14.蹄鉄騎士団


 午前八時半。

 騎士見習クラスの初戦も間近にせまったチーム日本の大テントは、大人たちも巻き込んでの大騒ぎ。


「わ、わたしのヘルムどこっ?」

「落ち着いてくださいセンパイ、さっき調整して机の上です」

「む。テーピングが気に入らな、い……」

緩衝材パッディングがゼンゼン足りなぁいー!」

「あっはは、やっぱバタつくもんだねー」


 備品のボストンバッグから、香耶乃かやのがひょいひょいと予備のテーピングとパッディングを取り出しつつ笑います。

 パンパンと野木さんが手を打ち声を張りました。


「はいはい、いい加減着替えくらい済ませてちょうだい! ただでさえ時間が押してるのに、これじゃ熱中症で倒れた男連中を介抱する羽目になるわよ!」


 今日の気温は27度。日本の夏に比べていくぶん過ごしやすいセルビアですが、それはシルクやコットンの平服で参加する一般人の感覚。


「見送りだからってわざわざ鎧上タバードまで着こむんだから、あの甲冑バカどもは」


 言って汗をぬぐう野木のぎさんの装いは菫色すみれいろのワンピース。動きやすそうでなおかつ広く開いた首回りが野暮ったく見せないデザインのもの。

 四夏しなつはといえば一足先に着付けを終えさせてもらっています。


「――、」


 しゅる、と衣擦れの音。

 隣ではさくが鎧の下に着る装束にそでを通したところでした。白地に銀のつるが刺繍されたそれは、赤根谷翁あかねやおうの馴染みの店で仕立てられたもの。汚れやすいからと今日の今日まで着けてこなかったとっておきのです。

 閉めきられた室内にぼうっと浮き立つような光沢のたもとを、一方は逆の手で、もう一方は口にくわえたひもでからげた朔がチラリとこちらを見遣ります。


「ふぁんへふは」

「へ、あ、いや、キレイだなって」


 軽い気持ちで口にして、また小言のひとつでも飛んでくるかと身構えましたが。


「……やめてください」


 ぷっと紐を唇から離した朔は困ったように顔を伏せ、両肩を抱きます。


「ただでさえ浮かれてるんですから。センパイにまで褒められたら穏やかじゃいられません」

「え、ぁ、ごめん」

「いえアタシこそちゃんとしないと、っひあ!?」


 ぎゅっと腕に顔をうずめた朔の首筋に冷たい水筒を押し当てたのは香耶乃。


「ふっふ、さしもの朔っちゃんも緊張してるね?」

「もうっ、してま……いえ、そうですね」

「わかってるなら問題ないよ。プレッシャーをいい方向へ爆発させられるのが一流だからね」


 よくあること、と笑い飛ばす香耶乃を朔はジロジロと。


三木田みきた先輩は平気そうですね」

「そりゃ私はまあ、それもシゴトのうちだからね」


 軍師が慌てちゃ戦にならないでしょ、とおどけた香耶乃に。


「……ちょっと集中しなおしてきます」

「おー、まあほどほどにねー」


 部屋のすみの鏡へ向かった朔にひらひらと手を振って香耶乃は、ふいに神妙な顔になると四夏へ顔を寄せます。


「四夏っちゃん、私やばくなったらあの子のフォローに回る」

「え」

「だいぶガチガチになっちゃってるから。あの程度じゃホントの気休めだよ」


 言われて見直した朔の背中はいくぶん強張こわばって見えました。

 香耶乃はそっとため息。


「一流なんてそう居るもんじゃない。ま、二流三流がそれに勝てないなんて思わないけどね」


 頼んだよ、と強めに背中をたたかれ四夏にもスイッチが入ります。

 着替えを終え日本キャンプを出たころにはもう試合が直近にせまっていました。





 戦場の内外をへだてるゲートを越えた瞬間。

 どっと会場全体の視線と歓声、ざわめきとうねりが覆いかぶさってきます。

 胸の下から上へぎゅうっと押し上げるようなそれを息を止めてシャットアウトする四夏はさすがに昨日で慣れたもの。いまだ無人の中央へむけ進みだして。


「あれ」


 急に心細くなった景色に振り向くと。


「行こう」

「う、うん」

「言われなくて、も」

「……!」


 出足の遅れたメンバーを香耶乃が肩を組むように押し出したところ。

 ほっとした四夏が前を向けば完成する横一列。


(みんなこれが初めてなんだ)


