第59話 ウシとウマは恥ずかしいらしい。

「お兄ちゃん、おまたせー。着替え終わったよー」


 ポロリちゃんから合図があったので、取り込んだ洗濯物を持って暖簾のれんをくぐると、かわいいネコとリスが迎えてくれた。


「ミチノリ先輩、どう?」


 猫耳のネネコさんがニコっと笑うと、ちらりとキバの先が見える。軽く握った手のひらをこちらに向けるポーズは完全にネコだった。


 ポロリちゃんは、ネネコさんと違って口をあまり横に開かない笑い方をするので、2本の前歯の先しか見えない。ほおもふっくらしているので、リスの着ぐるみとの相性は抜群だ。


「これは……、似合い過ぎじゃない?」

「それって、褒め言葉なの?」

「もちろん。2人ともいつも以上にかわいいと思うよ」

「まあ、それならいいけどさ」

「えへへ、あとはポロリがやるの」

「あっ、どうもありがとう」


 ポロリちゃんは僕から洗濯物を受け取り、しゃがんでベッドの下の引き出しに仕舞う。小さなお尻に付いている大きなしっぽは、間違いなくリスのしっぽだった。


 2人とも、ぶかぶかな着ぐるみパジャマがよく似合っており、僕はまるで幼児向けの教育番組を見せられているような気分だった。


 ネコとリスがじゃれあっている姿を観察しているだけで、僕の心は癒される。

 ここに加わるあと1匹がどんな動物なのか。考えているだけで幸せな気分だ。




「ただいま戻りました」


 しばらくして、天ノ川さんが帰ってきた。


「ごめんなさい、少し遅くなってしまって」


 天ノ川さんはいつもの学生カバンのほかに、とても大きな巾着きんちゃくを持っていた。


「おかえりなさい。1年生の2人は、先にパジャマを着てくれていますよ」


「甘井さんの分の着ぐるみはこちらです。演習室から、今お借りしてきました」


「ありがとうございます。ところで、その演習室って、なんの演習をする部屋なんですか?」


「ふふふ、着てみれば分かります。4年生の場合は介護の演習ですけれど、5年生になると、これを使った演習があるそうですよ」


「それで、わざわざ僕の為に借りてきてくれたんですか?」


「そうですよ。甘井さんだけ恥ずかしい思いをしないのは不公平ですから」


 よく考えてみると、この着ぐるみパジャマは、かわいい女の子が着ているから似合うのであって、僕が着るというのは論外な気がする。天ノ川さんが着るのならば、サイズさえ合っていれば、何の問題も無さそうに思えるのだが……。


「ネネコさんもポロリちゃんも全く恥ずかしそうには見えないんですけど、天ノ川さんにとっては恥ずかしい事なんですか?」


「それは、もちろんです。恥ずかしくて、とても食堂には行けません」


 天ノ川さんは、いったいどんな格好をするつもりなのだろうか。


「ここでは、平気なんですか? 僕が見てしまっても」


「ですから、甘井さんにも一緒に恥ずかしい着ぐるみを着てもらいます」


「それは構いませんけど、恥ずかしい着ぐるみって、普通の着ぐるみパジャマとは違うんですか?」


「はい。この部屋の中だけの秘密ですから、お互いにナイショですよ」




 こうして、僕は天ノ川さんから受け取った着ぐるみパジャマを着る事になった。


 天ノ川さんの解説によると、手芸部の部長である6年生、針生はりう先輩の最高傑作で「ディープインサート」という名前の馬の着ぐるみらしい。


 サイズは丈が少し長いくらいで、ほぼピッタリだったが……なんじゃこりゃ⁉

 こんなモノをネネコさんやポロリちゃんにお見せしてもいいのだろうか。


 僕が着ている馬の着ぐるみの股間こかんには、まさに「馬並み」の種付け装置がおへその上ぐらいの位置に向けてそびえ立っていた。


「ミチノリ先輩、準備できた?」


 猫耳のネネコさんが、タイミングを見計らったように脱衣所をのぞきに来た。


「一応、着替え終わったよ」


 僕はネネコさんに背を向けるようにしながら、暖簾をくぐって脱衣所から出る。


「わー、お兄ちゃん、お馬さんだぁ」


 リスの姿をしたポロリちゃんと目が合った。僕の顔は馬の首の位置にあり、僕の顔の上に馬の頭が乗っている感じだ。僕はすぐに体育座りをして種付け装置を隠した。


「ふふふ……、どうですか? 私の着ぐるみはジャイアン先輩の手作りで、まだ1年生だった頃、13歳の誕生日プレゼントにいただいたものです」


 天ノ川さんの着ぐるみは黒と白のまだら模様だ。僕の着ている着ぐるみと同じように顔の上に頭が付いており、それは牛の頭だった。胸の部分だけ薄いピンク色で乳首がやけに大きくて長い。


