第63話
二十四.[政治堂の要請]
翌日、会合が行われた。タパの廟堂に集まったのは、ツフガと武人それぞれの代表者ら。シュスロー、アヅハナウラ、カタジニ、リリナネ、イオワニの冥界入り五名と並んで、アオイも出席した。対座する武人側は、リケミチモリ、モモナリマソノを筆頭に廉潔な名士が並び、中にオニマルサザキベの姿もあった。アオイと目が合うと笑みを浮かべ黙礼した。アオイも礼を返した。
まず、議事進行役の武人が現在の情勢、そして今後やるべきことを訥訥と話した。話しぶりからして、話す内容ははじめから決まっているようだった。
「かねてより蜥人南下の噂がありましたが」と始め、昨日の襲撃でそれが事実と判明したこと、斥候であった可能性もあるが、暗殺が目的であった可能性も否定できないこと、などに触れた。「暗殺目的とすれば、狙いは扉の神召還呪を唱える者、ないし、召還呪を調合できる者、と考えるのが自然。蜥人は小鬼族と違い知能高く、悪龍の意を解しやすいゆえその思うままかよいいたるはず。扉の神召喚を阻まんとしてその主な人物を狙ったのかも知れません」
「されど」一人が口を挟んだ。「シュス殿はまもなく最後の呪文材料得るため出立の御予定」
議事進行役の武人は頷いて続けた。「ゆえに事態を案ふて、我らより二十名、護衛に附けたいと思いますが、シュス殿、いかがですかな?」
シュスは頷いた。「ありがたく」
アオイの見る限り何もかも形式的で、誰がいつどう話すか、あらかじめ決まっているとしか思えなかった。
議事進行役の武人は続けた。「しかし此処クムラギも努々油断できぬ情勢。調合者であるタパ様を狙っての襲撃あるやも知れません。で、なくとも、先日のような大規模な侵攻を警戒せねばなりません。クムラギ防衛のため、ツフガ側から二名の人員をお借りしたい。いかがでしょうか?」
タパが頷き、シュスをふり返り訊いた。「善いかな?」
シュスは頷き答えた。「かまいません」
何処までも儀礼的でお芝居のようなやりとりを経て、進行役の武人は言った。
「では。クムラギ議会の要請をお伝えします。商工農武人全代表の意見が一致しました。二名のうち一名はリリナネ殿に残っていただきたく、政治堂を代表して、慇懃(ねもころ)にお願い申し上げます」
アオイの見る限り、この部分の返答だけお芝居ではなく、今、この場で決める事柄みたいだった。返答をためらっているリリナネ。返事を待っている武人ら。
進行役の武人が言った。「プレルツを使えるのはシュス殿、リリナネ殿、お二人のみ。今回求める呪文材料は千年星と呼ばれる隕石の欠片。昔蜥蜴の巣窟である森を越え、蛇頭族の守っているそれを奪わねばなりません。不衛生かつ疫病蚊の蔓延する森を越える旅は、女性の身には厳しいのではないかと憂いております。無論、リリナネ殿の天骨(うまれながら)のひととなり、武勇、克己心、男になんら劣らずと存じておりますが、なほし。我らの多くも、リリナネ殿、貴女に残っていただきたいと願う者が多く」
モモナリマソノが柔和な笑みを含み、口を添えた。「リリナネ殿。いかがかな?」
リリナネは会合が始まる前からずっと考えていた。今日は当然この話になると。順当に考えれば、今、進行役が言ったとおり。シュスが出立し自分が残るのが筋。そしてそれは彼女にとっても都合良い話だった。シュスはアオイに目をかけている。分かる。きっと連れて行くつもりに違いない。このあと、アオイの気持ちを聞いて決定。アオイにしても、クムラギを出て他の町々を訪れれば記憶が戻るきっかけになるかも知れない。きっと行くと答える。何ヶ月か顔を合わさなければ、その間に気持ちの整理ができる。答えは考えるまでもなかった。
「残ります」これで良いと彼女は思った。寂しく感じながらも。
武人らは皆、一様にホッとした笑みを浮かべ黙礼した。進行役が代表してお礼を言った。「ご決断感謝します。では、よろしくお願いします」武人らが全員頭を下げた。リリナネは返礼し、「こちらこそ。謹んでお受けいたします」と答えた。
進行役は話を進めた。「礼(ゐや)にそうお返事ありがとうございます。では次に、今お一方。これも政治堂全代表一致でこの方に残っていただきたいと即決しました。その方とは、アオイセナ殿」
「へっ」
素っ頓狂な声を上げたのはリリナネ。アオイが見ると真っ赤になって焦っていた。バッとシュスの顔を見て、しかしシュスが不思議そうな顔で見返すと、顔を戻し下を向いてしきりに首をひねり。
「アオイ殿。いかがかな?」リケミチモリがいつものにこやかな笑顔で、返事を促した。
アオイも思わず笑みが浮かんだ。本意だった。拳を床について頭を下げ答えた。どう答えたらいいのかも分かっていた。
「謹んで。努めます」
かよいいたる=自由自在になる
案ふて(かむがふて)=鑑みて・案じてに同じ
ねもころ(慇懃)=心より・心をこめて
なほし=それでもやはり
礼(ゐや)=礼儀・作法
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