第12話 担任の先生は双子の母親らしい。
入学式の後はホームルームだ。
すでに出来上がっている集団に後から加わるのは少し不安だが、天ノ川さんが案内役として一緒にいてくれるのは非常に心強い。
それに、去年まで僕がいた学校と比べるとずっといい雰囲気だ。
目が合っただけで「ごきげんよう」と
「甘井さんの席は前列の窓側です。席替えをするまでは出席番号順ですから、私と隣同士の席になります」
机は隣同士がくっついた状態で配置されており、9組のペアが3行3列で配置されている。机の数は全部で18。後列の席でも教室の中ほど、窓側の席でも窓からはだいぶ離れている。
「おっはよう、ミルキー!」
僕が席に着こうとすると、天ノ川さんの右隣の席の人から声がかかる。
ミルキーと呼ばれた天ノ川さんが振り返って挨拶を返す。
「おはようございます、ヨシノさん。お仕事お疲れ様でした」
お仕事? そういえば、入学式のとき天ノ川さんの右隣は空席だった気がする。
「そちらが
ヨシノさんと呼ばれた人と目が合う。
やや細身で面長。背は天ノ川さんより少し低いくらい。
「そうですよ。ではヨシノさんから噂の彼に自己紹介してくれる?」
「承知致しました! それではあたしから」
天ノ川さんの席を挟んでヨシノさんと向かい合うように顔を合わせる。
興味津々な感じの目がちょっと怖い。
「初めまして、
なるほど、吉野さんではなく、佳乃さんか。では敬意を表して、
「承知致しました。ヨシノさんですね」
「わあ! 男の子に名前で呼ばれちゃった! 生まれて初めてかも⁉」
本当なのか冗談なのかイマイチよく分からないので苦笑いするしかない。僕自身は苗字で吉野さんと呼んでいる感覚なんだけど、どう返したらいいものか。
「それでは、次は甘井さん。自己紹介どうぞ」
リアクションに困っている僕を見て天ノ川さんが助け舟を出してくれる。
「はい、僕は
「えっ? 童貞って書いてミチノリ? ドー読めばそうなるの?」
ヨシノさんは顔を赤くしてうろたえている。
どうやら説明に失敗したみたいだ。
「道路のドーと程度のテーで道程。それでミチノリです」
「あ~っ、ごめんなさい。ちょっと勘違いしまして……」
「すみません、こちらこそうっかりしていました」
「それじゃミチノリさん。これからクラスメイトとしてよろしくお願いします」
ヨシノさんが軽く頭を下げる。
僕も頭を下げ、同時に気になっていた事を質問する。
「こちらこそ、よろしくお願いします。ところでヨシノさん、さっき天ノ川さんのことミルキーって呼んでいましたけど――」
今度は天ノ川さんが恥ずかしそうにこちらを見て、慌てて解説する。
「天ノ川だからですよ。英語でミルキーウェイですから……」
たしかに天の川はミルキーウェイ。直訳すると「乳の道」という意味だ。
ミルキーだけだと「乳の」とか「乳みたいな」という意味になる。
ママの味でもあるが、この「ママの味」というのは「おふくろの味」とは明らかに意味が違うだろう。それではいったい何の味かというと、やはりそれは……。
「もちろんそれもあるけど……ほら、ね?」
ヨシノさんがウインクする。ああ、やっぱりそうですよね。
「天ノ川さんは、クラスのみんなから、いつもそう呼ばれているんですか?」
「いえ、そんなことはないですよ。ヨシノさんだけです。甘井さんは、見習わないでください」
どうやら天ノ川さんは、この呼ばれ方が気に入っているわけではないようだ。
「ひどいよミルキー! ――ならば、次はミチノリさんをあだ名で呼んで差し上げましょう。前の学校ではどんなふうに呼ばれていましたか?」
「あれ? 僕、さっき言いませんでしたっけ? 道路のドーに程度のテーで……」
「えっ? ああっ、ミチノリさん。やっぱり、この話は無かった事にしましょう」
「あら、ヨシノさん、呼んで差し上げないのですか? 嘘はいけませんよ」
天ノ川さんが反撃に回ったので、ここは僕も応援しておくことにしよう。
「そうですよ、ヨシノさん。約束は、ちゃんと守らないと」
「ミチノリさん、そんなこと言うと、ホントにそう呼んじゃいますよ!」
「ええ、構いませんよ。僕は呼ばれ慣れていますから」
「ごめんなさい……あたしが悪かったです……」
ガラガラッ――と教室の前の入り口の戸が音を立てると、席を離れていた子たちは皆一斉に自分の席に戻る。
「はい、みんな席に付いて。ホームルーム始めるわよ」
背は高く、声は低めで威圧感がある。厳しそうな先生という印象だ。
「起立」
「礼」
天ノ川さんの号令で皆、起立して礼をする。
「着席」
「おはようございます。みんなの顔も名前も憶えていますが、久しぶりなので、まずは改めて自己紹介します。4年生の担任になりました
昨年の5月に結婚5年目にしてようやく男の子と女の子の双子を授かりまして、産休と育休で1年間お休みをいただいておりました。
この学園の皆さまのご協力のお陰で職場復帰することができまして、息子と娘は寮の育児室で元気に育っております。育児実習の際には4年生のみなさんのお手を煩わせますが、どうぞよろしくお願い致します」
