第61話 介護演習で介護される役らしい。

 次の授業は家庭科の基礎介護だ。


 この学園では、嫁入り後に義理の親を介護出来るように、介護の基礎も学ぶことになっており、今日は演習室で「介護演習」が行われる。


 育児の場合は寮に双子の赤ちゃんがいるため「育児実習」だが、いまのところ寮に介護が必要な人はいないので、介護は生徒同士が2人で組んでの演習となる。


 演習室には机の代わりに9台のベッドが置かれており、「介護演習」はこのベッドを使って行われる。


 天ノ川さんからの情報によると5年生になると「性交演習」という授業もここで行われるらしい。精子と卵子が結合し……などという説明ではなく、夫婦生活を円満に送る為に必要な具体的な方法や心構えを教えてくれるそうだ。


「それでは、介護演習を始めます。出席番号順にベッドについてください」


 子守こもり先生の指示に従い、教室の前方窓側のベッドの横に立つ。

 僕のパートナーは出席番号2番の天ノ川さんだ。


「天ノ川さん、今日もよろしくお願いします」

「ふふふ、こちらこそ。よろしくお願いします」


「まず、介護する人とされる人を2人で相談して決めてください。一通り終わったら交代して同じことをやりますので、先か後かの違いです」


「甘井さんは、先と後、どちらになさいますか?」

「僕はどちらかというと後の方がいいですけど、天ノ川さんはどうですか?」


「そうですね……、でしたら、私が先に介護役をやらせてもらうことにします」

「ありがとうございます」


 相談の結果、先に天ノ川さんが介護役、僕が介護される役に決まった。


「役割が決まったら介護される側はベッドに寝て下さい」


 子守先生の指示に従い、上履きを脱いでベッドに横になる。

 なんだか緊張する。


「まずは更衣介助こういかいじょからです。先週の授業で説明した通りにやってみてください」


 更衣介助とは着替えの手伝い。つまり、僕が天ノ川さんに着替えさせてもらうという事だ。僕はいつも部屋で着ているスウェットを持参して天ノ川さんに渡してあり、学ランはすでに脱いでベッドの横に掛けてある。


「では、始めます」


 天ノ川さんは手際よく僕のワイシャツのボタンを全て外すと、僕に抱き着くように背中に手を回し、上半身を起こす……いや「抱き着くように」ではなく、胸が当たっているので完全に抱き着かれている感じだ。いい匂いがして頭がくらくらする状態で、上半身を完全に起こされた。


「とある部分」も一緒に起こされてしまったようだが、これは童貞の僕にはあらがいようがない。天ノ川さんなら、きっと見て見ぬふりをしてくれるはずだ。


 続いて倒れないように抱えられたままワイシャツを脱がされる。

 僕は全身の力を抜いてなすがままだ。


 天ノ川さんの肩越しに、ふと隣のベッドを見ると、ヨシノさんに制服を脱がされてスポーツブラだけの宇佐院さんと目が合ってしまい、僕は慌てて目を逸らした。


「甘井さん、下着はお持ちでないのですか?」


「えっ? 更衣介助って、下着まで替えてもらうんですか? 僕は持って来てないので、シャツはこのままでいいです」


「では、下着はこのままで、とりあえず体だけかせてもらいます」


 天ノ川さんは、僕の下着のシャツをめくって、濡れタオルで体を綺麗に拭いてくれた。わきや胸はくすぐったいが、背中を拭かれるのはなかなか気持ちがいい。


 体を拭かれた後、左手を持ち上げられ、頭からスウェットを被せられる。

 ボタンが無い服なので着せるのが難しいようだ。


 左手が通ると、今度は右手をそでに通してくれる。


 天ノ川さんが僕に密着している為、大きな胸が何度も僕の体に当たる。一度起きて鎮まっていた部分が再び起き上がってしまうが、童貞の僕には抗いようがない。


 上半身の着替えが終わり、そのままゆっくりと体を戻された。左腕に天ノ川さんの胸の感触が残っており、体は寝た状態だが、「とある部分」は元気なままだ。


 天ノ川さんの手が僕の腰に向けられ、ベルトを緩められた。そのままズボンのボタンとホックを外され、ファスナーも下ろされる……。どうやら元気な何かのせいで、引っかかってしまったらしい。


「甘井さん、ごめんなさい……ちょっとだけ触らせていただきます」


 天ノ川さんが片手で「とある部分」を押さえながらファスナーを下げる。思わず声が出そうになるが今は授業中だ、何とか耐えなければ。


「すみません。僕のせいでお手数かけてしまって」

「いえ……、これは多分、私のせいでもありますから」


 腰を抱え上げられて、少しずつズボンが脱がされる。ある程度下がったところで腰を下ろされて、股間にバスタオルを掛けられた。これは他の人に見られないようにする為の配慮だ。その後、下からズボンを一気に脱がされた。


