第193話 より奥の方まで擦るべきらしい。

「……ネーちゃん、朝だぞー」


 12月25日の朝。普段は隣のベッドの上段で眠っているはずのネネコさんが、かわいい子猫のような寝顔で、僕の体に抱きついている。


 時間の許す限り、ずっとこのままでいたいところだが、ネネコさんのかわいい顔が近すぎて、このままでは、また僕の理性が飛んでしまうかもしれない。


「……ん? ミチノリ先輩? ……そっか、夢じゃなかったんだ……」

「おはよう、ネネコさん。どんな夢だったの?」

「……そんなの……恥ずかしくて、言えるわけないじゃん」

「あははは、ごめん、ごめん」


 昨晩は平然としていたネネコさんでも、思い返すと恥ずかしいらしい。


「……もしかして、ミチノリ先輩は、ボクじゃ物足りなかった?」

「えっ? そんなことは全然ないけど……なんでそう思うの?」

「だって、コレ、まだ治まってなくね?」


 ネネコさんは恥ずかしそうな表情のまま、僕の欲棒を服の上から握る。


 昨晩あんなにたっぷり出したはずなのに、次の朝にはちゃんと元気になっているのは、オトコの生理現象とは言え、不思議な事である。 


「ああ、これは、昨日からずっと――って訳じゃないから、気にしないで」

「そうなの? ミチノリ先輩が、したかったら、また、してもいいんだけど……」


 かわいいカノジョがここまで言ってくれるなんて、僕はなんて幸せなのだろう。


「ありがとう。嬉しいお誘いだけど、それは、またの機会にお願いするよ。今日は僕達が洗濯をしないといけないし、朝食は、いつも通り4人一緒の予定だからね」


「そっか、じゃあエッチは、また今度でいいや」


 ネネコさんと僕の距離は一晩で大きく縮まったが、昨晩は、特別な夜だったから周りが協力してくれただけで、これ以上、寮の風紀を乱すわけにはいかない。


「またの機会」をどう作るかは、おそらく僕達の今後の重要課題となるだろう。






「ネネコちゃん、またいつか、ダブルデートしましょうね~」

「ダビデ先輩、お邪魔致しました」


 アシュリー先輩と本間ほんまさんが部屋を出てから、僕はネネコさんと2人で、先ほど洗濯を済ませた下着やシーツを干す。


 春には、まだ背が届いていなかったネネコさんが、今では普通に洗濯物を干せるようになり、僕は、その間にネネコさんからアイロンの掛け方を教わった。


 ネネコさんは僕のカノジョであると同時に、共に成長できる良き仲間パートナーだ。






 その後は、2人で食堂へ行き、天ノ川さんとポロリちゃんに合流する。


「お兄ちゃん、昨日はどうだった?」

「うん、お陰様で、ネネコさんとは上手くいったよ。ありがとう」


「えへへ、ネコちゃんは、どうだったの? 気持ち良かった?」

「そういう事を、カレシやお姉さまの目の前で聞かないでくれない?」


「ふふふ……、この寮では、プライバシーよりも『情報共有』のほうが優先されてしまいますから、ネネコさんは今から覚悟をしておいたほうがいいと思いますよ」


「お姉さま、それって、どういう意味?」

「ネネコさんのカレシは、学園で一番人気の『ダビデさん』なのですから」


 つまり、僕が昨晩ネネコさんに童貞を卒業させてもらったという事実も、確実に全校生徒に知れ渡ってしまうという事か。


 僕としては覚悟していたつもりではあるが、ネネコさんにとっては「黒歴史」になってしまうかもしれない。そのあたりは、非常に申し訳ないと思う。






 そして、今日は学園の行事で、校舎の大掃除。これが終われば冬休みだ。


 クラスの18名は座席ごとに9つの班に分けられ、清掃箇所の割り当ては、くじ引きで決められた。


 僕達の担当は2階のトイレで、僕のパートナーは隣の席の大石おおいし御茶みささん。

 大石さんは、クラスメイトであると同時に、僕の良き競争相手ライバルでもある。


「大石さん、よろしくお願いします」

「陛下と2人きりでトイレ掃除なの? なんだか気まずいわね」


 昨日の成績発表で僕がトップだったので、大石さんは僕の事を「男子」ではなく「陛下」と呼んでくれているが、これは大石さんが自分で決めた「罰ゲーム」なのだそうだ。 (第102話参照)


「そうですか? 2学期はずっと隣同士でしたから、僕は、もう慣れましたけど」


「それは私もおんなじだけど、陛下と2人きりでトイレに入っているところを女王陛下に見つかったら、私が投げ飛ばされそうじゃない?」


「女王陛下」というのは、もしかしてネネコさんの事だろうか。


 僕のカノジョが、大石さんの脳内で、そんな設定になっているのは、おそらく、あの柔道の試合のせいだろう。 (第189話参照)


