第32話 帰りのバスは空いているらしい。

 4時になる少し前に、予定通りバスが到着した。


 帰りの最終バスは5時なので、このバスで降りてくる生徒がいてもおかしくはないのだが、乗客は1人も乗っていなかった。


「お兄ちゃん、帰りはポロリがサクラちゃんと一緒でもいい?」


 ポロリちゃんが僕のすぐ近くまで来て、小声で確認を取る。


「もちろん構わないよ」


 僕に許可をとる必要など全くないはずなのだが、かといってポロリちゃんが黙って有馬城ありまじょうさんの隣に座っていたら僕は寂しい気分になっていたかもしれない。


 こういう気配りが当たり前のようにできる人をコミュニケーション能力の高い人と言うのだろう。ポロリちゃんを見ていると、とても勉強になる。


「サクラちゃん、バスが来たよ。一緒に乗ろう」


 ポロリちゃんが有馬城さんの手を引き、最初にバスに乗り込む。


「帰りは、チハヤさんと私、甘井さんとネネコさんのペアでいいですか?」


「僕はどこでも構いませんよ」

「私は、ミユキさんの隣だね」


 天ノ川さんと宇佐院うさいんさんが続き、ネネコさんと僕が最後だ。


「ボク、帰りはお姉さまと一緒じゃないの?」


 ネネコさんは少し残念そうな顔に見える。


 僕が宇佐院さんと一緒に座るべきだったのかもしれない。

 でも、ネネコさんなら僕が隣でも、きっと許してくれるだろう。


「僕がネネコさんの隣だよ。はい、酔い止めのあめ


 僕は酔い止めの飴を一粒取り出してネネコさんにプレゼントした。


「ありがと。来るときは寝てたから大丈夫だったけど、これで帰りも安心だね」


 ネネコさんは、嬉しそうに飴を口に入れてからバスに乗り込んだ。

 僕もすぐ後ろに続く。


「先生、帰りもよろしくね」

「よろしくお願いします」


「おお、まかせとけ!」


 2人で運転手のコウクチ先生に挨拶して車内へ進む。

 後ろには誰も並んでいなかったので、乗客は僕たち6人だけだ。


 ポロリちゃんは有馬城さんに窓側を譲って通路側の席に座っていた。


「ポロリちゃん、酔い止めの飴があるから使ってね」

「うんっ。ありがとう、お兄ちゃん」


 僕は残りの酔い止め薬を箱ごとポロリちゃんに渡して、ゆるゆるのシートベルトを調節してあげてから、ネネコさんの隣の席に座った。


「ぷしゅ~」


 空気の抜ける音とともにドアが閉まり、すぐにバスが動き出す。


「おぉっ!」

「おっと」


 ネネコさんが僕のほうに倒れて来たので慌てて体を受け止める。駅前のターミナルを一周する為、いきなり右にカーブしたのだ。


「シートベルトはちゃんと締めないと危ないよ」

「そうだった。ボク、シートベルト忘れてたよ」


 ネネコさんがシートベルトを締める。やはり、ベルトがゆるいようなので調節してあげることにした。


「なんでベルトがゆるいのが分かるの? 来た時はお姉さまが締めてくれたけど」


 ネネコさんは、ポロリちゃんより背は5センチほど高いが、2人とも小柄で華奢きゃしゃな体形であることに変わりはない。ポロリちゃんのシートベルトがゆるゆるだったのだから、ネネコさんのシートベルトも当然ゆるゆるだ。