育児実習? 少なくとも男子校だったらそんな授業はないだろう。女子校にはあるという事なのか、それともこの学園だけが特殊なのだろうか。
校長先生の話や、あの校歌を聴いた後だと、この学園ならむしろあって当然のような気もする。ここは花嫁修業の場で、嫁入りを前提とした本当の意味でのお嬢様学校なのだ。だからこそ僕にとっては花婿修業の場となり得るのだろう。
「それでは出席を取ります。
「はい」
「
「はい」
「
「はい」
「
「はい」
――中略――
「
「はい」
「
「はい」
「全員出席ですね。それでは甘井さん、簡単で結構ですので、こちらで自己紹介をお願いします」
「はい」
立ち上がって黒板の前に向かう。
一応何を話すか考えて準備はしていたけれど、ものすごく緊張する。
僕は教室全体を見渡して一礼し、深呼吸をしてから自己紹介の挨拶をした。
「この学園が共学になって最初の男子生徒となりました、甘井ミチノリです。おそらくみなさんはもっとイケメンで素敵な男子が来ると思って期待されていたと思いますが、期待を裏切ってしまって申し訳ありません。
昨日、寮で同じ部屋の1年生から『何で敬語なの?』とお叱りをうけてしまいました。そんな性格ですので、あまり期待しないでいただけると助かります。
分からない事だらけで、いろいろとご迷惑をおかけすると思いますが、どうぞよろしくお願い致します」
最後に深く頭を下げる。
やっとのことで挨拶を終えると、まばらな拍手の音がパラパラと聞こえる。
「随分と謙虚な自己紹介でしたね。立派なお嬢様には謙虚さも必要ですから、みなさんも見習わないといけませんね」
新妻先生のコメントで教室の女の子たちがどっと笑う。
けなされたのか褒められたのか、僕にはよく分からなかった。
「せっかくの機会ですから、校長先生がおっしゃっていたように、ここでクラスメイトにアドバイスを頂きたいと思います。甘井さん、よろしいですか?」
たしかに校長先生がおっしゃっていたが、これは想定外だった。
まだ初対面なので、日ごろの行いを審査できるような立場ではない。
「僕からですか? 何についてアドバイスをしたらいいのですか?」
「そうですね、それでは、質問形式にしましょうか」
「はい。僕に答えられるような質問でしたら」
「では、質問がある人は挙手して質問してください」
大丈夫だろうか。不安になってきた。
「はい」
最初の手はすぐに挙がった。
「どうぞ」
まだ名前を覚えていないので、右手を前に出して質問を許可する。
「男性から見て、魅力的な女性とはどのような人ですか?」
いきなり難問だ。
「う~ん、そうですね、校長先生が新入生に向けておっしゃっていた通りだと思います。上品で、しとやかで、やさしくて、すぐれたお嬢様は……とても魅力的だと思います」
「もう少し具体的にお願いします」
「具体的に……『他人の悪口を言わない』とか『イライラせず落ち着いている』とか、ですかね。あまり男女は関係ないかもしれませんが」
「ありがとうございました」
僕が苦手なタイプを否定しただけなのだが。
こんなので、ホントにいいのだろうか?
「はい」
「どうぞ」
「この学園では校則で化粧が禁止されていますが、どう思われますか?」
こういうのなら簡単だ。
「必要がないからだと思います。顔を洗って、歯を磨いて、髪をとかすだけで充分だと思います」
「では、容姿に自信がない人はどうしたらいいですか?」
「そうですね……無理に自信を持つ必要はないと思います。ですが、ここにいるみなさんは容姿に関しては全く心配しなくていいのではないかと、僕は思います」
「ありがとうございました」
けっこう面白いかも。
「はい」
「どうぞ」
「制服については、どう思われましたか?」
「とても地味だと思いました」
僕が即答したので教室内は爆笑だった。みんなもそう思っていたからだろう。
「――でも、それはきっと中身を磨いてくださいという事なのだろうと思います」
「ありがとうございました」
「はい」
ヨシノさんか。なんか顔が最初からニヤニヤしている。
「どうぞ」
「男性は胸が大きい女性が好き、というのは本当ですか?」
予想通りの質問だ。正直に答えよう。
「人それぞれだとは思いますが、『大きい胸が嫌い』という男性は、ほぼいないですから、胸が大きければ気を引くことはできると思います」
「一般論ではなく個人的には、どうですか?」
やはり、そう来ましたか。
でも、その答えは昨日から決まっていた。
「僕自身は胸が大きい女性も小さい女性も、平らかな女性も、みんな好きです」
何も迷わずに答えられた。3人のルームメイトたちのおかげだ。
僕は心の中で3人に感謝した。
「ありがとうございました」
「では、今日のところはこれで。甘井さん、どうもありがとうございます」
新妻先生が僕に頭を下げる。僕も最後に深く頭を下げてから自分の席に戻る。
教室には自己紹介のときよりも大きな拍手の音が鳴り響いていた。
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