第27話 ぽろり食堂はバス停の隣らしい。

「どうしたのですか? 甘井さん」


 バスから降りると、先に降りていた天ノ川さんが驚いた顔でこちらを見ている。


「ちょっとエラーしちゃいました。いい天気ですから、すぐに乾きますよ」

「もしかして、ロリが吐いちゃったの?」


 ポロリちゃんは恥ずかしそうに下を向いている。

 ネネコさんの言った通りなのだが、わざわざ口に出す必要もないだろう。


「ネネコさんは、大丈夫だったの?」

「ボクはずっと寝てたから。ミチノリ先輩が寝てれば平気だって言ってたじゃん」

「あれ? 僕そんなこと言ったっけ?」


 前の席の2人がずっと静かだったのは、そういう事だったのか。


 そういえば、ネネコさんと最初に会った日に「大丈夫だった?」と聞かれて「僕はバスで寝ちゃった」というような会話はしたような気がする。たしかに寝ていれば平気なのかもしれない。


鬼灯ほおずきさんは、もう大丈夫なの?」

「はい。ポロリはだいじ、だいじょぶです。でも……」


「ふふふ、言い直さなくても大丈夫だいじですよ。……そうですね。甘井さんの服をまずなんとかしないと」


 そうか。僕が平気でもポロリちゃんは、こんなの見たくないはずだ。ワイシャツを脱いでTシャツの上に上着を着るべきか。しかしズボンにも少しかかってしまった。これはどうしたものか……。


「お兄ちゃん、みんなでポロリのうちに来てもらってもいい?」

「僕は構わないけど、みんなはどうですか?」

「ロリのうち、この近くなんでしょ? なら、いいんじゃないの」

「鬼灯さんがお招きしてくれるのなら喜んで」


「なら全員賛成だね。ポロリちゃんのうちはどっちなの?」

「ここなの」


「えっ?」

「マジ? チョー近いじゃん」


 近すぎて気が付かなかったが、たしかに目の前のシャッターに「ぽろり食堂」と書いてあった。屋根にも大きな看板が付いているようだが、真下なのでよく見えなかったのだ。


「バス亭からこんなに近かったんだ。今日はお休みなの?」

「日曜日は12時からなの。玄関はこっちだよ」


 ポロリちゃんを先頭に、店の前を通って左の路地に入る。食堂の裏手に回ると、郵便受けのついた小さな門があり、奥に玄関が見えた。


 郵便受けには「鬼灯」と書かれたプレートが貼られていて、なぜかその横に油性ペンで「エロ」と落書きがされていた。悪質なイタズラだ。


「どうぞ、こちらへ。ここで待っててください」


 ポロリちゃんの案内で庭に入り、玄関の前で待つ。家と食堂は中でつながっているようだ。


 玄関横の軒下には、女の子用の可愛らしい水色の自転車が止めてあった。

 おそらく、ポロリちゃんの愛車なのだろう。


「お待たせ」


 玄関が空いて、ポロリちゃんが顔を出す。


 となりに、ポロリちゃんにそっくりな女性が割烹着かっぽうぎを着て立っている。背丈はネネコさんと同じくらいの、とても小柄な女性だ。見た感じ担任の新妻先生や、さっきのバスの運転手さんと変わらないくらいの年齢に見えるが、どうだろうか。


「まあ、どうぞどうぞ、あがってください」


「おじゃまします」


 家に上がり、居間に案内された。畳敷きの広い部屋だ。12畳くらいだろうか。長いテーブルの上にポロリちゃんがお茶を出してくれている。


「ポロリが、お世話んなっとります。ポロリの母でございます」


 小柄だから実年齢より若く見えるだけなのかもしれないが、本当にお母さんなら驚異的だ。僕の母より10歳以上は若く見える。実はお姉さんで、からかわれているだけではないのだろうかという気もする。


「はじめまして、甘井ミチノリです。ポロリさんと同じ部屋の4年生です」


 一応僕が室長なので、天ノ川さんに合図して僕から挨拶あいさつをした。


「私は天ノ川ミユキです。同じく4年生です」

「ボクは蟻塚ネネコ。ロリと同じ1年生だよ」


「あらー、ポロリも学校でロリって呼ばれとるんけ? わっちとおんなじだなぁ」

「うんっ」


 どうやらポロリちゃんのお母さんもロリと呼ばれていたらしい。


「え? どういうこと?」


 ネネコさんは意外な反応に驚いているようだった。


「うちは、お母さんもロリだから」

「ちっこくて、かわいいべ?」


「そうだね。ロリのお母さん、背もボクと同じくらいだし」

「あんたも、かわいいなぁ。わっちともお友達だなぁ」


 ポロリちゃんのお母さんが、ネネコさんと握手をしている。

 外見だけでなく性格も、親子でとても似ている気がする。


「そっちは、きれーなおねさんだなぁ」

「いえ、そんな……」


「おにさんはどうしたんだべ? 服よごしちって、着替えるけ?」


「あっ! お兄ちゃんごめんね。着替え、すぐに用意するから。お母さんは早く支度しないと、もうすぐお昼になっちゃうよ!」


「そうだったなぁ。したっけ、ゆっくりしてってなぁ」


 そう言ってポロリちゃんのお母さんは店に戻った。


「ミユキ先輩、お兄ちゃんが着替え終わるまで、ネコちゃんと一緒に、ここで待っていてください」


「はい。それではネネコさん、作戦会議です。何を買いに行くか決めますよ」

「はい、お姉さま」


「お兄ちゃんはこっちに来て!」


 ポロリちゃんと僕は天ノ川さんとネネコさんを残して部屋を出る。ポロリちゃんの後に続いて長い廊下を歩き、風呂場の手前にある脱衣所に案内された。


「ポロリが汚しちゃった服は今お洗濯するから、お兄ちゃんはこれに着替えて」

「ありがとう。そうさせてもらうね」


 僕が服を脱ぎ始めると、ポロリちゃんは慌てて脱衣所から出て行った。制服のズボンとワイシャツを脱いで、受け取った服を着る――それは、黒いジャージの上下で、サイズは僕が学園で着ているワインレッドのジャージより大きめだった。


「お待たせ。着替え終わったよ」


 廊下で待っていてくれたポロリちゃんが、僕の声を聞いて戻ってきた。


「ポロリはここでお洗濯をするから、お兄ちゃんはミユキ先輩とネコちゃんと3人で一緒に待ってて」


「了解。じゃあ、お洗濯よろしくね」


 僕が居間に戻ると、天ノ川さんとネネコさんは仲良くおしゃべりしていた。

 2人はごく自然に、その会話の輪に僕を加えてくれた。


「あれ? ミチノリ先輩、なんでジャージなの?」

「ポロリちゃんに借りたんだけど、ちょっと大きいかな?」

「鬼灯さんのお兄様の服でしょうか? それともお父様のかしら?」


 言われてみれば、そうだ。この服は誰のものなんだろう。


「僕も知らないので、後でポロリちゃんに聞いてみます。

 そういえば、天ノ川さんって、兄弟はいるんですか?」


「いますよ。お姉さまは先月卒業してしまいましたけど、他に兄と弟と妹が」


「ああ、それで僕と同じ部屋でもあまり抵抗が無いんですね」


 天ノ川さんにもネネコさんにも兄弟がいるから、異性である僕と一緒に普通に生活できるのだろう。そう考えると、ポロリちゃんにもお兄さんか弟さんがいるのかもしれない。ぼくは1人っ子だったので毎日が新鮮で驚くことばかりなのだが。


「お姉さま、弟さんは何さいですか?」


 ネネコさんが質問している。やはりお兄さんより弟さんに興味があるようだ。


「2つ下ですから、13歳です。中学校の2年生ですよ」

「ボクよりひとつ上か~」


 ネネコさんより年上と聞いて、少しがっかりしているように見える。やはり年下のほうがいいらしい。


「お姉さま、妹さんは何さいですか?」


 お兄さんより妹さん優先か。ネネコさんは年上の男性に興味がないのだろうか。


「3つ下ですから、12歳ですよ」

「あっ、ボクとおんなじだ。妹さんもおっぱいが大きいんですか?」


 ネネコさんの優先順位は、まず年下の男性、次におっぱいらしい。

 1に弟、2におっぱい……なかなか興味深い。


「ネネコさんは、大きいほうがいいと思うのですか?」

「はい!」


「そうですか。胸が大きくても、あまりいい事はないですよ。それでもですか?」

「えっ? そうなの?」


「では質問を変えましょう。ネネコさんは自分の胸が大きいほうがいい。もっと大きくしたい。そう思うのですか?」


「う~ん、ボクは、べつにどっちでもいいかな。無くても困らないし」

「よろしい!」


「えっ、なんでですか? それで、妹さんのおっぱいは?」


「ふふふ……姉に似ず、今のところ胸は平らのようですけど、私なんかより、ずっとかわいいですよ」


 ――なるほど、そういう事か。


 ネネコさんは、天ノ川さんの言っている意味が分かっていないらしい。

 あとで知ったら、きっと喜ぶだろう。さすが天ノ川さんだ、僕も見習わないと。

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