 何事にも動じないイメージのりんでさえ。香耶乃もきっと必要だから何も感じないフリをしているのだろうと分かります。


(わたしは昨日ひと足先に戦えた。皆が送り出してくれたおかげで。なら今日はわたしが)


 ダメージや疲れが、なんて言っていられないと剣を握りしめれば、対面のゲートからは雲霞うんかのごとくわきあがる大きな鎧影よろいかげ

 観客席の片側からひときわ強烈な歓声が寄せてきます。かかげられた旗や横断幕おうだんまくには青ストライプに星の散った『PLUTO』の社章がいくつもみえました。


「ようこそ」


 ギャラリーに大手を振って答えたあと、リーダーのロデリックは丸太のごとき両腕を広げました。それだけで待ち構えたはずの四夏たちが一転、胸を借りるかのような構図に。


「新たなライバルと出会えたことを嬉しく思う。トシナオたちとの再戦が叶わなかったのは残念だ。彼には去年勝ちはしたが危ないところだったからね」


 目を見張って顔を見合わせる四夏たち。

 ロデリック選手のどうみても西欧風な、言葉を選ばずいえばアマゾンの熱帯雨林を切り開く探検家がアリゲーターとぶつかり合わさったような野趣やしゅにみちた容貌から発される流暢な日本語に。


「えっと、よろしくお願いします!」


 朔がシャンとして前に出れば、正面に立つ細身の騎士がそれに応じます。

 蹄鉄騎士団デトロイト・ホースシューズの鎧は全体の雰囲気こそ流線状のすじが体表の凹凸に沿うように流れる現代的なもので統一されていますが、それぞれが体形に完全にフィットしたフルスクラッチのもの。

 朔の手を握りかえした彼女のそれは女性の為に造られたものと一目でわかりました。


「サマンサよ。ヨロシクね、キュートなお侍さん」


 ややなまった調子の大人びた声。

 面覆バイザーをあげた彼女は続けて英語で、


「すてきなbric-a-racブリカラックだこと」

「……?」


 早口だったからか、イマイチ聞き取れない単語に小首をかしげて朔は会釈。

 赤い唇をニッコリと吊り上げてサマンサはきびすを返します。その顔がロデリック選手へ向けられました。


「三国志にアラビアンナイト、今度はアキラ・クロサワ? わたくし仮装パーティに来たつもりはないんだけど」

「おいおい」


 肩をすくめるロデリックに、ピタリと固まる朔。


「聞こえるよサマンサ」

「どうぞ、聞き取れるものならね。わたくしたち西側の伝統を安っぽいお国自慢でとっ散らかすのはやめてもらいたいものだわ! 職人芸なんていうわりにお尻が軽いったら。まぁ、プロモーションの客寄せくらいにはなるってパパなら言いそうだけど」

