第182話 カレシと2人で遊びたいらしい。

 放課後、売店の商品の発注作業を最速で終わらせ、今日もお菓子を用意する。


 2日連続で部活をサボってしまうのは気が引けるが、物事には優先順位があり、部活かカノジョかどちらかを選べる状況なら、僕は後者を選びたい。


「すみません、今日も私用で早退させてもらいます」


 僕は管理部の3人の後輩達に恭しく頭を下げ、昨日に続いてお菓子を渡した。


蟻塚ありづかさんと別れて、中吉なかよしさんに告白したんでしょ? ブーちゃんから聞いたよ」

「アイシュもハヤリしゃんから聞いて驚いたのでしゅ! 大事件なのでしゅ!」


 カンナさんは高木たかぎさんから、アイシュさんは杉田すぎたさんから既に情報を得ており、2人とも僕が早退したい理由を知っているようだ。


 それならば、話は早い。


「2日続けての早退で、申し訳ありません。明日は働きますので、お許し下さい」


「ダビデ先輩は、1年生と別れて違う1年生と付き合うのかぁ。婚活では若いほど有利だって教わったけど、やっぱり1年生の子達は、私達よりモテるみたいね」


「ダビデしぇん輩ファンクラブの会員は抜け駆け禁止なので、アイシュは指をくわえて見ている事しか出来ないのでしゅ」


 カンナさんとアイシュさんは、冗談半分に僕をからかっているだけのようだが、リーネさんだけは真剣な表情で、僕の目を見ながら質問してきた。


「ミチノリさんがネコさんと別れてリボンさんと付き合っているって事は、リーネも、お願いすれば付き合ってもらえる可能性があるって事なのかしら?」


 リーネさんには婚約者フィアンセがいるはずなのに、僕なんかと付き合いたいのだろうか。


 男性の事をよく知らない状況で、よく知らない人と結婚するのが不安、というのならば協力はしてあげたいところであるが、僕1人で決める訳にはいかない。


「それは、ネネコさんに相談してみて下さい。僕はネネコさんの判断に従います」


 ネネコさんの許可さえあれば、リボンさんと同じように数日だけ付き合ってみるというのも面白いかもしれない。お互いに、相手から学べる事は沢山ありそうだ。


「そう。それなら、今からネコさんに相談してみようかしら」

「今からですか?」


「相談するなら、早いほうがいいわ。――カンナ先輩、アイシュ先輩、お先に失礼しまーす!」


 リーネさんは、僕より先に部室を出て、ネネコさんに会いに行ってしまった。


「ええーっ! リーネちゃんも帰っちゃうの? ……まあいっか、忙しくないし」

「ここは、カンナしゃんと2人でお菓子を食べるしかないのでしゅ!」


「ほら、ダビデ先輩も早く行ってあげなよ。カノジョが迎えに来てるみたいだよ」


 防犯カメラのモニターには、売店で僕を探すリボンさんの姿が映っていた。


「2人とも、ご協力ありがとうございます」


 僕はカンナさんとアイシュさんに頭を下げ、部室を後にした。




「リボンさん、お待たせしました」

「あっ! いたいた。良かったー、1人で先に帰っちゃったのかと思ったよ」


「僕はバックルームで商品の発注作業をしていましたから」

「発注作業? この店の商品って、センパイが全部発注してるの?」


「全部では無いですけど、今は、ほとんど僕が担当していますよ」

「ホントに? この売店の商品って、全部で何種類くらいあるの?」


「正確に数えた事はないですけど、多分、2000アイテムくらいだと思います」

「商品の事、アイテムって言うんだ。なんかプロっぽいね」


「ところで、リボンさんは何か食べたいお菓子とかありますか?」

「もしかして、私におごってくれるの?」


「はい。お弁当のお礼という事で、どうですか?」


「手芸部の部室で、お菓子はこっそり食べて来ちゃったし、昨日、ケーキを食べ過ぎちゃったから、今日はもういいかな。そんな事より、早く2人で遊ぼうよ!」


 リボンさんは、僕と2人で遊びたいらしい。

 今は、お菓子を食べる事よりカレシと遊ぶ事の方が、優先順位が上という事か。


「あはは、そうですね。じゃあ、今日は101号室に行きましょうか?」

「私がセンパイの部屋に行ってもいいの?」

「外は寒いですからね。もちろん、リボンさんさえよければ――ですけど」

「行く行く! 一緒に行こ!」


 僕はリボンさんに手を引かれ、寮へ向かった。


「ねえ、センパイ。寒いから、帰りもアレやってよ」

「はいはい。こうですね、お嬢様」

「そうそう。わー、チョーあったかーい」


 僕がコートの前を左側だけ開けると、リボンさんは僕のコートの中に入る。

 朝はとても恥ずかしがっていたが、1回で慣れてしまったようだ。




「どうぞ」

「おじゃましまーす!」


 リボンさんを101号室に招待する。


 他の部屋の子が、ここに遊びに来る事はあまりなく、僕の記憶では、リーネさん(第14話参照)とハテナさん(第67話参照)と大間おおまさん(第114話参照)の3人くらいだ。


