第10話 友人の手記:本命企業の筆記と面接

 都心からちょっと離れたところにある、本命企業の本社を試験会場として行われた筆記試験では、特に怪しいことが起こることもなく、私は無事にパスすることができた。


 さしもの「干し馬」も、今のところ私の知的能力には手を出してはいないらしい。

 むしろそれらの能力があった方が、恐怖を鮮明に感じる羽目になるからかもしれないが。


 そうはいっても、試験の合間の休み時間にスマホを見ると、またもや内々定取り消しのSMSが入ってきたり、いつの間にかラインの友人数が激減していたりなどはしたのだが、これぐらいは、もう「干し馬」に慣れてきた私としては、さほど驚くことではなかった。


 これならいけるかも、と微かに思った私は、次の面接試験で、絶望を突きつけられる羽目となった。


 面接試験は、筆記試験の1週間後で、筆記試験をクリアした人だけが参加できる。本命企業の特徴は、社長自らが全ての面接を担当することで、彼の一声で瞬時に不採用になるケースも多々あるという。


 特に、第一印象だけで志望者の半数が瞬く間に消されてしまうというので、私は、第一印象には特に注意しようと思っていた。


 私の前の前の人の面接は、その人が部屋に入ると1分も経たないうちに出てきたので、結果は言わずと知れていた。彼は、ワイシャツの袖で涙をぬぐいながら、そそくさと去っていった。


 私の前の人は、比較的長く話を続けており、出てきた彼女の顔が晴れやかだったので、脈はあったのかもしれない。


 私の番が来た。私は、ノックして、就活予備校で学んだ作法の通りに、部屋へと入る。


 中には、会議用のテーブルの前に腰かけている三人の男女と、少し距離を置いたところにぽつんと置かれたパイプ椅子がある。


「どうぞおかけください」


 中央の男、ネットでよく見かけていた社長の実物が、パイプ椅子を指し示しながら、私に向かって言う。


「失礼します」


 私が腰を掛けると、社長は質問を始めた。


「うちにはどうしてきたいと思ったの?」

「この業界で働きたいと思ったからです」

「それならうち以外にもいくらでもあるじゃん。どうしてうちを本命にしたの?」

「社長個人の魅力、カリスマ性に惹かれ、この人にならついていきたいと思ったからです」

「ふーん。じゃあ、俺が辞めたら、君も辞めるの?」

「それはできないでしょう。仕事がなくても生きていけるほどの稼ぎがあれば別ですが」

「でも、俺がいなくなってから、仮にヘッドハンティングされて、他者からよりいい条件を提示されたら、そっちに移る気なんじゃないかな?」

「仕事は、何よりもまず生きるための手段です。ですが、生きていけるだけ稼げるのであれば、環境条件よりも、自らがより実現したいものに近づけるかを重視します。その意味で、御社に敵うだけの魅力があるところは、たとえ社長がいなくなっても存在しないと考えます」

「じゃあさ、例えばうちの部下が、うちの持っている魅力とやらを全部吸い尽くした新会社を立ち上げたら、君はそっちに移る訳?」

「御社が求めているのは、御社の中で最も輝きを増せる人材です。私の考えるところの魅力が御社から奪われてしまえば、私自身、御社が求める人材の条件を満たさなくなってしまうでしょう。故に、そちらに流れることができれば、流れると思いますが、これは、Win-winだと考えます」


 社長は、数秒の間をおいて、ポツリと言う。


「なるほどねえ。素直ではきはきしていて、魅力的な人材だと思うよ」

「ありがとうございます」

「ただ」

「ただ?」

「君の才能があれば、君はこの会社の一エンジニアとして沈むよりも、むしろアイドルやアーティストのような、華やかな自己表現ができる場に出た方がいいと思う。

 君は、ここに入れば、ここでしか輝けない他の社員に比べて、頭一つ抜けた輝きを放つことはできるだろう。

 だが、これも言える。

 君が一番輝ける場所は、ここではない」

「つまり?」

「悪いが、俺は、少なくとも今はまだ君をうちに入れるつもりはない。その方が、君のためだと思うから」


 噂では、こうなることもあるとは聞いていた。否定されるのではなく、価値が高すぎると判断されての不採用。


「ご配慮ありがとうございます。ですが、私は、ここで働きたいのです」

「まあ、10年後に再就職を考えるようになってたら、その時は多分拾うと思うよ。今は悪いけど、他のもっと輝けるところを探して欲しい」


 救いはなかった。


「わかりました。今日は、ありがとうございました」


 これから、どうすればいいのだろう。

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