「もちろんその通りさ。社長ボスの仰せのままにだ。ひいては君のね、ハニー」


 けんけんと言いつのる彼女の腰を抱いて自陣へ歩きながらロデリックが一瞬、気づかわしげな視線を寄こします。けれどすでに朔は背を向け進みだしていました。


「ちょい待ち朔っちゃん!」


 慌てて追いかけた香耶乃が何事か語りかけるも黒鉄地の篭手こてがそれをぐいと押しのけます。


「あっちゃあ」


 四夏へむけて首をふる香耶乃。

 とにかくも自陣である東端まで駆けつければ、予想よりも静かな目つきの朔が迎えました。


「【散兵陣ワンオール】から【密集オールワン】へ。で、いいですね」

「オッケー、でもちょっと落ち着こうか。短気を起こしちゃ勝つものも負ける」


 香耶乃が強い言葉でいうと、朔はようやくそれを一にします。


「ありがとうございます、三木田先輩。それにみなさんも」

「お、おぅ?」

「思ってもみませんでした。自分がこんな素直に怒れるなんて」

「……いや、しょっちゅう怒ってると思うけど」


 思わずつぶやいた四夏へ流れる面覆めんぽお越しの目。

 それがすぅっと笑みの形に歪むのをみて背筋を冷たい風が吹き抜けた心地がします。


「すみませんがフォローをお願いします。いくら言い聞かせても収まらないものは収まらないので」

「……不倶戴天ふぐたいてんの敵にうては、必ず此れを討たんとすべ、し」


 イマイチ状況が理解できないらしい杏樹あんじゅの横で、ずっと黙っていた凛が口を開きます。


「芯を曲げられた刀はそのうち折れ、る。誇りを傷つけられた相手を捨て置けば、自分が自分じゃなくな、る」

すえ先輩……」

「やるべ、し」

「うん。するよ、フォロー。任せて」


 茶々をいれた形になってしまった気まずさから四夏も便乗すると。


「うー、よっし分かった! しょうがない、このまま行こう! 途中の指示は私が出す!」


 パンッと自分の両頬をたたいて香耶乃もうなずきます。

 位置につく直前、寄ってきた杏樹がひそりと訊ねました。


「ねえ、何て言ったの。あの子。そんなヒドいこと?」

「いや、わたしもよく――」

骨董品bric-a-rac


 凛が追い抜きざまに短く答え。


「朔の誇りを、あれはガラクタっていった」



 開始の号令を待ちかねたように両陣が飛び出せば、接近はあっという間。

 四夏たちは横一列、大きく間隔をあけた散兵さんぺい陣をとっています。ともすれば各個撃破かっこげきはもある隊列ですが【三つ編み騎士団オーダーオブブレイズ】にそれを行う相手はほぼいないといえます。なぜなら。


「ハハハッ、いい度胸だと褒めるところかな!」


 一対一なら圧倒できる、と思わせるだけの体格ハンデをこちらは抱えているがゆえに。

 まっすぐ正面の四夏へ突っ込んでくるロデリック選手。その戦術はほかの四選手も同様で。


(ひっかかった、カヤノの予想通り!)


 もともと【蹄鉄騎士団デトロイト・ホースシューズ】は小策を弄するタイプのチームではありません。確かなパワーとテクニックがあれば、相手の陣形にあわせ同形陣をぶつければ必然地力勝負へ持ち込める寸法。

 しかしここからが作戦の真骨頂しんこっちょうと、四夏がヘルムの内側で耳をそばだてたその時。


停止ホールド! 停止ホールド!』


 今大会初かもしれない、けたたましいホイッスルが響き渡っていました。

 たがいにあと数歩寄せれば剣撃の間合いという場所で立ち止まりあたりを見回す選手たち。目の前のロデリック選手にならって面覆バイザーをあげれば、皆同じように視野を確保しています。

 