 本物のホルスタインの乳はおなかのあたりにあるはずだが、この着ぐるみは天ノ川さんの胸がジャストフィットする位置に乳袋が付いていた。天ノ川さんしか着ることができない、オーダーメイドの着ぐるみパジャマだ。


「たしかに、これを着て食堂に行くには勇気が要りますね」


 天ノ川さんは恥ずかしいだけで済むかもしれないが、僕がこの格好で食堂に行ったら通報されてしまうのではないだろうか。


「その着ぐるみは、5年生が性交演習の授業で使うものだそうです。去年は口車くちぐるま先輩が、その着ぐるみを着てスタリオン役を任されたそうです」


「成功演習ですか?」


「サクセスではなくて、セックスのほうですよ。実習は無理ですから、スタリオン、つまり種馬役の人がその着ぐるみを着て種付けの演習をするそうです」


 天ノ川さんが何のためらいもなく「セックス」という単語を使ったので僕は少し動揺してしまったが、ここの4年生は既にそういった覚悟は出来ているのだろう。


「そうだったんですか。でも、5年生はいいとして、この着ぐるみを1年生に見せるのはまずいんじゃないですか?」


「ミチノリ先輩、いまさら何言ってんの?」


 ネネコさんは動揺する僕をからかうように、こちらを見てニヤリと笑う。


 ――そうだった。僕は先週この部屋で粗相をしてしまい、その証拠品を顕微鏡で観察までされていたのだった。ネネコさんの言う通り、たしかに「いまさら」だ。


「あのね、お兄ちゃん……ヒトも、お馬さんやほかの動物とおんなじで、交尾しないと赤ちゃんは生まれないって、ポロリも保健の授業で教わったの。

 それにね……ポロリにはまだよく分からないけど、コイビトどうしが2人きりになると、そういうコトしたくなっちゃうんでしょ?」


 ポロリちゃんは僕を安心させようとしてくれている。


 かなり早口で顔も赤く、自分自身の動揺は隠しきれていないが、ネネコさんと僕が「そういうコト」をしてしまったと勘違いするくらいだから、きっと僕よりその手の知識は豊富なのだろう。


 3つ年下でこんなに小さくても、2人の精神年齢は僕よりずっと上だ。

 僕も婿入り志望なのだから、こんなことでうろたえているわけにはいけない。


「たしかに、そうだね」




 その後は4人とも着ぐるみパジャマを着たまま、101号室のパジャマパーティーが開催された。


 食堂の料理は、トレイに乗せたまま部屋まで持ち帰りが可能なので、今日はポロリちゃんとネネコさんに4人分の夕食を持って来てもらった。食堂と部屋を2往復してもらったお礼に、食事のお代は4年生持ちだ。


 食事が終わった後、ネネコさんに「これって、どうなってるの?」といきなり種付け装置を握られたときは心臓が止まりそうになったが、ケースになっているわけではないので「中身は本物じゃなくて綿わただよ」と無事に答えられた。


 それを見ていた天ノ川さんがすぐに「はしたないから、おやめなさい」と注意してくれて、ネネコさんもすぐにやめてくれたが、いろいろと危ないところだった。


 その後ネネコさんとポロリちゃんは、嬉しそうに天ノ川さんの牛の着ぐるみの乳を搾っていた。先端部分の中身はこちらも綿であるが、乳袋の中身は本物だ。


 天ノ川さんから「甘井さんもやってみますか?」と言われたが、社交辞令なのか冗談なのか分からない誘いに乗れるほどの勇気は、残念ながら僕には無かった。


 今日の新たな発見は、着ぐるみパジャマを着ると、いつもよりスキンシップが増えるという事だ。


 女の子は普段から人の体に触ることが多いと感じていたが、着ぐるみを着ることによってさらに増加する。


 自分から相手に触るのは無理でも、相手から自分の肩や背中に触られる事にはだいぶ慣れて来た気がするし、驚きよりも安心感のほうが強くなってきた気もする。


 きっとこれも、コミュニケーション能力の高い3人のルームメイトたちのお陰だ。

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