 バスタオルが無ければ、やけに盛り上がったボクサーパンツが周囲にさらされていたことだろう。僕は天ノ川さんの気遣いに感謝した。


「今度は脚を拭かせてもらいます」


 靴下も脱がせてくれた後、天ノ川さんは僕の脚を片方ずつ持ち上げながら、濡れタオルで綺麗に拭いてくれた。冷たくて、とても気持ちがいい。


 先週の授業では「陰部洗浄」というのを習った。今回の演習項目には含まれていないが、内容は育児実習のおむつ替えのときにすることと同じらしい。相手がオトナの場合だと、赤ちゃんとは違ってケアするほうもケアされるほうも大変そうだ。


 老人のおむつ替えを想像しただけで、元気だった部分が一気にえた。

 これは覚えておくと役に立つかもしれない。


 そんなことを考えているうちに、スウェットのズボンに足が通っている。最後に腰を持ち上げられて、着替えは終了。


「はい、更衣完了です。お疲れ様です」

「お疲れ様です。どうもありがとう」

 

「更衣が終わったペアから、体位変換たいいへんかんに進んでください」


 続いて体位変換。体位とは姿勢の事だ。


 寝たきり老人に寝返りを打たせたり、起こしたりすることを体位変換という。

 いまの僕の状態は「仰臥位ぎょうがい」つまり、仰向けに寝た状態だ。


 天ノ川さんは僕の両腕を折りたたむように僕の胸の上に置く。ザビエルの肖像画のようなポーズだ。次に両ひざを立ててお尻にかかとを近づける。


 そして、そのまま肩と膝をつかまれて、横に倒される。


 この状態が「側臥位そくがい」つまり横向きに寝た状態だ。寝たきりの老人はこうやって動かしてあげないといけないらしい。とても大変だ。


 僕の体を手前向きに転がしたことにより、僕の膝がベッドの端に近くなった。


 天ノ川さんは僕の体に自分の体を密着させて、そのまま90度起こす。すると、僕はちょうどベッドの端に座った状態になる。これが「端座位たんざい」と呼ばれる体位で今回の体位変換では、ここで終了だ。


「はい、変換完了です。お疲れ様です」

「お疲れ様です。どうもありがとう」


「体位変換の次は食事介助です。問題なければ進んでください」


 食事介助といっても、ここまで昼食を持ってくるというわけではなく、演習で食べさせてもらうのはヨーグルトだ。


 天ノ川さんが備え付けの冷蔵庫からヨーグルトをひとつ持って来てくれた。

 もちろん、スプーンも持っている。


 食事介助のポイントは相手と目の高さを合わせることだそうだ。


 天ノ川さんは僕の右隣に並ぶように、ベッドの端に座ってヨーグルトのふたを開ける。僕とほぼ同じ目の高さだ。


「はい、甘井さん、あーん、してください」

「あーん」


 なんだか餌付えづけされているような気分ではあるが、これは悪くない。


「はい、あーん」

「あーん」


 相手が天ノ川さんだからだろうか。


「はい、あーん」

「あーん」


 そういえば、入学式の日にはリーネさんに同じようなことをされて……。


「はい、あーん」

「あーん」


 あのときは、お菓子を引っ込められてしまった。


「はい、あーん」

「あーん」


 その後の出来事は、忘れられない思い出だ。


「これで、最後ですよ。はい、あーん」

「あーん…………ごちそうさまでした」

「ふふふ……、おそまつさまでした」


 スプーンが大きかったせいか、至福の時間はあっという間に終わってしまった。実に残念だ……と思っていたが、最後の演習「口腔こうくうケア」が残っていた。


「では、歯を磨いて差し上げます」


 天ノ川さんは僕の歯ブラシにハミガキをつけて、僕の口にそっと差し入れる。


 顔がものすごく近い。そして、天ノ川さんが歯ブラシを動かすたびに大きな胸がプルプルと揺れる。


 ――これはヤバすぎる。


 やはり「とある部分」が起き上がってしまうが、童貞の僕には抗いようがない。

 天ノ川さんに歯を磨いてもらう事がこんなに気持ちいいとは予想外だった。


「甘井さん、ちょっと舌を出してください」


 言われた通り舌を出すと、天ノ川さんは何かで僕の舌を磨き始めた。


「うえっ、なんですかこれ?」

「舌ブラシです。お嫌でしたか?」


「すみません、僕、慣れてなくて」

「なら、奥の方はやめておきますね」


 舌まで磨いてもらったが、奥の方まででなければ、とくに問題はないようだ。


「では、うがいしてください」


 僕は渡された紙コップの水を口に含み、うがいして別の紙コップに吐き出す。


 うがいが終わると、天ノ川さんはウェットティッシュで僕の口の周りを綺麗に拭いてくれた。


 その後は再び体位変換で、端座位から側臥位を経由して仰臥位に戻され、更衣介助で制服姿に戻された。


「さすが天ノ川さん、手際がいいですね。介護されていて幸せな気分でした」


「ふふふ、それは違いますよ。きっと、お互いの息が合っていたからです」


「いや、立場が逆だったらこんなに上手くいかないと思いますけど……」


「そんなことはありません。甘井さんでしたら、きっと上手くいくと思います」


 こうして介護される演習は無事に終了。

 次は僕が天ノ川さんを介護する番だ。

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