第69話

五.【延命術の妖婆】


 お使いの少年が帰った後も、玄関口で話し込んでいた三人。

「早速その靴を履いていく?」リリナネはアオイに聞いた。


 今日はニシヌタお婆さんの廟堂へ行く。一度おいでくださいと言われていたものの、ずっと先方のニシお婆さんの体調が悪くて行けなかった。ようやく具合が良くなったと先日お弟子さんが知らせに来た。そこで今日行くことになり、リリナネも一緒について来てくれる。


「なんだか履いて汚すのがもったいない感じなので……、いつもの靴で行きます」どのみち汚れるのだろうが、土埃がつくのも勿体無い感じの、美しい純白の毛皮だった。


「これ、何の毛皮なんですか?」

「これはきっと大神ね」

「狼?」

「そう。大神」


 後日アオイが見たオオカミは大きな蜥蜴だった。がに股の足ひょろ長く、首ひょろ長く、細かな牙のある口裂けていた。遊牧民が乗り物にしていた。純白の背を、色鮮やかな織物で飾り、鞍を乗せていた。


 いつもの如く裸足に兵靴をつっかけて、軽く紐を結わえて出かけようとしたアオイ。いつもの如く、ユタに咎められた。


「アオイさま。それはお行儀が悪いとさっき言ったばかりですけど」


 渋々アオイは自分の部屋にいったん戻り、しとうずを重ねばきして、怒られないようにムカデの胴服も羽織った。薄手の麻の胴服は、毎晩ユタが布団の下で寝押しして、折り目がビシッとしている。戻って来たアオイを見て、ユタは満足げに頷いた。


 なんだか生意気なんですけど、と思いつつ「お待たせしてすみません」待っていてくれたリリナネに詫びた。


「いいのよ」とリリナネは笑顔で答え「じゃあ行きましょう」と先に立って促した。ニコニコ顔のユタに見送られて、二人は廟堂の門を後にした。


 眩い夏の日差し。まばらに人馬が行き交う街路。晴天の空に入道雲。二人は歩きながら色々なことを話した。


「オニマル君との勝負は最近どう?」

「相変わらず五分五分です。どちらかと言えば俺の負けが多いですね」


 イオワニが留守の間道場を任せると言っていた一番弟子、それはオニマルサザキべだった。痛めた肩もすっかり治り、最近では毎回勝負する。向き合ってイオワニほどの威圧感はないが、それでも踏み込めない。小鬼族相手にはどれほどの群でも負けないアオイだが、剣巧者の人間相手には相変わらず苦戦する。仕掛けて惑わし、運が良ければ一本取れる、悪ければ逆に取られる、そんな感じ。


「頑張ってね。今日も稽古に行くんでしょ」

「はい」

「男の子同士の友情って良いわよね。憧れちゃうわ」

「そうですか」

「そうよ。君達二人は仲が良いもの。並んで歩いている姿を見て、女の子達が何て噂しているか知ってる?」

「え? 何て?」


 リリナネは悪戯っぽい笑みを浮かべて、人差し指で彼を指した。

「クムラギで一番良い男はどっち?」


 アオイは面食らい、ドギマギして目をそらした。「それは……あいつに決まってます」口ごもった。


 リリナネは微笑んだ。「本当に仲が良いのねぇ」少し、苦笑い混じりで。

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