ご馳走
階段を下りるとメイドと思われる女性が立っていた。
「こちらへどうぞ」
案内された部屋は俺たちの使う部屋より少し広いくらいの大部屋で、大きなテーブルをふたつ付けて並べられており、すでにハーバンと部下が着席していた。
棚には多数のキャンドルと彫刻、壁には雰囲気に合った絵画が飾られている。
(リンカー。テーブルの下にひそんでたりはないか?)
(この部屋に居る人間の数と気配は一致している、大丈夫だ)
リンカーを手に持つ俺を見て苦笑いをするハーバン。そして、むっとした顔をする部下たち。
「まぁ仕方ないよな。ともかく座ってくれ。そこの席がいいかな」
促されたのは彼らから離れた向いの座席だ。俺の警戒心を考慮してのことだろう。
リンカーをふたりの間に置いて俺たちが着席すると、早速料理が運ばれてきた。ひとつ、ふたつと皿が置かれ始めるとあっというまに大きなテーブルを覆いつくす。
「おー、これは」
いかにも感激とわかる声を出すアムに対して、ハーバンは謝罪の言葉を料理に添えた。
「今日は大変失礼した。止むに止まれぬ事情があったために手荒なことをしてしまい、本当に申し訳ない。ささやかではあるが謝罪の意を込めた食事を召し上がってくれ」
「うむ、では頂くとしよう」
「ちょっと待て」
皿に手を伸ばそうとするアムを止めた俺を一瞥したアムは、
「毒が盛られているかと気になっているのか?」
考えを察したアムが俺に先んじて言葉にした。だが、そんなことを気にするでもなくパンを掴んで口に入れてしまう。
「心配するな、毒なんか入れちゃいない」
対面の席であまり品性の感じられない食べ方でがっつくハーバン。
「俺たちはウォーラルンドの情報が欲しかっただけだ。その情報を持っている君らを殺すなんてするわけないだろ」
確かにハーバンの言うことはもっともだが、やはりすんなりとは受け入れられない。
「そんなこと気にせずラグナも食べろ。どれも美味いぞ。それに毒が盛られていたところで簡単に死ねる体ではないからな。ラグナもきっと大丈夫だと思うぞ」
目の前に置かれた美味そうな食事をバクバク食べる者たちを尻目に
最初は遠慮がちだった俺だが、一度食べ始めてしまえばもう後戻りはできない。さらに言えば空腹のスパイスなど必要ないくらいに料理は絶品だった。
皿が
ウォーラルンドでワイフルさんの料理を食べたときもそうだったが、アムは巫女としての品性が壊れるギリギリのラインを保ちつつ食していた。
ハーバンたちもそれに負けることなく食べていればテーブルを
腹も気持ちも大分満たされたころ、シャレた皿に盛られた甘い香りのするフルーツの入った白いデザートが置かれた。
その香りのせいなのか、満たされていた胃袋は新たな隙間を作り出した。
「これも美味そうじゃないか」
香りのわりに控えめで上品な甘さと濃厚なミルクの中にさっぱりとした酸味を持つフルーツの……、まぁともかくこれもめちゃめちゃ美味い! 懸念していた毒のことなど俺の頭からはすっかり抜けてしまっていた。
俺が駆け引きしたせいかどうかわかなないが、考えていたより数段上の料理によってもてなされた。アムの表情からその満足度が最高値なのが見て取れる。
「お味はいかがでしたか?」
温かな紅茶のカップを持ってきたリリサさんに満面の笑みでお礼を言うアム。さすがの俺もこの人にぶしつけな態度は取れずに丁寧にお礼を言った。
紅茶をすすりひと息ついたところでハーバンが話を切り出した。
「さて、腹も満たされたし、本題に入っていいかな?」
「聞かせてもらおう」
少し顔を引き締めて話しはじめたハーバンに、俺も姿勢を正し、指先でリンカーの鞘に触れる。出された飯を食べておいてなんだが、やはり警戒しないわけにはいかない。
「この国ブンドーラは聖都が建国したフォーレスの傘下にある。ここらの国や町や村と協定を結び、管理するというのが仕事だ。多少重い税はあるがね」
「重い税を設けるための協定か?」
「ブンドーラの庇護のもと平和な日常を送れるわけだからギリギリ利はあるはずだ」
「ギリギリかよ」
ハーバンは気にせず話を進める。
「魔女の脅威が去ったウォーラルンドとも協定を結ぼうと考えた。長らく魔女や妖魔と闘ってきた彼らの力はこの国にとっても脅威だ。だが、傘下に入ってもらえればこの上なく頼もしい。ぜひ協定を結びたいってわけだが、あの街には良く思われてはいないのでね」
(良く思っているところなんてあんのか?)
久々のリンカーの言葉に俺も心でうなずいた。
「俺たちブンドーラ関係の者は門前払いってわけよ」
それは自業自得だ。そんなことに俺たちを利用しようとしていたのかと苛立ちを覚える。だが、アムはそんな様子を見せずに聞いていた。
「君らは英雄ヘルトとも一緒に行動していたという情報があったから、橋渡しをしてもらえたらとも考えていた」
「橋渡しをして欲しいっていう歓迎の仕方とは思えなかったぜ」
「それはほら、少々体に聞いたら快く引き受けてくれることもあるから」
俺の皮肉を込めた言葉もハーバンの使命感には効果はなかった。
「で、あなた方は現状で、どの程度のことを知っているんだ?」
アムの質問にハーバンは両手を小さく広げて見せた。
「魔女が倒されたらしい。外から覗き見るだけではその程度さ。街の者たちは全員顔見知りの親戚同士みたいなもんだ。部外者はすぐバレる。行商や旅の立ち寄りの際にそれとなく探るしかできなかった。近年は妖魔が湧くようになったために、街の外周部にしか入れなくなっていたからな」
「そうか、ならばわたしたちもウォーラルンドについて知りうることを話そう。大して役立つ情報はないかもしれないが聞いてくれ」
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