第74話 文芸部の部長はマスターらしい。
中間試験まであと1週間を切ったというのに、天ノ川さんもネネコさんもポロリちゃんも普段通りに部活動に参加している。
どうやら、この学園には試験前に部活動が休みになるという規則はないらしい。
かといって部活動が盛んな学校なのかと言えばそういう訳でもなく、単に自由なだけで、試験勉強をしたい人は無理に部活動に参加しなくてもよいのだそうだ。
僕は試験に自信がない為、101号室で試験勉強をするつもりだが、その前に必要な参考書を借りる為に図書室へ寄る事にした。
図書室は2階の西、美術室の手前の部屋だ。
図書館ではなく、図書室なので広さは教室1つ分しかない。生徒数が100人あまりしかいないこの学園では、このくらいの広さがあれば問題ないのだろう。
入り口の戸は開いていたので中を見ると、手前側が閲覧および勉強スペースで、奥側が書棚になっている。
足を踏み入れると4人の先客が6つある机の1つを囲んでおり、そのうちの1人が僕に気づいたようだ。
「わー、ダビデ先輩ですよ! もしかして遊びに来てくれたのかな?」
本人に聞こえる声で一緒に座る仲間に話を振る。
面識はないが、先輩と呼んでくれているので、おそらく2年生だろう。1年生か3年生なら合同授業のときに顔くらいは見ているはずだ。
僕は4人に軽く頭を下げ、心の中で否定しながら、静かに書棚のほうへ向かう。
「そうね。彼は美術部、料理部、陸上部、科学部、手芸部と渡り歩いているらしいから、そろそろウチに来てくれてもいい頃合いじゃない?」
隣に座る人はなぜか僕の足取りを知っており、後輩の質問に応えている。
盗み聞きしているわけではないのだが、静かなので丸聞こえだ。
僕は参考書を探しながらも、気になって声の主の様子を伺うと、こちらは見覚えのある顔だった。音楽や体育の授業を一緒に受けている、5年生の
「ですよねえ。クロエ先輩、紹介してくださいよう。クラスメイトなんですしい」
2年生の子は、今度は斜め前に座る4年生に話を振る。
「えっ、私が? 私、ほとんどしゃべった事無いし、きっと迷惑がられちゃうよ」
こちらはクラスメイトの
「そんなこと絶対にないわよ。ダビデ君は、とってもいい子よ。同じクラスなのだから、声を掛けてみたらどう?」
僕に対する――というか、ダビデ君というキャラクターに対する交合先輩の評価はとても高いらしい。先輩からお褒めの言葉をいただけるのは嬉しい事だ。
「いや待て、
奥に座る先輩らしき人が正解を言い当て、3人を制止する。
この人がリーダーのように見えるが、座っている位置がヘンだ。
普通4人掛けの机には2人ずつ長辺の両側に座るのだが、この人だけ短辺に椅子を加えて座っている。いわゆるお誕生日席だ。お誕生日のパーティーなら飲食禁止の図書室ではなく食堂か自室でやるべきだろう。
そして横島さんの隣の席、つまり2年生の子の正面は空席だった。
「えーっ、こんなチャンス滅多にないのに!」
2年生の子が僕を見逃す案に反対しているようだ。
「そうですよ部長、経験者の生の声が聴けるかもしれませんよ」
交合先輩がそれに同調する。「経験者の生の声」って何だろう。
「うむ、それも一理あるな。クロエ、頼んだぞ」
やはり奥に座る人が部長さんだったようだが、あっさりと制止を解除した。
「そんなこと言われても……。――ダビデさん! ……じゃなかった、甘井さん、ちょっとだけいいですか?」
結局、横島さんが代表して僕に声を掛けてきた。
わざわざ言い直してくれたのは、ダビデというキャラクターではなく、クラスメイトとして扱ってくれているという事なのだろう。僕としては嬉しい配慮だ。
「はい。いいですよ、横島さん」
ここで断ってしまったら横島さんに悪いので、素直に応じる事にした。
「あのあの……まずは隣、どうぞ」
「それでは、失礼します」
横島さんに勧められ、右隣の空いていた席に会釈をしてから座る。
この、アウェイの緊張感にもだいぶ慣れてきた気がするが、油断は禁物だ。
「では、パーティーのメンバーを紹介します。こちらが……」
パーティー? やっぱりお誕生日パーティーなのだろうか。
横島さんは最初に僕の正面に座る子を紹介してくれた。
「初めまして、2年生の
「そうですね、夢を迎える……素敵なお名前だと思います」
ゲーマーか。ゲームは多かれ少なかれ誰もがやっていると思うけど、ゲーマーって普通の人とどう違うのだろう。大場さんの印象は、ごく普通の明るいお嬢様だ。
「続いて私。改めましてクラスメイトの
横島さんは、大人しくて控えめなお嬢様。優しそうな人なので、将来はいいお嫁さんになりそうなタイプといった感じだ。
「はい。もちろん知っています」
「ありがとうございます。もうご存知でしょうけれど、こちらが……」
「5年の
生で初めて……って、何の事ですか先輩!