 トイレの常連客である尾中おなかさん(第60話および第145話参照)を含め、おそらくリボンさんで5人目だろう。


「先に上着を掛けさせてもらいます」


 僕は部屋の奥のハンガーにコートと制服の上着を掛け、ついでにエアコンの設定温度を少し上げる。


「私の作ったぬいぐるみ、ちゃんと机の上に飾ってくれてるんだ?」

「そうですよ。それは、僕のお気に入りですから」


 リボンさんが作ってくれたネコのぬいぐるみは、モデルがネネコさんだそうで、顔がネネコさんに良く似ていて、とてもかわいい。


「隣がネコの席で、その隣はネコのお姉さまの席だよね? このビー玉は何?」

「ああ、それは天ノ川さんが、占いに使うもので、水晶玉の代わりだそうです」

「占い? ネコのお姉さまって、占いが趣味なの?」


「天ノ川さんは星座に詳しくて、プラネタリウムの解説だけでなく、星占いまで出来るんですよ。最近、僕も少し占ってもらいました」


「えーっ、いいなあ。私も占って欲しいな」


「相性占いのやり方なら、少しだけ教わりましたよ。ビー玉の横にある、この表を見て2つ隣か4つ隣の星座同士は、相性がいいらしいです」


 天ノ川さんの机の上には、ビー玉とセットで占いに使うシートが置いてあった。


「私は、射手いて座だから、ここかな?」

「そうですね。相性が良いのは、水瓶みずがめ座、天秤てんびん座、獅子しし座、牡羊おひつじ座ですね」


「お姉ちゃんもネコも獅子座だから、私とは相性がいいのかぁ。

 センパイは、天秤座だっけ?」


「正解です。僕はリボンさんとも花戸はなどさんとも相性がいいみたいですね」


 花戸さんは「友達として普通に好き」と言ってくれたが、僕から見た花戸さんの評価は「友達として」というよりは、「女の子として普通に好き」である。


「マジ? この占い、結構当たってそうな気がする」


「僕もそう思いますよ。天ノ川さんの占いによると、101号室の4人は、4人とも、とても相性がいいらしいですから」


「私とセンパイも、意外と相性いいよね?」


「あはは、そうですね。リボンさんの事は『カノジョとして普通に好き』ですよ」

「ありがと。じゃあさ、コタツに入ろうよ。ネコとはコタツで遊ぶんでしょ?」


「え? ネネコさんから、どこまで聞いているんですか?」

「え? ネコからは、何も聞いてないけど。人に言えない事でもしてるの?」


「いや、そんなことはないですよ。じゃあ、コタツに移動しましょうか」


 僕は湯呑ゆのみを2つ用意して、温かいお茶を淹れる。

 101号室では、よくお茶を飲むので、常にポットにお湯が入っている状態だ。


 僕がお茶を用意している間に、リボンさんは普段ネネコさんが座っている入り口側の場所に腰を下ろした。


「はい、どうぞ」


 湯呑をコタツのテーブルの上に置き、いつも座っている廊下側の場所に座る。


 右側に、ネネコさんではない人が座っているのは不思議だが、もし天ノ川さんの妹がネネコさんではなくリボンさんだったら、これが普通だったのかもしれない。


 人と人との関係は、ほとんど運で決まってしまうものなのではないだろうか。


「どうしたの? 何か考え事?」


「はい。ここにリボンさんが座っているのが、なんだか不思議だったので」

「私だって、ここにいるのが不思議だよ。センパイと2人きりなのも不思議だし」


「それに僕、カレシって何をすればいいのか、いまだに良く分かってないんですよ」

「言われてみれば、私もそうかも。カノジョって、何をすればいいの?」


「リボンさんは僕を迎えに来てくれたし、お弁当も作ってくれたじゃないですか。僕なんかより、ずっと分かってると思いますよ」


「でも、私にとっては、センパイが初めてのカレシだし、センパイが付き合うのは私で2人目でしょ?」


「それは、そうなんですけどね」

「ネコとは普段コタツで何して遊んでるの?」


 さすがに「電気アンマをくらったり、反撃したりしています」とは、言えない。


「そうですね、ネネコさんは乾燥肌なので……」


 僕の口から出た答えは、数日前にネネコさんからお願いされた事だった。

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