投影。フィオラパは壁を突き抜け進んで行ったが、彼らは方角見失わないように進んで行くしかない。


「面倒だな」

「うん。迷いそう」


 それでも幻影は幻影。うつろい、消え去る。視界さえぎるその壁が消え去ったとき、彼らは霧の中彷徨う人影を見つけた。


「アオイ?」真っ先に言ったのはリリナネ。影を見ただけで瞬時に。

 人影は駆けてきて答えた。「良かった。会えましたね」アオイセナだった。

「良かった。もう会えないかもと……」リリナネが目尻をこすり言った。

「まて」用心深くカタジニが言った。「貴様が悪魔の術でなく、本物のアオイセナだと証明できるか?」

「ええっと……」本物であるアオイは戸惑った。いったい何をどう話せば信じてもらえるのか。


 都合よいことにカタジニは胴服の中に手を突っ込むと、例のアレを取り出して「これが何か答えてみよ」と言った。

 アオイは失笑する処だった。まさか持って来ているとは思わなかった。

「ハリセ……いえ、カタパンです」

「うむ。信じよう。貴様はアオイセナだ」横柄に腕組みして頷いたカタジニ。

「ありがとうございます」アオイは素直に礼を言った。


「今までどこにいたの?」

「よく戻って来れたな」

 口々に問う仲間。

 アオイは簡単に説明した。余り詳しくは語れない。

「すみません。悪魔に騙されて引き離されたのですが、なんとか逃げてきました……。その悪魔が去り際にみんながいる方角を教えてくれたのです。半信半疑でしたが、本当に会えて良かった」


「その悪魔は?」怪訝に問うたアヅハナウラ。「君に名乗ったか?」

「はい。リリスです」

「リリス?」知らない様子のリリナネやカタジニ。

 まさか、と眉根を寄せたアヅハナウラ。「それはリリカ・リ・ポーか?」


「リリカリポー?」問い返すアオイに。

「それは女の霊で蛇を身にまとっていたか?」重ねて問うアヅ。

「はい」

「ならば間違いない。リリカ・リ・ポーだ」


 難しい顔して黙り込んだアヅハナウラにアオイは訊いた。

「知ってるんですか?」


 アヅハナウラは「私は巫術師ではないので詳しくは知らぬが」ことわりを入れながらも、「ポーにあり一二を争う強大な霊だ。そのような霊にこの冥界入りを知られたとは……」

「うむ」イオワニがあとをうけた。「アオイをすんなり帰したのも解せぬ。親切すぎないか。それよりも俺たちがいる場所を把握しているということか……」


「思案しても仕方がない。アオイ君の責任でもない。そ奴ははなから知っていたのだ。我らの冥界入りを。今は急ごう」先を行くフィオラパを目で示し、アヅハナウラは皆に背を向けた。フィオラパを追って歩き始めた。

「だな」イオワニがそう言って続き、他の者も歩き始めた。が。


 カタジニがハッと何かに気附いたようで、再び目をつり上げた。「まさか……」唸るように言うと、糸のような目を尖らせてアオイに詰め寄った。

「貴様。リリカリポーに憑依されてないと証明せよ」


「え!」そう言われてどう言えば信用してもらえるのか。「俺はアオイセナです。確かに」

「信用できぬ。俺が悪魔で貴様をかどわかしたなら、貴様に憑依して仲間の元へ戻り隙を見て皆殺しにする」

「いや、でも本当に俺は俺です」

「ではこの質問に答えよ。貴様がタパの廟堂に来たばかりの頃のある晩、貴様は浴堂で板壁の下の隙間に手をつっこみ、何をした?」


「ぶっ」と噴き出し耳たぶまで真っ赤になったアオイ。

「なっ」リリナネも顔が赤くなった。気色ばみキッとカタジニ睨んだ。


 先を歩いていたイオワニがふり返り割って入った。愉快げに口の端をあげ。

「アオイ。首飾りの石を見せてやれ」


「あ、そうでした」簡単に証明できる方法があった。割れてなければ憑依されていないと証明できる。アオイは衿紐を解き、首飾りを引っ張り出した。

「割れてません。どうですか?」

「うむ。信用しよう」横柄に腕を組みカタジニは答えた。


「それより」

 イオワニが前方をあごでしゃくってみせた。見ろと促した。アヅハナウラが霧の中立ち止まっている。


 五人は歩きながら話していた。アヅハナウラが先頭に立ちフィオラパのあとを追い、イオワニが続き、その後ろを、アオイと、アオイの側を離れないリリナネと、アオイに執拗にからむカタジニがワヤワヤと先ほどのやりとりをしながら歩いていた。冥界入りのさなかだが、仲間に巡り会えたことで皆浮かれていた。


「マンザイはそのくらいにしとけ」

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