第165話 洗脳されたわけではないらしい。

「ノリタン、このクッキー、おいしいからもっと食べたい。もらってもいい?」

「シロも、もっと食べたーい!」


 僕が大石おおいしさん達と話をしている間に、お皿のクッキーは全て無くなってしまい、小学生の2人は物足りない様子だ。


「みんな、たくさん食べるのね。そんなに食べて太らないの?」


 リーネさんは少食なようで、2人の食べっぷりに驚いている。僕は、まだ1枚も食べていないが、女の子がお菓子好きである事はよく知っているつもりだ。


「リーネさんも、もっと食べても全然問題ないと思いますよ。まだ成長期ですし、みなさん脚が細いですから。――上田うえださん、お替わりを頂いてもいいですか?」


「はい。少々お待ちを――――はい、どうぞ。まだまだ沢山ありますんで」


 僕が上田さんにお替わりを頼むと、すぐに追加分が運ばれて来た。


「お替わり来たぁ! いただきまーす!」

「わーい! いただきまーす!」


 小瀬こぜさんも、三輪みのわさんも大喜びだ。僕もクッキーを頂いてみたが、売店で扱っている市販のクッキーにも負けないおいしさだった。


「これはおいしいですね。上田さんが作ったんですか?」

「いえ、これを作ったのは、ミサ先輩とコイちゃんっス」


 コイちゃんとは、大石御茶みささんの妹、1年生の鮫田さめだこいさんの事だ。

 お姉さまと同じく茶道部員のはずだが、この場にはいないようである。


「大石さんはクッキーまで上手に作れるんですね。さすがです」


「こんなの男子にも出来るでしょ? 私はレシピを教えてあげただけで、作ったのは全部妹だし」


「とてもおいしかったので、鮫田さんには、よろしくお伝えください」


 教室内には鮫田さんどころか、他のお客さんすら誰もいない状況だ。なぜ、こんなにおいしいクッキーをタダで配っているところに人が来ないのだろうか。


 そう思っていたところで――


「お姉ちゃん、大変! 美術室が満員だよ!」


 ――興奮した状態の鮫田さんが、教室に入って来た。


 どうやら、美術部の展示を見に行っていたようで、ここに人が来ないのは美術室に人が集まっているかららしい。


「何で美術室のほうが満員なのよ。男子ならここにいるのに」


 大石さんと顔を見合わせた後、鮫田さんの方を向くと鮫田さんとも目が合った。


「ダビデ先輩っ⁉ あ、あ、あ、あれはいったい何ですか?」


 鮫田さんの甲高い声は裏返り、顔は真っ赤で、目が泳いでいる。


 おそらく美術室には「容赦のない絵」が展示されているのだろう。

 美術部の人達には「自主規制」という考えがないらしい。


「ああ、多分、ご覧の通りだと思います。どんな絵か僕は知りませんけど」


「もしかして、またヌードモデル引き受けたんスか?」


 上田さんが落ち着いているのは、既に大浴場で僕の裸を生で見ているからだ。


「まあ、そんなところです」


「また男子が脱いだの? それなら、私も後で絵を見に行かなきゃ」


 大石さんが僕のハダカに期待してくれるのも、悪い気はしない。


「コイちゃん、その絵って、そんなにスゴイの?」


 リーネさんも興味を持ってくれているようだ。

 誰がどのように描いてくれたのか、僕も興味はある。


「リーネちゃん、あれは小学生に見せたらイケナイ絵だよ!」


 鮫田さんは、こんなことを言っているが、鮫田さん自身も今年の3月までは小学生だったはずだ。


「そんなこと言われたら余計に気になるじゃない。ねえ? ニータン」


「うん、ニーレも見たーい!」

「シロもー!」


「もう! どうなっても知らないんだから!」


 見てはいけないと言われると見たくなってしまうのが、人間という生き物だ。

 みなさん好奇心旺盛なのだから、これは当然の結果だろう。


「鮫田さん、落ち着いて下さい。クッキーおいしかったですよ」

「そうね。すごくおいしかったわ。コイちゃん、ごちそうさまでした」


「ニーレもおいしかったー」

「シロもおいしかったー」


「そう? よかった、みんなに喜んでもらえて。でも、私はお姉ちゃんに言われた通りに作っただけだから」


「私だって、部長から頼まれたから、レシピを教えただけだし」

「あれ? そう言えばオリビヤ先輩は、どこへ行かれたんですか?」


「師匠なら、コイちゃんの話を聞いて、すぐに美術室へ行ったみたいっス」

「そうでしたか」


 この学園の5年生には自由奔放な人が多いようだが、気のせいだろうか。


「ノリタン、今から4人で見に行きましょうか?」


「うーん、今行っても混雑しているでしょうから、後回しがいいと思いますよ」

「それもそうね。ニータン、シロタン、美術室以外なら次はどこがいい?」


 リーネさんは、生娘祭の案内マップを小学生の2人に見せている。


「ニーレは、ここがいい! シロタンはどこがいい?」

「シロも、ここがいい!」


 2人が選んだのは、体育館で行われている「トランポリン体験会」だった。


「次は体育館ですね。了解しました」


 有志参加のサークル名は「ココロちゃんと元気な仲間たち」だそうだ。


 その名前で心当たりがある人は1人しかいないのだが、先生が有志参加というのはアリなのだろうか。とりあえず、行ってみることにしよう。






