ゴールデンウィーク
第66話 今日はオムライスが人気らしい。
いよいよゴールデンウィーク。今日は4連休の初日だ。
土曜日が休日なら5連休だが、昨日の土曜日は通常授業。そして、土曜日はスクールバスの運行も無い為、実家に帰る生徒たちは今日のバスで帰る事になる。
いつものように洗濯と朝食を済ませた後、ポロリちゃんが9時半のバスに乗って家に帰るので、ネネコさんと一緒にお見送りする事にした。
一緒にバスに乗って駅まで行ってしまうことも考えたが、帰省ラッシュでバスが混んでいる為に断念。したがって見送りは校門前のバス亭までだ。
「ポロリちゃん、お店のお手伝い頑張ってね。リーネさんも気を付けて。行ってらっしゃい」
「うんっ、頑張ってくるの。お兄ちゃんとネコちゃんはハテナちゃんとも仲良くしてあげてね。行ってきまぁす」
「ミチノリさんとネコさん、お見送りありがと。それじゃ、また3日後」
ポロリちゃんは、ネネコさんと僕が見送る中、お隣の部屋の
「ミチノリ先輩は、この後どうするの?」
「まずは部屋に戻ってお掃除かな。ネネコさんは?」
「次のバスでガジュマルやアルマジロも帰るみたいだから、ボクはここに残るよ。見送りが終わったら部屋に戻るから」
ネネコさんには、ほかにも見送りをする友達がいるらしい。ガジュマルというのは陸上部の
4年生も3分の1くらいは帰ってしまうのだが、僕が見送る必要があるのは午後のバスで帰る予定の
今日のバス亭はいつもより混雑しているので、僕が今ここに残っていても邪魔になるだけだろう。
「了解。それじゃ、お先に部屋へ戻るから、小笠原さんと有馬城さんによろしく」
101号室に戻り、制服から体操服に着替えて掃除を開始する。
天ノ川さんは朝から校舎の掃除に駆り出されて、そちらに参加しており、部屋の掃除のほうは僕に任されている。
部屋の掃除はとても簡単だ。なぜなら、散らかす人や汚す人がいないからだ。毎日の掃除はフローリングシートで床の
簡易キッチンはお茶を
トイレも
洗面所兼脱衣所は水が跳ねるところは汚れも付きやすいので、洗顔ソープやハミガキなどを一度別の場所に移してから拭くと綺麗になる。
脱衣
風呂場の掃除は結構大変だ。細かい汚れがあるので、洗剤を付けたスポンジで全体を拭く必要がある。浴槽の中、洗い場の床、洗い場の壁。
そして、もっとも汚れるのが排水溝だ。とにかく髪の毛の量が多い。これだけ抜けているのに誰も
長くてまっすぐな髪の毛だけでなく、中には縮れた毛も混ざっている。どうやら髪の毛以外の体毛も結構抜けるようだ。
排水溝の掃除は汚れ仕事なのかもしれないが、このゴミの発生源を知っている僕にとって、この作業はさほど苦にはならない。自分の毛以外は、汚くないはずだ。
排水溝の掃除を終え、最後にゴミ箱のゴミを大きなゴミ袋にまとめる。
ゴミ箱はリビングと脱衣所とキッチンにあり、そのほかに各自のベッドの枕元にも小さなゴミ箱がある。本来は鼻をかんだ紙を捨てる場所なのだが、僕の場合は同室の3人よりも必然的にゴミが多くなる。
ポロリちゃんが僕の行為を地震と勘違いして目覚めてしまったときも上手く誤魔化したつもりだが、もしかしたら空気を読んでくれただけかもしれない。
今日は尾中さんから「絶対に中を見ないで捨てて下さい」と言って渡された謎の袋もあったので、一緒にゴミ袋に入れる。
この「謎の袋」の扱いについて、天ノ川さんやポロリちゃんからも同じことを言われたことがある。ネネコさんはトイレに置いてある小さな箱の中にあったその袋を覗いてしまい、ショックを受けていた。
そのときのネネコさんの報告によると、中身はかなり
ゴミを集め終わったら、あとはゴミ出し。
食堂の奥にある寮の裏口から出て、ゴミ捨て場まで運べば任務完了だ。
部屋に戻ると、見送りを終えたネネコさんがセーラー服を脱いで、体操服に着替え中だった。いつもの事なので、僕は見て見ぬふりをして声を掛ける。
「ネネコさんおかえり。部屋の掃除はゴミ出しまで終わったよ」
「手伝えなくてごめんね。チューキチも見送ってあげてたら遅くなっちゃって」
チューキチとは手芸部の
ネネコさんは、中吉さんからはネコと呼ばれている。
「このくらい1人で問題ないよ。僕はこれからお昼の
「ボクは今からお姉さまを手伝うよ。それじゃ、先に行くね」
ネネコさんは着替えが終わると、すぐに部屋を出て行った。
