第73話
七.【木剣勝負】
先に動いたのはアオイ。構えの差がある。仕掛けられては部が悪い。かと言って踏み込めばもっと悪い。惑わす他ない。スッと左へ。フワリと誘った。しかしオニマルはジリっと動いただけ。
イオワニ」さんよりマシだが––。イオワニさんより攻めやすいわけじゃない––。
イオワニが相手ならば睨み合うだけで動くこともできなかった。オニマルが相手ならば動くことはできる。
オニマルから見れば、間合いの差があり待ち受けるしかない。彼がアオイから一本取るには、一太刀目を瞬発力で払い避け、応じる剣を浴びせる他ない。
そのアオイが、左へ行くと見せかけて右へ転じた。鋭い一閃飛んで来た。木剣傾げて受け流した。呪文が磁石のように反発して、双方の木剣が流れた。オニマルはしっかり両手で握っている。アオイは片手、体が泳いだ。隙、とオニマルは打ち込んだが、ヒラリと躱された。さらに一太刀打ち込んだが、これもヒラリと避けられた。逆に隙となった。
ダンっとアオイが直線的に踏み込んで来た。踏み込むと同時に体を廻す。まずい、鋭い一閃飛んでくる、咄嗟に身構えると。驚くべきことにアオイはそこから逆回転した。背中越し、捨て身の一撃。オニマルはかろうじて反応した。
真正面からぶつかり合った木剣。キンっと反発する。オニマルはなんとか持ちこたえた。アオイの木剣は手から離れていた。
「あいたぁ」と言って動きを止めたアオイ。
オニマルはゆっくり振りかぶり、観念した様子のアオイの肩に軽く木剣を当てた。
「ああ、クソ」アオイに賭けていたおじさん達が悔しがり、「いやああ」アオイ贔屓の女の子達が悲鳴をあげ、「おお。やったやった」オニマルに賭けていたおじさん達が小躍りし、「きゃああ」オニマル贔屓の女の子達が黄色い歓声をあげた。
「また俺の負けだ」アオイは肩をすくめてみせた。
「またとは何だ。俺の方が負けが多い」オニマルは笑って言った。「今のは運が良かっただけだ」
「いや、運じゃないし。負けは俺の方が多いし」
「いやいや、俺の方が多い」互いに譲りあった。そんな会話がひと段落した後。
「さあ、稽古を再開するぞ」オニマルは少年たちを促した。
少年たちが立ち上がりそれぞれ木剣を手にして……、その時、アオイはふと思った。あれれ? と。
俺はこの勝負では移動呪を使わない、と言うことは左手は印を結ばなくていいから––。
「ちょっと待て」稽古を始めようとしていたオニマルと少年たちに言った。「もう一回勝負していいか?」
「かまわんが……」訝しげにオニマル。
アオイはニッと笑った。
「俺、両手で剣を持っていいか?」
「は?」とオニマル。周りの少年たちも目を丸くして顔を見合わせた。
「かまわんが……。どういうつもりだ?」
「まあ、見てのお楽しみだ」アオイはニヤリと笑った。「ユタ。一番短い木剣を一本持って来てくれ」
「はい」ユタが駆け出した。道場の隅へ行き、短い木剣手に取ると、興奮気味に戻って来て小声で言った。
「両手で剣を持つ人なんて聞いたことありません」
アオイも小声で答えた。
「俺は聞いたことある気がするんだ」
「絶対アオイさまの勝ちです」小声で言ってユタはさがった。
再び、水を打ったように静まり返った。中央で向き合った二人。アオイは手前の左手に短い木剣、奥の右手にも木剣。対するオニマルは同じく正眼。向き合い、そのまま微動だにせず。次第にオニマルの表情が険しくなった。
攻守逆転していた。アオイは仕掛ける必要なく、間合いも、応じる手も、圧倒的に優位だった。
オニマルが剣先を下げて苦々しく笑った。「これ、無しにしろ。絶対に俺が負ける」
「だろ?」
お互いフッと笑った。
その後は、これもこの道場の名物、アオイセナの十人組手。木剣を持たないアオイに、少年達が次々打ちかかる。足捌きと移動呪だけで躱す。この時も女の子達の黄色い歓声、おじさん達のやいのやいのの野次で道場が湧く。
それが終わるとアオイはユタとリュウ少年に稽古をつけてやる。最近はユタも木剣を握る。アオイに稽古をつけてもらいたい一心で。本物の剣はまだ持てないようだが。アオイは本人が持たせてくれと言うまで、何も言わないつもりでいる。
稽古をつけてやりながら感じていた。二人とも筋が良い、と。勿論彼の相手ではなく軽くあしらえるが、時折鋭い太刀筋がある。比べればユタの方が多く、ある。剣を握ることさえ出来ればユタは立派な剣士となる、と感じていた。
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