8月の出来事
第111話 オスかメスか分からないらしい。
「なんかさー、今日は人が少なくね?」
真っ先に朝食を済ませたネネコさんが、周りを見渡して驚いている。
8時前の食堂であるが、使われているテーブルは5つくらい。
8月になって、寮のお嬢様方の約8割は帰省してしまった。4名全員が残っているのはうちの部屋だけのようで、他の部屋は3名だけだったり、2名以下になってしまった部屋の人同士で1つの部屋に集まっていたりするような状況だ。
「昨日のバスで、ほとんどの人が家に帰っちゃったからね」
スクールバスが運行される日は、管理部員が校門横にある詰所に交代で待機し、生徒の出入りを確認する事になっているのだが、生徒の出入りを管理しているコンピューターの状況確認画面によると、現在の入寮者数は、わずか21名だ。
「モーニングストレッチの参加者も、今日は10人くらいでしたね」
「そうでしたね」
モーニングストレッチには、今日も天ノ川さんと一緒に参加した。
ネネコさんは朝寝、ポロリちゃんは朝食準備のために不参加だった。
「朝ごはんもね、今日は24人分しか作ってないの」
寮に残っているのは生徒21名の他に、
ポロリちゃんは、夜食担当に回った
「24人分も1人で作れるなんて、ポロリちゃんはすごいよ」
「
「えへへ、おそまつさまでした」
ポロリちゃんが天ノ川さんに褒められてご機嫌なのに対して、ネネコさんは寂しそうな表情だ。
「ネネコさん、どうしたの? 元気ないみたいだけど」
「べつに。僕も昨日のバスで帰ればよかったかなーって思って」
「そんな寂しい事言わないでよ。何かあったの?」
「ネコちゃんはね、トラちゃんにお誕生日を祝ってもらいたいんだって」
トラちゃんとは、ネネコさんの弟さん。トラジ君の事だ。
ネネコさんの誕生日は8月7日。今度の土曜日だ。次のバスの運行日は日曜日なので、その日のバスで帰っても、誕生日には間に合わない。
「あら、ネネコさんは姉を置いて先に帰るつもりだったのですか?」
「お姉さまとも一緒にいたいんだけど……」
ネネコさんが弟好きなのは知っていたが、想像以上にブラコンらしい。今では僕もかなりのシスコンなので、ネネコさんをとやかく言える立場ではないのだが。
「弟さんに祝ってもらいたい気持ちは分かるけどさ、今はこの4人が家族みたいなものなんだから。今度の土曜日は、僕たちにお祝いさせてよ」
「ミチノリ先輩は、ボクの誕生日、ちゃんと覚えててくれたんだ」
ネネコさんの切れ長な目が、まん丸になった。
生徒手帳にしっかりとメモしてあるし、僕には忘れようがない。
「僕にとって人生初の、大切な友達の誕生日を、忘れるはずが無いでしょ?」
それに「覚えておいてね」と本人から念を押されたことも覚えている。
「そっか、ミチノリ先輩が祝ってくれるなら、そっちのほうがいいかも。プレゼントとか、もらえるの?」
このあたりは、ちゃっかりしているというか、たいへん正直だ。
「もちろん。ネネコさんに欲しいものがあったら、リクエストしてよ」
「ボク、靴が欲しいな。上履きは大きめのやつを買ったんだけど、うちから履いてきたスニーカーのほうが、きつくなっちゃって」
高級な革靴なら予算オーバーだったかもしれないが、ネネコさんが普段履いているスニーカーくらいなら、僕のジョーカポイントで買えるはずだ。売店と食堂のお手伝いで、溜まったポイントは2万ポイント以上もある。
「売店で扱っているもので良ければね。後でどの靴がいいのか教えてよ。プレゼント用の包装は出来ないかもしれないけど」
プレゼント用に限らず、包装は売店のサービス外だ。店にはレジ袋すらない。
「包装なんていいよ。すぐに履くから」
「えへへ、ポロリもケーキを作って一緒にお祝いするの」
「ふふふ……今度の土曜日は、4人でパーティーですね」
「なんか誕生日が楽しみになってきた。みんなありがとね」
どうやら、ネネコさんの機嫌はよくなったらしい。少し情緒不安定なところもあるが、12歳の女の子が4か月も家族と離れているのだから無理もないだろう。
土曜日はネネコさんのお誕生日パーティーという事で、次は今日の予定確認だ。
「天ノ川さんとネネコさんは、今日もプールですか?」
「私は科学部の部室に用がありますので、今日は、そちらからです」
「部活ですか? 科学部員って、天ノ川さん以外もう誰も残っていませんよね?」
ジャイアン先輩は夏休み初日から見かけないし、升田先輩もハテナさんも帰省しているはずだ。
「でも、部室には『プルちゃん』がいますから。ときどきエサをやるように部長から言われています」
――プルちゃん? エサをやるという事は、生き物を飼っているという事か。
「お姉さま、プルちゃんって何?」
「ポロリはね、きっとかわいいハムスターだと思うの」
ネネコさんとポロリちゃんも部室で飼われている生き物には興味があるようだ。
「ふふふ……残念ながらハムスターではなく、アリジゴクです」
「マジで?」
「なんか、おっかないの」
「あのアリジゴクって、そんな可愛らしい名前がついていたんですか?」
「ミチノリ先輩は見た事あるの?」
「ちっちゃいけど、ポロリちゃんの言う通り、おっかない感じだったよ」
「部長が『愛着が
「プルトですか。ローマ神話でしたっけ?」
プルトーだったか、プルートだったか。
たしか
「そうです。冥王星です。プルトニウムのプルトです」
「科学部らしいネーミングですね」
「そうしたら部長が、『結婚してすぐに浮気するわけにはいかないから、この子は女の子ね』って言うので女の子になりまして、それでプルちゃんになりました」
「イメージとしてはオスですけどね」
「見分け方は誰も知りませんので、もしかしたらメスかもしれません」
「ポロリは、プルちゃんのほうがかわいくていいと思うの」
「ボクはどっちもイヤだな。ボク、小さいころアリンコって呼ばれてたし」
アリヅカネネコで、略してアリンコか。
小さい頃のネネコさんも日焼けして真っ黒だったのだろうか。
「ふふふ……それでは、私は制服に着替えますので、先に部屋に戻りますね」
「いってらっしゃい」
パジャマ姿の天ノ川さんは、トレイを持って先に席を立った。
「お兄ちゃんは、今日もお裁縫なの?」
「師匠が家に帰っちゃったから、しばらくはお休み。続きはお盆休みが終わってからだけど、今のところ順調だから楽しみにしていてね」
夏休みに入ってから、空いた時間は被服室で、夏休みの課題である浴衣づくりに取り組んでいる。
僕の師匠は手芸部副部長のアシュリー先輩こと
「うん、浴衣はとっても楽しみだけど、お兄ちゃんにもし時間があったら、ポロリの夏休みの宿題も見て欲しいの」
「そんなのお安い御用だよ。ポロリちゃんさえよければ、今からでもいいよ」
「えへへ、それなら、今からお願いするね。朝食のお片づけはナコちゃんにお願いしてあるし、もうミユキ先輩も着替え終わった頃だから、一緒に戻ろう」
「了解。ネネコさんも、今から一緒にどう?」
「部屋には一緒に戻るけど、ボク、宿題はもう全部終わってるよ」
「ネコちゃん、すごーい!」
「それは、たしかに
「お姉さまが『お盆前に終わらせておけば、いくらでも昼寝ができますよ』って言うから、ときどき見てもらいながら、全部やっちゃった」
ネネコさんは、普段は寝てばかりいるように見えるのだが、意外性があるというか、やるべき時はやるカッコイイ人だ。宿題は、きっと僕が売店の手伝いをしている時間帯に、しっかりと進めていたのだろう。
水泳に関してもそうで、天ノ川さんの厳しい特訓にも耐え、まったく泳げなかったはずのネネコさんが、今では100メートルを難なく泳げるようになった。もしかしたら、既に僕より速く泳げるのかもしれない。もともと運動神経抜群だったとはいえ、物凄い成長力だ。
モーニングストレッチに参加していないのも、天ノ川さんの「ネネコさんはこれ以上
「それなら、ポロリちゃんもお盆前に終わらせちゃおうか?」
「うんっ! ポロリもネコちゃんみたく頑張るの」
今日のポロリちゃんは、やる気満々だ。
きっと、これもネネコさんのお陰だろう。
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