 売店前の廊下から、渡り廊下を通って体育館に到着する。

 体育館の中には温風式のヒーターが設置されており、外よりは温かいようだ。


 フロアの真ん中に大きなトランポリンが2台並べて置いてあり、どちらも体操着を着た1年生が使用している。


 トランポリンの近くには、クラスメイトの宇佐院うさいんさんと、「ココロちゃん」こと長内おさない心炉こころ先生の姿が見える。


 宇佐院さんは学園指定のジャージ姿で、長内先生はレオタード姿だ。


 長内先生は、トランポリンの生徒を指導しているらしく、こちらには気付いていないが、宇佐院さんはこちらに気付いてくれたようだ。


 トランポリンの上では1年生の中吉なかよしさんと小笠原おがさわらさんが、ジャンプをしながら、こちらに軽く手を振ってくれていて、リーネさんが2人に手を振り返している。


「宇佐院さん、おはようございます」


「おはよう、甘井さん。リーネちゃん達も一緒か。よかったー、午前中は誰も来てくれないのかと思ったよ」


「ここ、そんなに人気無いんですか?」


「渡り廊下は寒いからね。それに、トランポリンやりたがる人なんて、そういないでしょう?」


「そうですかね? この2人は興味があるそうですけど」


「あ、ちょっと待っててね。――長内先生! 甘井さん達が来てくれましたよ!」


 宇佐院さんが声を掛けると、長内先生が指導を中断してこちらに来てくれた。


「長内先生、おはようございます」

「ココロ先生、おはようございます」


 リーネさんと2人で、並んでご挨拶あいさつする。


 長内先生は、小柄でウエストが細いわりに、太股ふとももがむっちりしているので、長袖ながそででハイレグのレオタードが、とてもよく似合っている。


「エロかわ」という言葉があるが、きっと、こういう人の事を言うのだろう。


「甘井さんもリーネちゃんも、ありがとう。見学者を連れて来てくれたのね?」

「はい。この2人がトランポリンに興味があるそうです」


「ニータン、シロタン、こちらがリーネの担任のココロ先生よ」


「小瀬ニーレです。尾根小おねしょうの6年生です」

「三輪ヤシロです。尾根小の6年生です」


「ニーレちゃんとヤシロちゃんね。早速跳んでみる?」


「はーい!」

「はーい!」


「ニータンもシロタンも、上着は脱いだ方が良さそうね」

「脱いだ上着は、僕が預かります」


 2人の上着は、おそろいのフリースジャケットで、結構重そうだ。


「――リボンちゃん、ガジュちゃん、2人と代わってあげてー!」


 長内先生の指示で中吉さんと小笠原さんがトランポリンから下り、代わって小瀬さんと三輪さんがトランポリンに上る。上履きは脱いで、靴下だけの状態だ。


 長内先生と宇佐院さんが見守る中で、2人がジャンプを始める。


 2人とも脚が細いので、小瀬さんはショートパンツと太股の隙間からパンツが見えそうだし、三輪さんはキュロットスカートの中の白いパンツが少し見えている。


 これは、見上げたら見えただけで、決して見ようとして見たわけではない。


「ダビデ先輩とリーネが一緒って事は、管理部の仕事?」

「そうよ。今日は小学生2人の案内係なの」


 小笠原さんからの質問に、リーネさんが答える。


「あーあ、せっかくネコと代わってあげたのに、それじゃ意味ないじゃん!」


「中吉さん、それはどういう意味ですか?」


「このトランポリンは、もともと陸上部の出し物だったんだけど、ネコが『当日はカレシと一緒に回りたい』って言うから、私がネコと代わってあげたんだよ」


 ネネコさんはリーネさんの誘いを断っただけでなく、生娘祭の有志参加すら断ってくれていたという事か。


「ああ、それで中吉さん以外は、みんな陸上部員なんですね。すみません、気を遣わせてしまって」


「私もトランポリンは好きだからいいんだけど、ネコとネコのカレシって、なんか見ててじれったいんだよね。ホントは、まだチューすらしてないんでしょ?」


「リボン、その言い方は先輩に対して失礼だろ。――すいません、リボンも悪気はないんで許してやってください」


 なぜか小笠原さんが中吉さんの代わりに謝ってくれているが、きっと、それだけ仲がいいのだろう。


「いえ、とんでもない。僕がネネコさんと付き合えるようになったのは、おそらく中吉さんのお陰ですから」


「ミチノリさん、それってどういう事なの?」


 今度はリーネさんからの質問だ。

 小学生の2人がいないところでは「ノリタン」ではないようだ。


「ネネコさんと仲のいい中吉さんが僕の事を『ネコのカレシ』って呼び続けてくれていたから、ネネコさんも洗脳されてしまったんだと思います」


「ダビデ先輩、それはないですよ。ネネコは1学期からずっと、1年生の教室でも部活でも、ダビデ先輩の事ばっかり話していましたから」


「だよね。私は最初から2人が付き合ってると思ってたし」


 もしかして、僕がネネコさんをおもっている以上に、ネネコさんは僕を想ってくれているのだろうか――だとしたら、それはとても嬉しい事だ。

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