第91話 誰にも言えない話があるらしい。

 水曜日の夕方。6時に部活動を終えて、いつものように101号室の4人で夕食をとり、そのままいつもの席で夕食後の座談会だ。


「お兄ちゃん、管理部のお仕事はどう?」


 僕のかわいい妹は、いつも僕の事を心配してくれている。


「お陰様で順調だよ。リーネさんと一緒に、品出しと掃除と、入荷した商品の検品のやり方まで教わったところ」


「ふふふ……、甘井さんも、すっかり売店の店員さんですね」


「まだ、接客は教わってないですけどね」


 売店の接客担当者は「管理部」と書かれた腕章をつける決まりらしいが、僕にはまだ問い合わせに答えられるほどの商品知識がない。


「リーネも喜んでたよ。ロリやボクの言ってた通りだって」

「ネネコさんとポロリちゃんが、リーネさんに何か言ってあげたの?」


「ネコちゃんはね、教室では、いつもお兄ちゃんの話しかしないの」

「えーっ! ロリだって、ミチノリ先輩の話しかしないじゃん」


 この寮での僕の行いは、1年生の全員に筒抜けという事か。恐ろしい事だ。


「そんなことないよぉ。お兄ちゃんの話もするけど、お料理の話とかもするもん」

「ボクだって弟の話や、お姉さまの話だってするじゃん」


「前はトラちゃんの話ばっかりだったけど、今はお兄ちゃんの事ばっかりだよ」

「トラジとはずっと会ってないから、ネタが切れただけだし……」


「ふふふ……、鬼灯ほおずきさん、そのくらいで許してあげてください。ネネコさんはうそをつくのが本当に苦手なようですから」


 なるほど、リーネさんが僕を慕ってくれているように感じたのは、ネネコさんとポロリちゃんが、先にいい印象を与えておいてくれたからなのか。


「2人とも、ありがとう。お陰でリーネさんとも仲良くなれたよ」

「別に。――ところでさ、あれ、カラメテ先輩じゃね?」

「ホントだ。こっちを見てるの」

「そうですね。甘井さんに、何か用事があるのではないですか?」


 3人の視線の先、食堂の入り口のほうを確認すると、搦手からめてさんと目が合った。

 どういうわけか、僕に向かって拝むように両手を合わせ、頭を下げている。


「何かあったみたいですね。ちょっと様子を見てきます」


 僕は席を立ち、とりあえず椅子いすの上に畳んだハンカチを置いてから、搦手さんの方へ向かう。


「搦手さん、ごきげんよう。何かあったんですか?」

「先輩、お願いします! 今から付き合って下さい!」


 搦手さんは思い詰めたような真剣な表情だが、顔は真っ赤だった。


 リーネさんが誤解を解いてくれたお陰で、搦手さんから僕への態度はかなり良くなった気はしていたが、ここまで潔く言われるとは思ってもみなかった。


 ここで「はい」と答えるだけでカレシにしてもらえそうな雰囲気だ。


「えっ? これって、もしかして告白ってやつですか?」


「あっ、いえ、違います。そうじゃなくて……いや、そうなのかもしれないけど、今、時間ありますか?」


「ありますけど、どれくらい掛かりそうですか?」

「えーと、30分くらいかな? いや、もっと長い方がいいのかも……」


 搦手さんはだいぶ舞い上がっているようだ。いったい何があったのだろう。


「搦手さん、なんでテンパってるんですか?」

「まだテンパってません。たぶん……イーシャンテンくらいです」


「ちょっと待ってて下さい。ルームメイトに伝えてから来ますから」


 イーシャンテン? これからテンパるって、どういう意味だろうか。


 なんだかよく分からないが、同じ部の後輩が困っているのなら助けてあげたい。

 僕は一度テーブルまで戻り。ハンカチを回収する。


「すみません、ちょっと急用みたいなので、応援に行ってきます。お風呂には先に入っちゃって下さい。今日は僕が最後でいいですから」


「管理部のお仕事もたいへんですね」

「お兄ちゃん、頑張ってね」

「ボク、おみやげはアイスがいいな!」


 ネネコさんに限らず「お嬢様方はみんな甘いものが好き」という事は、2か月間寮で暮らして分かったことの1つだ。


「了解。帰りに4人分買ってくるよ」


 僕は料理部の手伝いで月に4000ポイントの収入があるので、そのポイントはお菓子代に充てることにしている。僕からみんなへの、ささやかな恩返しだ。


 ネネコさんと約束をして、すぐに搦手さんのところに戻る。


「お待たせしました。それで、どんなお仕事なんですか?」

「仕事じゃなくて、先輩に個人的なお願いがあって……部室まで、いいですか?」


「管理室ですね。帰りにお土産みやげを頼まれましたので、そこなら丁度いいです」


 搦手さんと一緒にロビーを通って、寮の玄関から外へ出る。

 時刻は7時前だが、空はまだ明るい。


 売店で買い物をする人も結構いるようで、途中で何回かお菓子を持った人とすれ違った。真面目なお嬢様は校則を守って制服姿だが、先生方がいない時間にはペナルティーが無い事を知っている人は部屋着のままだったりもする。


 昇降口で上履きに履き替え、奥にある売店へ向かう。

 無人の売店は、セルフレジのみで24時間営業だ。


 搦手さんはキョロキョロと周りの様子をうかがってから、僕に手招きする。


「誰もいないから、今のうちに」


 管理部の部員同士が2人で部室に入るだけなのに、なぜそんなに慎重なのか僕には分からないが、言われた通り後に続く。


 管理室の中は「関係者以外立ち入り禁止」なので、部外者は入れない。


 薄暗い部室の奥で、POSポス管理用のディスプレイと、店内を見渡すことができる防犯カメラのモニターだけがまぶしく光って見える。


「電気は付けないんですか?」

「付けたら、ここに人がいるってバレちゃうでしょ?」


 搦手さんは、どうやら人に知られたくないことをしたいらしい。


「なんか、イヤな予感がするんですけど……」


「先輩、まさか、ここまで来てかわいい後輩を見捨てたりはしないですよね?」

「そのかわいい後輩は、いったい何をたくらんでいるんですか?」


「企んでいるなんて……、ひどい……、私は先輩にお願いがあるだけなのに……」


「正当なお願いでしたら、いくらでも協力しますけど、不正を働こうとしているのなら、僕は止めますよ。かわいい後輩に悪者になって欲しくはないですから」


「つまり、いくらでも協力してくれるって事ですね?」


「僕に出来る事で、不正行為でなければ」


「誰にも言わないって、約束してくれますか?」


「僕はオトコですから、少なくとも、おしゃべり好きなお嬢様方よりは、口が堅いという自信はありますけど」


「ホントですか? 部のみんなにも、絶対に言っちゃダメですよ?」

「搦手さんが僕だけに相談したいと言うのなら、誰にも言いません」


「では、私のお願いを言います……」


 搦手さんは、その場で深呼吸をしてから、


「ダビデ先輩、私の胸をんで下さい! お願いします!」


 とんでもない事を言い放ち、目をつぶって両手を合わせた。




 次回は久しぶりに「エロ注意」の話となりますので、下ネタが苦手な方と15歳未満の方は1話飛ばして第93話にお進みください。それでは、ごきげんよう。

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