真実
西日が強くなっていく時間帯だが、よい具合に曇っていてありがたい。
俺たちは丘を下り民家と田畑の多い平地へと降りてきた。ここから約十五分くらい東に歩けば農村地と市街地のあいだにある馬車乗り場がある。
「あの丘の上はキミの家しかないのだな」
振り返り我が家を見上げながら彼女は俺に言った。
「あの丘全部が俺らの所有する土地なんだ」
驚いた顔で一度こっちを向いたアムサリアは再び丘に向き直る。
「そんなに金持ちだったのか。失礼だが暮らしぶりからは想像も付かなかったよ」
「金持ちってわけではないな。あれはエイザーグ討伐の報酬なんだ。田舎の端っこに訓練場にもなる広い場所をお願いしてここに引っ越してきたわけ。お父さんは元々隣り町の自警団だから勤務地も近いしさ」
「顔に似合わず法術の腕前も一流だし、あれほどの力があって田舎町の自警団とは勿体ないと思っていたんだが」
アムサリアも顔に似合わずわりと失礼なことをサラリと言っているが、俺もその意見に同意なのでそこにはあえて突っ込まない。
「そうだな、王国騎士団にも宮廷法術士団にも誘われたけど自分の性格に合ってないからと断ったんだって」
「タウザンがどれだけ凄いかよくわかな」
ふふふっと笑う。
「そういうアムサリアはそのお父さんより強かったんだろ。なんたってエイザーグをたったひとりで倒したんだから。あの滅茶苦茶な攻撃を
訓練時のお父さんの力が七割程度だとして、アムサリアが使った邪聖剣の力を差し引いてもあれほどの闘いができるとは考えられない。
「まるでわたしの闘いを見ていたみたいな言い方だな」
「あぁ見たんだ」
「え?」
俺はあの夢を思い出して声を荒げた。
「あんたが現れた夜に夢でね。たぶんあの夢はアムサリアの記憶だったんだろうと思う」
今の平和な時代にあんな闘いができる闘士が果たしているだろうか? 王都で開催される武術大会でも、ときおりおこなわれる魔獣討伐でも、それほどまでの力を持った人は見たことがない。
「わたしがタウザンより強いって?」
頭をかきながら苦笑する。
「初めてタウザンと出会ったのは、わたしは闘女になりたての頃。まだ奇跡の法具を持たないわたしはタウザンの足手まといにならないようにすることだけで精一杯だった。町を襲ったデンジュラウルフを撃退したことでタウザンは十大勇闘士として名を
聖闘女がお父さんの強さを褒めちぎっている。だが、俺はおとうさんがアムサリアの強さを褒めちぎっているのを聞いたことがある。出会ってから一年で俺に追いつき追い越していったと。
「お父さん言ってたぜ。あいつ馬鹿みたいに鍛えやがって最後は腕相撲でも勝てる気がしなかった、ってね」
「なにを言っているんだ、タウザンの息子なら彼の丸太のような腕を知っているだろ? わたしが腕相撲で勝てるものか。それに法術ならクランには及ばない。もちろん追いつくために必死で修行したさ」
そう言って彼女は空を振り仰ぐ。
「奇跡の法具がわたしの足りないものを補ってくれていたんだよ。ラディアは輝力の貯蔵庫といった感じで莫大な輝力を蓄えていた。そして、増幅速度と増幅強化、巧みな展開能力。わたしはひとりで闘っていたわけではないということだ」
彼女は俺を見てニコリと笑った。
「そろそろ話そうか?」
「ん?」
「家を出る前に話す約束をしただろ。わたしの偽りの英雄の物語だ」
さきほども「英雄などと呼ばれるほどの人間ではない」と言っていたように、『偽りの英雄の物語』という自虐的な言い方が、英雄視されることを快く思っていないと告げている。
「あぁそのう……。そういう話の中に、アムサリア自身が気が付いていない未練なんかが隠されているのかとも思って。もちろん俺個人の好奇心もあるのだけど。だから、もし話したくなかったら無理にとは言わないぜ。俺としては聞きたいのだけど、無理やり聞こうとまでは思わないから」
聞きたくてしょうがない思いが漏れ漏れだなと自分でも思ったが、正直な言葉を彼女に伝えてみた。
「そんなに聞きたいのか」
彼女は小さく笑った。
「そうだな、これもわたしの未練に繋がることかもしれないから、暇つぶしに聞いてくれ」
コホンと軽く咳払いをして、彼女は話し始めた。
「教団に巫女として尽くしながら法術士となったわたしは、聖闘女となるために修行を続けていた。十七歳になって間もなく破壊魔獣エイザーグが大聖堂に現れて、その場にいた人々を惨殺した。巫女も含めた千人余りの人々をな。その場に居て生き残ったのはわたしを含めて五人。生き残ったと言ってもかなりの重傷だった。その中でわたしだけは無傷だったんだ」
このことは当然英雄伝説として語り継がれている。これがアムサリアの覚醒の切っかけだったと。
「そんな大参事の中で唯一無傷で生き残ったわたしを、教団は奇跡の巫女と発表し、初代聖闘女の再臨だとか言って国民の士気を高めていた。だがそれは聖なる場所である
「え?!」
俺は思わず声を上げてしまう。
「聖闘女リプティの生まれ変わりとか神聖な力に覚醒したなんて真っ赤な嘘ってことさ」
あまりのことに俺は言葉が出ない。偽りの英雄などと自虐していたが、それはこの真実からくるものだったのだ。
「このことは国王も知らない極秘事項。だから国中の民のために墓まで持っていくことを約束させられた。もちろんわたしもそのつもりでいたのだが、墓に入ることすらできなかったようだがな」
「ふふふふ」とアムサリアは笑うのだが、彼女のこの冗談は残念ながら頭には入ってこない。その衝撃的な話に俺の頭は大混乱状態だったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます