12月の出来事

第178話 別れは突然にやってくるらしい。

 あっという間に11月も終わり、今日から12月だ。


 朝から雪が降り続いている為、校舎の外はとても寒いが、寮に戻ればネネコさんとコタツが待っている――そう思うだけで、僕の心は温かくなる。


 我ながら、少し浮かれすぎている気もするが、それが心地よい。


「ただいまー」


「おかえり。ミチノリ先輩、今から、ちょっと相談があるんだけど……」


 2人でどんな話をしようかと考えながら101号室に戻ると、ネネコさんは、思い詰めたような顔で声を掛けてきた。


「どうしたの? 珍しく真剣な顔しちゃって」


 ネネコさんからの「お悩み相談」は時々受けているが、普段はたわいもない話が多い。今日はいったいどうしたのだろうか。


「マジな相談なんだけどさ、しばらくボクと別れてくれない?」


 ――それはまさに青天の霹靂へきれきだった。


「――ええっ‼ しばらく別れるって、どういう意味?」


「そのまんまの意味じゃん。ミチノリ先輩とボクは元カレと元カノって事で」


 ネネコさんの気まぐれは今に始まった事ではなく、日ごろから振り回される事には慣れているつもりだったのだが、これはあまりにも予想外だった。生まれて初めて出来たカノジョに、僕は2か月経つ前に振られてしまうというのか。


 大抵の事は「しかたない」とか「まあいいか」で済ませてしまう僕でも、これは黙って聞き流すわけにはいかない。


 だが、僕には怒りの感情は全くなく、ただ悲しく、寂しいだけだった。


 僕はネネコさんの事が大好きで、だからこそ、ネネコさんに甘えてしまい、周りが見えなくなっていたのだろう。


 自分の気付かないところで、ネネコさんに嫌われるような事をしてしまったのかもしれない。そうだとしたら、この問題の原因は自分自身にあるのだ。


 まだ「仲良しエッチ」どころか「チュー」すらした事も無いのに。


 もしかして、臆病な僕が、人目を気にしてカレシらしい事を何もしてあげていないから、愛想をつかされてしまったのだろうか。


 ネネコさん本人から、せっかく「仲良し」の許可までもらっていたのに。

 僕達の付き合いは、始まったばかりで、まだまだ、これからだったのに。


「……ごめん。僕、ネネコさんに嫌われるような事しちゃったのかな?」


 僕は泣きそうになりながらも、なんとか声を絞り出して質問した。

 それなのに、ネネコさんは僕をからかうような、いつもの笑顔だった。


「そんなんじゃないって。生娘祭きむすめさいのときにも言ったと思うけど、今日がチューキチの誕生日でさ、『何か欲しいものある?』って聞いたら、『カレシが欲しい』っていうから」