「ネネコさんもポロリちゃんも細いからね」

「お姉さまは逆にきつそうだったけどね」


 ネネコさんは相変わらず思った事をそのまま口に出す。悪気は全くないように見えるのだが――


「ネネコさん、聞こえていますよ」


 天ノ川さんはネネコさんの失言に対して前の席から軽く警告する。もちろん怒ってはいないが、聞こえないふりをしたりはせず、きちんとしかってあげている。


「これは、言っちゃだめだったか~」


 それに対してネネコさんは謝罪しないが、天ノ川さんの反応で、自分の言葉が失言だったことに気づくことができたようだ。


「あははは、ネネコちゃんも面白いね。甘井さんも面白いけど」


 僕の前の席に座る宇佐院さんが面白がっている。

 ネネコさんが面白いのは分かるが、僕のどのあたりが面白いのだろうか。


「あれ? 今の声だれ?」

「お隣の部屋の宇佐院さんだよ。有馬城さんと一緒だったでしょ」

「アルマジロのお姉さまかぁ。2人ともカッコいい名前だよね」


 さっき「有馬城でいいや」と言っていたような気がするが、どうやら有馬城さんのリクエストに応えてアルマジロに戻ったようだ。


「院と城だからね。どっちも家の敷地が広そうだよね」


「こっちは井と塚だよ。どっちもすごく狭そうじゃん!」


 たしかに、井戸を掘った穴と、掘った土を固めた塚、どちらもショボい感じだ。


「僕の家は一軒家ですらなくて、実際狭いけどね」

「ボクんちもせまいよ。弟と一緒の部屋だし」


「あははは、うちだって広いわけじゃないよ。ネネコちゃん、名前で決まるならミユキさんとこが一番広いよ」


「お姉さま?」


「ふふふ……ネネコさん、天ノ川は地球より広いですよ」


「そっかー、だからおっぱいも大きいのかー」

「あははは、笑いすぎてお腹いたくなりそう」


 宇佐院さんが僕の前の席で大笑いしている。僕はだいぶ慣れてきたが、それでもネネコさんの思考回路にはまだまだ理解が及ばなかった。


「そうだ、ミチノリ先輩にこれ返さなきゃ」


 ネネコさんは座ったままスカートのポケットを探り、スマホを取り出した。


「どうもありがとね。電池は切れちゃったみたいだけど」


「どういたしまして。充電もしていなかったし、しばらくは使わないだろうから電池は別にいいよ。撮った写真を確認できないのが少し残念だけどね」


「ふふふ……その点はご心配ありませんよ。画像データは既にプリントアウトしてありますから」


「えっ? 衣料品店に行ったんじゃなかったんですか?」


「行ったら店が無くなっててさー、近くに開店したばっかのコンビニがあったからそこに寄って、お姉さまがコピー機を使って写真にしてくれたんだよ」


 なるほど、それはありがたい。


「天ノ川さん、ありがとうございます。お代は寮に戻ったら払います」


「わー、正門前の写真? 面白そう。私も見ていい?」


 前の席の宇佐院さんが大喜びしている。

 見られるのは、非常に恥ずかしいのだが、それはみんなも同じだろう。


「みんながよければ僕は構いませんけど……」


 結局、反対はされず、宇佐院さんがさらに大喜びする事となった。


「あははは、ミユキさんだけ貫禄があるね。あとみんな顔真っ赤! かわいい!」




 帰りのバスでは酔い止め飴の効果もあってか、ポロリちゃんもネネコさんもバス酔いせず、無事に戻ることが出来た。


 バスを降りた後、すぐに有馬城さんからお礼を言われたので驚いたが、どうやらポロリちゃんが有馬城さんにも酔い止めの薬を分けてあげたらしい。


 101号室に戻った後、建て替えてもらったプリント料金を天ノ川さんに渡し、椅子に座ってゆっくりと写真を見せてもらった。


 宇佐院さんの指摘の通り、天ノ川さんだけが余裕の表情で、カッコいい年上のお姉さんのように写っていた。ネネコさんとポロリちゃんは少し恥ずかしそうにほおを赤く染めて、かわいい顔で写っており、僕にとってはどれも最高のお宝写真となった。


 僕自身は不自然に、驚いたような顔で写っていたが、それは仕方がない。

 次の機会があれば、そのときは僕が撮る側に回ればいいというだけの話だ。

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