第31話 僕は学年で一番背が高いらしい。

 買い物を終え、4人でおしゃべりしながらバス亭へ向かう。駅前ではあるが、電車の本数が少ないためか、人通りもまばらだ。


 ポロリちゃんが有馬城ありまじょうさんと引き続き仲良く話をしているので、僕も同じ様に帰りも宇佐院うさいんさんと話をすることになる。


 他人と話すことが苦手だった僕も会話にだいぶ慣れて来たので、今度は自分から会話を切り出してみることにした。


「今日は、ヨシノさんは一緒じゃないんですか?」

「あれ? 甘井さんって、ヨシノと仲がいいの?」


「仲がいいというか、クラスで話しかけてきてくれたのが、天ノ川さんの他にヨシノさんしかいなかったんです。あとは、昨日脇谷わきたにさんと少し話しただけで、宇佐院さんが4人目です。ヨシノさんとは同じ部屋なんですよね?」


「部屋は一緒だけど、普段は一緒に行動してないからねぇ。今日は新聞作りで忙しいみたいだよ。発行日は明日だって。そういえば甘井さん、昨日美術部でヌードモデルを引き受けたってホントなの?」


「まあ、なりゆきで」

「私も見に行きたかったなー」

「本人の前で怖い事言わないでください」

「あははは、やっぱり口車くちぐるま先輩に口説かれちゃったんだ」


 やっぱり? ……ってことは、僕は、部長さんの口車に乗せられてしまっていたという事なのだろうか。


「僕、部長さんに口説かれたんですか?」

「あの先輩に口で勝てる人は誰もいないらしいよ。心当たりはないの?」


 そう言われると言いくるめられたような気もしなくはないが……。


「う~ん、ないような、あるような……」

「あははは、それで、甘井さんは美術部には入部するの?」


「いえ、僕は絵が描けるわけでもないし、ただ見学に行っただけなので。まだ特に決めてはいないです」


「そうだったんだ。ねえ、甘井さんは運動部には興味ない?」

「陸上部ですか?」

「何で分かったの?」


「天ノ川さんから、運動部は陸上部と水泳部しかないって聞きました。水泳部は、まだ泳げないですよね?」


「そう、温水プールじゃないからね。だから陸上部で正解」


「僕の場合、自分が興味あるかどうかは実はあまり考えて無くて、僕なんかでも歓迎してくれるところがあれば、そこにお邪魔しようかと思っています。ですから、宇佐院さんが僕を誘ってくれるのなら、とりあえず顔は出しますよ。がっかりさせてしまうかもしれませんが」