 中吉なかよしさんの誕生日が12月である事は、たしかに聞いていた気がする。

 それが今日、12月1日である事も理解できた。問題は、その後だ。


「え? ……それって、僕がプレゼントされちゃうって事?」

「うん」


「いや、それはおかしいでしょ。僕に拒否権は無いの?」

「だから、今、それを相談しようと思って」


 どうやら、一方的に身柄を引き渡されてしまう訳ではないようだ。


「ネネコさんは、僕と別れたいの?」


「そんなわけないじゃん。でも、この寮には、他にカレシ候補がいないから」

「まあ、そうだね」


「ミチノリ先輩も、生娘祭の時、チューキチにお礼したいって言ってたよね?」

「たしかに、そうだね」


「ボクだって、ミチノリ先輩の事、好きだけどさ、チューキチとも友達だし、学園の人気者を、ボクがずっと独り占めするわけにはいかないと思うんだよね」


 ネネコさんの言っている事は、意外と「まとも」な意見だった。

 きっとネネコさんなりに、友達から嫉妬されないように考えているのだろう。


 嫉妬と言っても、ネネコさんがイジメられてしまうような陰湿なものではなく、おそらく「カレシ持ちいいな」くらいの、軽い「焼きもち」だとは思うが。


「ああ、それで『しばらく』なのか。期間はどのくらいの予定なの?」

「ボクは1日だけでいいと思うんだけど、どうかな?」


「つまり、お誕生日の当日だけって事? それなら僕としても安心だけど、本当に今日だけでいいの?」


「今日だけでも長いくらいじゃね? チューキチは『カレシいない歴』を13年で終わらせたいだけみたいだから」


「最初のカレシと付き合った当日に別れるのって、僕は『ただの黒歴史』のような気がするけど……」


「じゃあ、オマケして明日までにしてあげようか。それくらいならいいよね?」


 それでもあんまり変わらないような気がするが、まあいいか。


「それでネネコさんと中吉さんの友情が深まるのなら、僕は全然構わないよ」


「ミチノリ先輩、なんだか嬉しそうじゃね?」

「そりゃあね。ネネコさんに嫌われた訳じゃなくて良かったよ」


「ボクの『お願い』を聞いてくれて、ありがとね」

「どういたしまして」


「今からお礼するから、ちょっと目をつぶってよ」

「こう?」


 ネネコさんが喜んでくれたようなので、僕は安心して素直に目を閉じる。

 もしかして、お別れのチューでもしてくれるのだろうか。


 ――ぺろっ。


 少し予想とは違い、ネネコさんは僕のほっぺたを舌でめてくれた。


 これは、ネネコさんからのご褒美と受け取っていいのだろうか。

 それとも、僕が舐められているだけなのだろうか。


「一応、チューキチより先に『ベロチュー』しといたけど、どうだった?」 

「あははは、ありがとう。でも、これは『ベロチュー』って言わないから」


 これは、僕でも本気なのか冗談なのか分からなかった。

 ネネコさんは本当に面白い人だ。


「これで、しばらく、お別れだからね」


 こうして、ネネコさんと僕は今日で「お別れ」することになったのである。






「チューキチは食堂にいるはずだから、今からボクと一緒に来てよ」

「了解」


 僕はネネコさんとコタツで作戦会議をした後、一緒に寮の食堂へ向かう。

 中吉さんは、食堂の奥で手芸部の先輩方と一緒にケーキを食べていた。


 2人で手芸部の皆さんに挨拶あいさつをしてから、中吉さんの隣まで近づく。

 そこでネネコさんは、中吉さんに、こう言い放った。


「約束通り、チューキチに『カレシ』をプレゼントしてあげるよ。ただし、今日と明日の2日間だけね。明後日になったら返してもらうから」


「カレシ? マジで?」


「中吉さん、今日から2日間、僕と付き合って下さい。お願いします!」


 これはネネコさんに指示されたセリフではあるが、女の子に告白するなんて生まれて初めての事なので、とても緊張する。しかも、みんなこちらに注目している。


「えーっ! どうしようかな?」


 中吉さんは戸惑っているようだ。

 これで振られてしまったら、僕の立場はどうなってしまうのだろうか。


「リボン! 先輩が頭を下げているのに、その言い方は失礼でしょ!」


 お姉さまである花戸はなど結芽ゆめさんが、中吉さんを叱責している。

 こんな時の花戸さんは、とても頼もしく見える。


「でも、自分のカレシを友達にプレゼントするなんて、あり得なくない?」


 それでも、中吉さんは納得がいかないようだ。


「リボンちゃんがいらないのなら、私が代わりにもらいます。――ダビデ先輩、今フリーなのでしたら、私と付き合って下さい」


 同席していた手芸部の3年生、高木たかぎ初心うぶさんに告白されてしまった。

 おそらく、これは中吉さんをあおる為の冗談だろう。


「ブーちゃん先輩に取られるくらいなら、私がもらうけど、ホントにいいの?」


「ミチノリ先輩には、ボクからお願いしておいたからさ、2日間、チューキチの好きにしていいよ」


「中吉さん、13歳のお誕生日おめでとうございます」


 僕は中吉さんに右手を差し出す。


「ありがとう。これで私のカレシいない歴は13年でストップしたよ」


 中吉さんが僕の手を取ると、パーティー会場は拍手と歓声に包まれた。


「これは大変! お姉ちゃんに教えてあげないと!」


 手芸部の2年生、杉田すぎた流行はやりさんが急に席を立ち、そのまま食堂を出る。

 この手の情報は、すぐに上佐うわさ先輩の元に集まるように出来ているらしい。


「リボンちゃんにまで、先を越されるなんて……」


 大きく落ち込んでいるのは、かわいい私服で生徒に紛れていた長内おさない心炉こころ先生だ。

 慰めてあげたいところではあるが、僕が声を掛けるのは逆効果だろう。


「ココロちゃん、元気出して下さい。私も振られちゃいましたから」


 落ち込んだ長内先生は、高木さんが慰めてくれるようだ。

 僕は、聞いていない振りをしただけで、高木さんを振ったわけではないのだが。


「ねえねえ、ダビデ君、今日の夜、あいてる?」

「夜ですか? 特に予定は無いですけど」


 僕に声を掛けてきたのは、中吉さんではなく、お姉さまの花戸さんだ。


「部屋でもお祝いするんだけど、リボンのカレシとして参加してくれる?」

「お誕生日パーティーの2次会ですね」


「そうそう。夜は、うちの部屋の4人以外は、リボンのカレシ君だけだよ」


 僕は、念の為にネネコさんの顔色をうかがう。


「いいんじゃね? ボク達は1年生だけで昼休みに教室でお祝いしちゃったし」


 なるほど。クラスメイト達で昼休みに集まり、夕方は手芸部の部員達で集まり、夜は自室でルームメイト達に祝ってもらうという訳か。


 たしか、前に柔肌やわはださんの誕生日に呼ばれた時も、こんな感じだった気がする。

 あの時も、ネネコさんは「いいんじゃね?」と快く参加を許可してくれた。


「分かりました。そういう事でしたら、喜んで参加させて頂きます」

「マジ? ホントにネコのカレシが、私の部屋に来るの?」


「ボクのカレシじゃなくて、今はチューキチのカレシじゃん」

「あ、そっか。私、なんだかドキドキしてきたよ」


 チューキチこと中吉なかよし梨凡りぼんさん。今は、この子が僕のカノジョだ。

 そう思うだけで、今までよりも、ずっとかわいく見えるから不思議である。


「2次会は8時からだからね。みんなの分のお菓子があると嬉しいかも」


 花戸さんからは、お菓子をリクエストされた。

 何を持って行くべきか分からなかったので、僕としてもありがたい。


「分かりました。売店で見繕って、持って行きます」


 夜は105号室でパーティーか。僕も、なんだかドキドキしてきた。

 寮の生活がこんなに楽しいのも、きっとネネコさんのお陰だ。

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