第42話
十一.[開門]
「伝令だっ、門を開けえ! 討って出るぞっ」
武人達が槍や弓をかかげ呼応した。応、と響いた。アオイは踵を返した。リリナネを外に導かなければいけない。人馬の間を縫った。
仲間達はすぐ側に来ていた。ドッと詰め寄せた人垣の向こうにいた。アオイが気づくと笑顔を見せた。人垣を抜け合流するとイオワニは言った。
「まるでツバクロ(ツバメ)だな。お前は」
「ツバクロ?」
アオイの脳裏に薄ぼんやりと浮かんだのは、白黒の犬の顔だった。あれは何クロだっけ? 思い出せないが随分古いモノという気がした。
「ツバクロを知らんのか?」イオワニは説明に困っていた。「ツバクロはツバクロだ。説明しようがない。鳥だ。白黒で、クルクル飛ぶ……」
「へえ……」やっぱり白黒か、そう思った。で、犬は何クロだっけ––、思い出せなかった。
「白黒の犬は何クロでしたっけ?」
不意の問いかけにイオワニは眉間に皺を寄せた。首を捻った。「白黒の犬は……それは……ブチだろう。違うのか?」
カタジニはアオイの斬馬刀を持ってきてくれていた。渡しながら彼を褒めた。磊落に笑い。
「武人らが皆貴様に見とれてたぞ。百戦錬磨の男どもに見惚れられるとは羨ましい奴だ」あながち冗談ではなさそうだった。
リリナネが綺麗な眉をしかめて言った。「気色悪いことを言うな」
カタジニは笑ってやり返した。
「自分が見惚れられることが無いといって、ひがむな」
「わっ、私は、」
カタジニはリリナネを無視してアオイに向き直り、今度は少し怒って言った。糸のような目を尖らせて。「しかしだ。次はちゃんと俺も連れて跳べ」
「はい。門が開いたら、敵の背後に跳びます」
「よし。じゃあ、俺も連れて行け」
「分かりました」そう答えたが、ふと気になることを思い出した。聞いたことある気がした。何かの拍子に蠅と混ざってしまい、徐々に蠅に変身していく人の話。聞いたことがあるどころか、実際にその気持ち悪い姿を見た事もあるようなないような……。
あれは移動呪で混ざったんじゃ……? てか、他に無いし……。
「カタジニさんはリリナネさんを護ってください」
「むう。何故だ。自分ばっかりいい格好しようという魂胆か」
笑って、返事をせずリリナネの方を向いた。「灯火の粉を持っていませんか」
「あるわ」
「俺の斬馬刀にかけて貰えますか」
「うん、分かった」
アオイは斬馬刀の柄を、リリナネに差し出した。リリナネは粉をかけ呪文を唱えてくれた。斬馬刀の柄が青白い光に包まれた。その間中カタジニはずっと言っていた。「戦場の男達の視線を独り占めする気だな。許されんぞ、貴様」とか色々。誰も取り合っていないので、アオイもそれに従った。
「よし。門が開くぞ。俺達は後方から廻ろう」イオワニが三人を促した。
後方へ廻りこむと、武人達が左右に割れ、陣中央に通してくれた。陣形は前面に歩兵、その背後に騎兵。騎兵らは灯火の矢を弓につがえている。その騎兵の只中に通された。馬上の武人が言った。
「リリナネ殿、我らが切り崩すまでお待ちください」
リリナネは頷いた。
「開門だ」一人の武人が呟いた。ギギ、と音が響いた。方々で鬨の声があがった。
軋みながら開いていく巨大な門。僅かに開いた隙間からなだれ込む小鬼族。二重三重に仲間の背に乗り、乗り越え、津波のように押し寄せる。防塁の武人らの頭の上に降ってくる。肉弾戦になる。入れまいとする武人ら。揉み合い刺し合う。隙間が広がるとさらに激しく。
「かなり多いな……」イオワニが口角を僅かにあげ、吐き捨てた。
「今日は多い方ということですか?」
アオイが問い返すと、不安になるようなことを言った。
「今まで見たことないくらい多い、という意味だ」
アオイとイオワニが話している後ろで、カタジニはリリナネに噛み附いていた。実は移動中もずっと噛み付いていたのだが、ずっと無視されていた。が、漸く無視されない攻撃点を見つけたカタジニ。
「だいたい、さっきはおかしかったぞ、お前。側で戦っておる俺にはちっとも加勢せず、アオイばかり依怙贔屓しておったではないか」
リリナネは真っ赤になって反論した。
「わっ、私は贔屓なんかしてないっ」
「いやいや。誰しも美しい容貌に惹かれるのは当然。その事を責めているのではない」
「ひっ、惹かれてなんかないっ」
アオイは耳をそばだてていた。贔屓して? と、ドキッとした処に「惹かれてなんかない」という台詞。ぐさっと胸に刺さった。刺さったというより、頭をゴンとやられた。
「その事は責めぬが、許せぬのは、その審美眼がおかしいということだ」
「わ、私は、審美眼は確かだっ」
「ほう。では、俺を見てどう思う」
「そ……そんな酷いことはとても言えない……」
「どういう意味だ」
アオイは隣のイオワニに訊いた。「いつもこんな風にマンザイをやってるんですか?」。イオワニは問い返した。知らないようだった。「まんざ……? 何だ? それは」
アオイも説明しようとして困った。言葉は口から出てきたものの、それが何かはさっぱりだった。
「マンザイは……、その、確か、沢山のお客の前で、話しを、……」
「善哉かな?」
「ぜんざい……?」
「客を集め、話師がありがたいお話しをする。あまり人気はないが」
「へぇ……」
「ありがたい話を聞かせて、最後を「善哉、善哉」と締めくくる」
「違うと思います……」
門が開いた。
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