僕が同じ部屋にいても、全く気にしないで着替えてしまうのがネネコさんだ。最初の頃は僕の方が恥ずかしくて逃げたり目を逸らしたりしていたのだが、ネネコさんは僕をからかっているのではなく、本当に全く気にしていないようなので、僕も気にしない事にした。今では「ネネコさん相手に動揺したら負け」という感じだ。
もうすぐお昼なので、食堂へ配膳のお手伝いに向かう。ゴールデンウィーク中は、ジャイコさんも不在の為、ポロリちゃんから頼まれていたのだ。
カウンター内の
大間さんとポロリちゃんは小学校からの友人で、ポロリちゃんが料理部にスカウトしたらしい。今では昼食時のレギュラーメンバーだそうだ。
僕は料理部の2人が作った料理を食券と引き換えるだけの簡単なお仕事だ。もうだいぶ慣れたので特に困ることもない。しかも今日はいつもより生徒が少ないはずだ。
12時のチャイムが鳴り、券売機が稼働する。
「おっ、トモヨの言ったとおりだ。――ダビデ君ごきげんよう。久しぶりだな」
「ふふっ、ミチノリくん、よろしく」
最初の2人組は見知った先輩方だった。
長身で髪の短いイケメン女子の先輩は、美術部部長の
6年生が2人。しかも2人とも部長さんだ。僕は少し緩んでいた気持ちが、途端に引き締まり、かなり緊張した。食券は共にオムライスだった。
「はい、少々お待ちください」
僕はネギマ先輩の作ったオムライスを2皿カウンターに用意する。
「ミチノリくん、サービスしてよ。前にミユキが書いてもらっていたやつ」
前に脇谷さんの無茶振りに応えたときの、あのケチャップ文字の事だろうか。
「いえ、先輩相手にそんな恐れ多い事、僕には出来ません」
「えーっ、なんでミユキはよくて、私はダメなの?」
「ダメではないですけど……、僕の下手な字でいいんですか?」
「いいに決まっているでしょ。ハカリのオムライスにも、ちゃんと書いてあげてね」
口車先輩に目で確認をとると「うむ」と軽くうなずいた。
先輩方のご希望ならば、断るわけにはいかない。
僕は震える手でケチャップを構え、「ともよさん♡」続いて「はかりさん♡」とそれぞれのオムライスに書いた。
「お待たせしました」
「ふふっ、ありがとう。それじゃっ、ミチノリくん、頑張ってね」
「ありがとうダビデ君、またモデル頼むよ」
さらりと怖い事を言われたような気がするが、なんとか切り抜けられたようだ。
だが、安心できたのは
「ダビデさーん、私にもオムライス
「甘井さん、私も! 私も!」
続いて登場したのは103号室の2人。クラスメイトの
「私はミサだよ。書いて覚えてね」
大石さんは念を押すように自分の名前を教えてくれた。
大石
書いて覚えてね……ですか。
つまり、これは先輩方と同じリクエストだ。
「はい、どうぞ」
僕はケチャップで「みささん♡」と書いたオムライスを渡した。
「わーい、ありがとう!」
大石さんには喜んでもらえたようだ。
続いて栗林さん。名前は……たしか
「クリちゃんでお願い」
――そう来ましたか。
たしかに栗林さんはクラスの女子からクリちゃんと呼ばれているが、僕がそれを書いていいのだろうか。だが、リクエストならやるしかない。
「はい、どうぞ」
僕は「くりちゃん♡」と書いたオムライスを栗林さんに渡した。
「ありがと。甘井さんも私の事はクリちゃんでいいからね」
栗林さんは恐ろしいセリフを残して去って行った。
その後もなぜかオムライスの注文が続き、僕はケチャップで名前を書き続けた。
「ミウオでお願い。ミオじゃなくて、ミウオだよ」
「私はキズナ。よろしくね!」
「はい。『みうおさん♡』と『きずなさん♡』ですね」
そのお陰で6年生の先輩方の名前も何人か教えてもらえた。
「アイシュでお願いしまーしゅ」
「アイスさんですか?」
「いいえ、アイスじゃなくて。アイシュでしゅ」
「また可愛い子ぶっちゃって。私はチカナでお願いしゃす」
「はい。『あいしゅさん♡』と『ちかなさん♡』ですね」
見覚えがあるが名前を知らなかった2年生の名前も新たに何人か覚えた。
「私はユメだよ!」
「もちろん知っています」
「ブーじゃなくてウブです」
「分かっています」
手芸部の2人とこんなやりとりもあった。
「甘井さん、すごいね。今日はオムライス完売だよ!」
「さすがロリちゃんのお兄様、大人気ですね!」
ネギマ先輩や大間さんにも喜んでもらえたようだ。
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