「大歓迎だよ。一緒に走ってくれる人がいないと張り合いが無くてさ」

「僕、全然足速くないですよ」


「それは『男の子としては』でしょ? 別に対外試合に出るわけじゃないし、女の子相手ならよほど遅くなければ負けないよ。みんな、たいして速くないから」


「そうなんですか?」


「私なんか1年生のときに『名前がウサイン』って、それだけの理由でスカウトされたんだよ。速そうだと思われてさ。まあ、3年間鍛えたから、それなりに速くはなったけど」


「そう言ってもらえると気が楽ではありますね」


「甘井さんは『男の子としては』背が高くないほうかもしれないけど、私たちのクラスでは一番背が高いんだよ。160センチ超えている女の子は4年生には1人もいないから」


「そうだったんですか。僕は全然気づきませんでした」


 男なのに背が低いと馬鹿にされたような気もするが「クラスで一番背が高い」とか、たとえ同じ意味でも「学年で一番背が高い」と言われて悪い気はしなかった。


 考えてみれば、天ノ川さんも2センチくらい僕より低かったし、背が高く見える脇谷さんも、僕よりわずかに低かったような気がする。


 寮内で僕より背が高い人を何人か見かけた気がするが、それは4年生ではないという事なのだろう。美術部の部長さんも僕より背が高かったが、6年生だ。



 宇佐院さんとおしゃべりしながら歩いていると、バス亭に到着した。


「まだ誰も並んでいないみたいですね」


 まだ4時まで少し時間があった。バス停には僕たち4人しかいない。


「そんなに時間潰せるところも無いからね。最初のバスで一緒に来た子は、ほとんど11時のバスか3時のバスで帰っちゃったよ」


 バス亭に掲示されている運行時刻表によると、駅発学園行きは1日5本で、午前は10時と11時、午後は3時、4時、5時となっていた。


 僕が先週初めて乗ったときも、たしか午後4時のバスだったと思う。


「あっ、お兄ちゃん、ミユキ先輩とネコちゃんだよ!」


 遠くの方に2人の姿が見えた。ネネコさんが大きく手を振っている。

 天ノ川さんは背筋を真っ直ぐに伸ばして、ゆっくりとこちらに歩いてくる。


「101号室って、みんな仲いいよね」


 宇佐院さんが僕の隣で寂しそうにつぶやく。


「102号室は、仲が悪いんですか?」

「いや、そんなことはないけど……」


 宇佐院さんは陸上部、ヨシノさんは広報部で忙しいのかもしれない。有馬城さんやリーネさんは、部活はもう決めたのだろうか。


「チハヤさん、ごきげんよう。スカウトは上手くいきましたか?」


 バス停に到着した天ノ川さんが宇佐院さんに挨拶する。


「ミユキさん、ごきげんよう。お陰様で、甘井さん、見に来てくれるって」


 宇佐院さんが天ノ川さんに事前に相談したのか、それとも天ノ川さんが宇佐院さんの行動を読んだのか……どちらにせよ、こうやって情報を共有するのが、同じ寮の女の子どうしでは、きっと当たり前の事なのだろう。


「ふふふ……甘井さん、お暇なときは科学部にも遊びに来てくださいね」

「もちろんです。では明日は陸上部、明後日は科学部にお邪魔してもいいですか」

「あした来てくれるの? 大歓迎だよ。あしたも晴れるといいな」

「ふふふ……科学部なら雨の日でも大歓迎ですよ」

「お兄ちゃん、あしたの朝は料理部のお手伝いだよ」

「もちろん、手伝うよ」

「甘井さん、イケメンじゃないのに、モテモテだねー」



 こちらで4人で話していると、隣ではネネコさんと有馬城さんが2人で言い争っていた。


「だから、アリマジョウだって! ちゃんと読めないならサクラって呼んでよ!」


「えーっ! アルマジロのほうが強そうじゃん。ミチノリ先輩もそう思うでしょ? ぜったい、そっちのほうがいいって!」


 ――アルマジロ?


 有馬城――アル・マ・ジロ――たしかに、そう読めなくもない。

 だが、一目見て最初にそう読めるのは、多分ネネコさんだけだろう。

 有馬城ありまじょうとアルマジロ、どちらも防御力が高そうな名前ではあるが。


「ネコちゃん、だめだよぉ。サクラちゃんがイヤがってるでしょ!」

「えーっ! いいじゃん、アルマジロで」

「アリマジョウ!」


 ポロリちゃんが制してもネネコさんは押し通すつもりらしい。有馬城さんも納得がいかないようだ。ネネコさんの質問には、中立の立場で正直に答えよう。


「う~ん、どちらが強そうかというと、やっぱり有馬城のほうかな。大きなアルマジロでも、たぶん犬や猫と同じくらいだろうし、小さなアルマジロは手のひらサイズだから、きっとかわいい動物だと思うよ。人にも懐くらしいし」


「そうなの?」

「そうなのですか?」


 ネネコさんと有馬城さんが同時に静かになった。


「うんっ、ポロリもそう思うの。アルマジロってかわいいんだよ」


 ポロリちゃんが賛同してくれた。これでケンカも収まるだろう。


「蟻塚、それならアルマジロでいいよ。ポロリちゃんのお兄さまも『アルマジロのほうがかわいい』って言ってくれたから」


「やっぱり有馬城のほうが強そうだから、有馬城でいいや」

「アルマジロ!」

「サクラちゃん、さっきと言ってることが逆だよぉ」

「だって、強そうって思われるより、かわいいって思われるほうがいいもん!」


 もしかして余計な事を言ってしまったのだろうか。

 僕の一言でここまで状況が変わるとは思わなかったのだが――まあいいか。

 険悪な雰囲気じゃないし、仲が悪いというわけでもなさそうだ。


 ポロリちゃんがこっそりと教えてくれた話によると、この2人は1年生の出席番号1番と2番で、教室の席が隣同士らしい。

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