第86話
二十一.【マリコラギ】
「ここがマアシナラギさまのお部屋です」
ユタとリュウはマアシナの部屋へニニを案内した。祭壇の神像を見たニニは、
「わあ、綺麗な神さま」瞳を輝かせた。
そんな表情を見るとやっぱり年相応に感じてしまう。しかも妹と重ねて見てしまうユタ。生きていれば同じくらい。こんな人懐っこい笑顔でいつも彼にくっついていた。彼は優しい口調で説明を続けた。
「以前はこの廟堂でも他の廟堂と同じようにラアテアさまを祀っていたのです。ですが聖女さま誕生以来、マアシナさまを祀るようになりました」
「へえ。聖女さまってお父さんから聞いたわ」しかし小首を傾げたニニ。「私たちは毎朝テアラギさまを拝んでいるわ。テアラギさまとラアテアさまって違うの?」
ユタとリュウは顔を見合わせた。「ああ」と。
「それはマリコラギさまですね」
「マリコラギ?」
「マリコとは先住民の言葉で、夜明けの光のことです。暁の女神さまです。ですから昔はマリコラギさまと呼ばれていたのです。それが太陽に抱擁される説話から、見えない女神、テラアギというお名前に変化したのです。今では空に白道を導く女神と信じられています。その女神は常に太陽の前にあり、その女神の導く通り太陽は進んでいくということです」
「へえ」感心した顔つきになったニニ。ニッコリ笑ってユタの顔を見上げた。「あんたって物知りなのね」
相変わらずのあんた呼ばわりは気になったが、ユタは少しいい気分だった。隣でリュウも微笑んでいた。
「マリコラギさまの本当のお名前は巫術師の方しか知りません。マリコラギもテアラギも後から付いた名前で、本当のお名前があるのです。ですがそれを知っているのは巫術師の方だけです」
「へえ」
そこへガラッと扉が開き。
「ん?」入ってきたのはアオイだった。そこにいた三人を見てキョトンとしていた。
ユタはすぐに気を利かせて言った。
「これから黙想なさるのですか」
「ああ。そのつもりだったんだけど。お邪魔だったかな」
知らない女の子を挟んで談笑しているユタとリュウを見て、アオイも気を利かせた。ユタが説明した。
「竜使いの頭首リコチャキさまのお嬢さんに、お廟の中をご案内して差し上げているのです。ここはもう出ますからどうぞ使われてください」
「へえ。そうなんだ。でも俺が出直してきてもいいんだぜ」と続けたアオイだったが、そこに偶然来合わせた女性。
「あら」そこにいた三人と一人を目にして「これは何の集まりかしら」にっこり微笑んだ。
「あ、えっと」慌てて話そうとしてしかし、慌てたあまり言葉が続かないアオイに、ユタが助け舟をだした。
「リコチャキさまのお嬢さんをご案内していたのです。アオイさまはこれから黙想なさるそうです。リリナネさまもご一緒されてはいかがですか」
アオイは感じた。ユタはちょっと気を利かせすぎだと。そんな言い方をしたらリリナネは固辞するに決まっていると。案の定リリナネはこう答えた。
「あら。お邪魔しちゃ悪いから私が出直してくるわ」
アオイは慌てて言った。顔を赤くして。
「いえ。俺が出直してきますから、どうぞリリナネさんが先に」
そんな様子の二人を後に残して、ユタとリュウはニニを促して部屋を出た。廊下を歩きながらユタは説明した。
「あのお二人は、今、とても微妙な状態なのです」
「ふーん、変なの……。好き合ってるみたいなのに」ニニは年の割に鋭く、ませていた。しかし関心ごとは違っていた。色恋はどうでも良くそれよりも。「あの人とっても綺麗。私も大人になったらあんな綺麗な人になりたいなあ」
ユタもリュウも「きっとなれますよ」と言いかけた言葉をのみ込んだ。素直にそう感じたのだが、なんだかお世辞みたいだし、男のくせにおべんちゃらを言っては格好悪い。なにより好きかと思われては心外だ。代わりにこう説明した。
「あの人は女性ながら大魔導師さまなのです」
「へえ。素敵。ますます憧れちゃう」
「しかもプレルツを二つも使えるのです。プレルツを二つ使える魔導師さまなんて、三百年に一人いるかいないかです。シュスさまでも一つしか使えないのですから」
「へえ……」ますます感心した顔つきのニニ。けれど。「プレルツって何?」
「プレルツというのは、上級元素術の中でも、ツフガが厳に使用を戒めている特別な術のことで」
「ツフガ……?」
ユタとリュウは二人で、プレ(呪文)とケイのイロハからツフガのことまで説明した。廟堂の方々を案内しながら。
厨房の前を通りかかった時だった。ラナイナライともう一人年上の子が何やら困った顔で話し込んでいた。ユタとリュウを見ると、年上の子は「ちょうど良かった」と言った。
「お使いを頼まれてくれないか」
「どんなですか?」
問い返したユタに、ラナイナライが詳しく説明した。
「リコチャキ様の御一行に、シシ肉の夕食を出したいのだけれど、あいにくこの近くは品切ればかりで」
後を受けて年上の子が言った。
「お前達で探してきてくれないか? どうしてもなければ、森側の猟師さんの村まで行ってみたらどうだろう?」
「ええ。いいですよ。僕にはうってつけですね」ユタは答えた。その界隈は彼の生まれ育った場所。
ラナイナライが少し心配な顔をして言った。
「大丈夫かい? 遠いから気をつけて行ってくるんだよ」
「ええ。全然大丈夫ですよ。リュウ、行こう」
と、行きかけたところで。
当然の如く二人の後をついてきた者。「あれれ?」気づいたユタとリュウがふり返ると。
「何? 私は行っちゃダメなの?」
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