交合先輩は唇が厚めで、左目の下にほくろがあり、胸もお尻も大きい。
セーラー服が似合わないというか、着ていなければ高校生に見えないだろう。
あくまでも僕個人の感想だが、女性として「強そう」な感じの先輩だ。
「はい。交合キウイ先輩ですね。覚えました」
「最後に、こちらがマスターの……」
「私が文芸部部長、6年生の
お誕生日席に座る先輩が自己紹介する。なるほど、文芸部の集まりでしたか。
草津先輩には、さすが6年生という感じの落ち着いた
マスターというのは文芸部では部長を指す言葉なのだろうか?
「こちらは、みなさんご存知ですが……」
「4年生の
横島さんに促され、僕も自己紹介する。
本来なら僕が真っ先に自己紹介すべきなのだろうが、みんな知っているから最後でいいという事なのだろう。
「よろしくお願いしまーす! ところで、ダビデ先輩、もちろんパーティーには参加してくれるんですよねえ?」
大場さんが嬉しそうにこちらに身を乗り出して尋ねてくる。
「パーティーって、今からですか? ここって飲食禁止じゃないんですか?」
「先輩、もしかしてお誕生日パーティーと勘違いしてませんか?」
「違うんですか?」
部長さんがお誕生日席に座っていらっしゃるから、てっきり今日が誕生日なのかと思ったのだが、どうやら違うらしい。
「私はマスターで、ここはマスター席ですから。パーティーメンバーは3人より4人のほうがカップル2組で安定な感じでしょ?」
マスター席? カップル2組?
部長さんが説明してくれているが、何の事やらさっぱり分からない。
「そうですよ。浮気は良くありませんから」
「あら、私は三角関係もいいと思うけど」
「私は、どんなカップリングでも楽しめますよ」
大場さん、交合先輩、横島さん、3人の補足説明で、ますます分からない。
「先輩も、やってみれば分かりますって。ただのロープレですから」
「ろーぷれ?」
「ロールプレイングゲームです。RPGってご存知ですか?」
「あー、それでパーティーなんですね。でも、ゲーム機とか必要なんじゃ……」
「ここではゲーム機もスマホも禁止。使うのはこれです」
そう言いながら草津先輩は机の上に
普通のサイコロは正6面体だが、正4面体、正8面体、正12面体など、そのほかにも見たこともないような形をした面の多いサイコロもある。
「すごいサイコロですね。この屏風みたいなのは何ですか?」
「マスタースクリーンです。各種情報の処理や行動結果の判定はこの内部で、マスターが行います」
なるほど、コンピュータの代わりにマスターさんが判定してくれるのか。
「こっちのダイスは乱数発生装置ですよ」
「これがキャラクターシートね」
横島さんから3つのサイコロを、交合先輩から1枚のシートを渡された。
筆記用具は各自で用意するようなので、僕も自分のシャープペンを用意する。
試験前に図書室でこんなことやっていて、いいのだろうか。
僕は少し不安になってきた……。
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