「あははは、僕のカノジョはそんなに強暴じゃないですから、ご安心下さい」

「そう? ならいいんだけど。もし誤解されたら、陛下のせいだからね」


「大丈夫ですよ、2人で掃除をするだけなんですから。……ところで、僕、ここの掃除は初めてなんですけど、手順を教えてもらってもいいですか?」


 トイレ掃除は、4年生の通常清掃の範囲外だ。それに、101号室のトイレは、いつも尾中おなかさんがピカピカにしてくれているので、僕は掃除をした事がない。


「トイレ掃除のやり方は、1年生で習うけど……陛下は今年が初めてか。それなら仕方ないわね、私が教えてあげるしかないじゃない」


「ありがとうございます。やり方さえ教えてもらえれば、掃除は僕が全部やりますから、大石さんは、どんどん僕に指示を出して下さい」


「それは良い考えね。そのほうが、私も楽だし」


 こうして、僕は大石さんに手順を教わりながらトイレを掃除する事になった。






「じゃあ、まずは『ゴミ捨て』ね。棚の上から黒いビニール袋を1枚用意して」


「はい。この小さめの袋ですね」

「この、下にある箱は何だか知ってる?」


「『サニタリーボックス』……でしたっけ? 生理用品を捨てる箱ですよね?」

「正解。ちょっと、開けてみて」


「僕が開けちゃっても、いいんですか?」

「開けなきゃ、掃除できないじゃない!」


「ルームメイト達からは『絶対に開けちゃダメ』って言われましたけど……」

「陛下だって、ルームメイトにお尻をいた紙を見られたくはないでしょ?」


「ああ、そういった感じの恥ずかしさがある訳ですね。この箱はいいんですか?」

「私が捨てた直後以外なら、いいわよ」


「捨てた個人が特定されなければOK……という事ですか?」

「そういう事。臭いから、息は止めてね」


「分かりました」 


 僕は、息を止めて恐る恐る箱のふたを開ける。


 そこには、巻物のように丸められた小さなオムツのような物が1つと、血の付いたウェットティッシュが入っていた。


「たくさん入っていたら袋ごと交換したほうが早いけど、1つくらいなら、手で回収していったほうが早いでしょ?」


「そうですね。この程度でしたら、特に問題なさそうです」 

「回収したら、次は隣ね」


 隣の個室の箱の中は、かなり痛ましい状態だった。以前ネネコさんから聞いていた通り、スプラッターな感じだ。見ちゃいけないものを見てしまった気がする。


「こういう時は、袋ごと換えたほうが早いわね」

「そうですね。こちらのゴミとまとめて、袋ごと交換します」

「結構大変でしょ? 次もやってみて」


 次の箱の中には、血の付いたプラスチックの棒が入っていた。

 長さも、太さも、僕の小指か薬指くらいだが、これはいったい何だろう。


「これは、何ですか?」


「あー、これはタンポンを入れるときに使うアプリケーターね。タンポンだけじゃ入れにくいから、これを使って、中に押し込むの」


 ネネコさんから「注射器みたいなヤツで入れる」と聞いていたが、これの事か。


「こんなのがあるんですね。僕は、今日、初めて見ました」


 思えば、僕にとって今年の1年間は「初めて」の連続だった。生理用品や避妊具を見たのも生まれて初めてだったし、顕微鏡で自分の精子も見せてもらった。


 女の子の友達が沢山できただけでなく、女の子のハダカも見ることができたし、キスやセックスまで経験できてしまった。


 去年までの僕は、女の子と普通に会話をする事すら難しかったのだから、不思議なものである。






 全ての個室で、サニタリーボックスのゴミ処理が終わって、次は便器の清掃。


 僕がトイレ掃除専用のゴム手袋を付けようとしたところ、少し引っ張っただけで手袋が破れてしまった。古い手袋だったので、ゴムがだいぶ劣化していたようだ。


「すみません、ゴムが破れちゃいました」

「もっと大きいやつじゃないと、ちょっとサイズが合わないみたいね」


「僕は、このままでも構いませんけど」

「それはダメよ。直に触れると不潔でしょ?」


「でも、予備がないですよ」

「じゃあ、これを使って。小さくても我慢してね」

「いいんですか? ありがとうございます」


 大石さんからゴム手袋を借りて、両手にめる。

 サイズが小さめなのは分かっているので、今度は慎重に。


 準備が出来たら、洗剤を付けたスポンジで、指示通りに便器を掃除する。

 蓋の表、蓋の裏、便座の表、便座の裏、便器の外側、そして便器の内側。


「――そこ!」


 大石さんが便器の中をのぞき込み、汚れの付いている場所を指差す。


「ここですか?」


 僕は、指示通りに、シュコシュコと、右手を動かす。


「もっと擦って!」


 もっと力を入れて、シュコシュコと、右手を動かす。


「もっと奥まで!」


 さらに手を伸ばし、シュコシュコと、右手を動かす。


「そうそう、上手よ!」


 おだてられながら、シュコシュコと、右手を動かす。

 便器の汚れが取れて、綺麗きれいになると気持ちがいいものだ。


「――ちょっと! ミサ! あんた達、トイレで何やってんの?」

「――うわっ! アナ? 驚かせないでよ!」


 突然トイレに入って来たのは、2階の廊下を担当していたはずの真坂まさかさん。

 下の名前は大穴だいあなさんだが、大石さんはアナと呼んでいるようだ。


「真坂さん、ご覧の通り、僕が大石さんからトイレ掃除を教わっていました」

「もう! ミサは紛らわしい声、出さないでよね!」


「何が、どう、紛らわしいのよ!」

「『もっと擦って! もっと奥まで! そうそう、上手よ!』――でしょ?」


 大石さんは真坂さんに声マネをされて、急に顔が真っ赤になった。

 どうやら本人は全く自覚していなかったらしい。


「もう! やっぱり誤解されちゃったじゃない! 陛下のせいだからねっ!」

「あははは、真坂さん、すみませんお騒がせして。僕が悪かったみたいです」


「そんなわけないでしょ! ミサがエッチなだけじゃない!」

「違うわよ! アナがエッチだから、そんな風に聞こえるんでしょ!」

「まあまあ、それは僕を含めて、お互い様という事で、掃除を続けましょう」


 ――こうして、今年最後の学園行事である大掃除も楽しく終えることが出来た。

 明日からは冬休みで、皆実家に帰ることになるが、3学期も楽しみだ。

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