「あ、か……ア……ッ?」


 わなわなと全身を震わせて膝を着くサマンサ。

 その喉元、ヘルムと喉当てのわずかな隙間。首の可動域を確保するため必要なそこから、小刀あいくちさやが生えています。

 その一間いっけん手前には、低く重心を落とし投げ放った飛刀の残心ざんしんをとる朔の姿。

 陽光にきらめく絹糸威きぬいとおどし大袖おおそでが、一呼吸分ゆっくりと沈みました。


「――お望みとあれば桑畑くわばたけ三十郎さんじゅうろうでもなんでもやってみせますけど。高くつきますよ、初披露バージンですから」


 判定板が示したのはダガーによる致命傷クリティカル判定。

 ワアッと歓声とどよめきが会場全体を覆います。山鳴りのようなうねりの中、香耶乃がぶるりと背筋をのばして叫びました。


「ひゅ~大胆! さいっこう、惚れちゃいそう!」


 慌ただしく柵の外を走り回る審判団。


「冗談じゃないわッ、こんなシュリケン――!」

「ヒトウだよ、あれでサムライの技さ」

「そんな蘊蓄ウンチクどうだっていいのッ!」

「おっとその通りさエンジェル、公正なジャッジがあるはずだとも」


 鎧の隙間から小刀を引き抜いたサマンサとそれをなだめるロデリック。

 貴賓席きひんせきでは開会式で演説したプロフェッサー・フィックが立ち上がり何事かを叫んでいます。その脇で首をかしげる重役らしき数人。


『――非騎士的行為アンナイトリー、無効判定! 両チーム四半線クォータラインから試合再開!』


 主審がそう告げたのはゆうに数分はたったころでした。

 たちまち会場は安堵とブーイングでごちゃまぜに。メディカルチェックに入っていた実行委員から小刀を受け取った朔は、粛々とした様子でその判定にうなずきます。


「そん、な、何で……?」

「まー前例ないだろうしねー、そんなこともあるよ」


 ニマニマと楽しそうに笑いながら面覆をおろす香耶乃。

 軽い足取りで開始線へおもむくと、集まった全員の顔を見回して言います。最後に朔へ目を止めて。


「おかげでいい流れが来た。ナイスプレー」

「別に、半分は運ですよ。あの人、相手を見越そうとしてあごがあがるクセがあったので」

「またまたぁ、あの状況でそれだけ見れてりゃ大したモンだって」


 今更に照れたようにうつむく朔の肩を叩きます。


「さあ頭は冷えて体はあったまったね? 頼むよリーダー」

「……言われなくても」


 再開。

 朔の号令で先のプレーと同様に広がっていく五人。

 鏡写しのように寄せていく両陣営。それはまるでリプレイ映像のごとく。


「小娘ェッ!」


 変化が生じたのはサマンサが怒気とともに剣先を起こしたその瞬間。


密集オールワン!」


 朔の号令一挙ごうれいいっきょ、五人全員が敵陣中央に進路を急変。

 散兵から密集へ。挑発ちょうはつ的に広げた敵陣の一点を全員で突き破る一度きりの奇襲策戦。


「潰せー!」

「やああっ!」

「ちぇああっ」

めつ


 呆気にとられたように左右を見渡した蹄鉄騎士がなすすべもなく揉みくちゃにされるのに、ロデリックの厳しい指示が飛びます。


「フラッグ!」


 言い終わるよりも早く、敵を抑え込んだ人山ひとやまからひときわ小柄な影が抜け出していました。

 ピンクの装飾マント、小鬼のような丸角まるつのを埋めるたっぷりの花飾り付き巻布トルスから、もみあいで散った花弁はなびらが足跡のごとく軌跡をえがきます。


「わっ、とあちゃ、ちゃちゃっ!」


 奇声をあげかした両足で無人の敵陣をつっきり、タイムアウトの旗を奪取。


陣地急襲Base was attacked!』

「よっし! 前線上げた、こっからだ!」


 前評判をくつがえして主導権を握りつづけて4対5。相手を陣最奥へ押し込んだあとの作戦会議。


「さて、相手さんもそろそろ本気だ。とはいえまだこっちの評価は弱兵。ここらで少し見せておくのもいいかもね」


 香耶乃のアイコンタクトにうなずきかえす朔。


「杏ちゃん四夏っちゃんのコンビプレーでいこうか。杏ちゃん、×、いける?」

「う、うんっ! やぅるっ!」


 いき過ぎなほど意気込んだ杏樹を四夏はすこし心配。


「じゃ、いこうか。春山シュンザン選手直伝、“金床と鉄鎚アンヴィル&ハンマー”だ」


 陣形は3:2の横一列。歩兵フットソルジャー三人で敵をくいとめ猟兵イェーガー二人で側面を強襲する破壊力重視の陣形。

 意図をみてとったか、相手も2:2で間隔をあけて立ちます。同数の猟兵でこちらの方策コンセプトをつぶしつつ、勝る体格フィジカルで人数差を覆す構え。

 号砲と同時、四夏たち五人は隊列を保ったまま、大きく斜め前へ進出しました。


警戒ケア!」


 サマンサの命令が飛びます。そうさせる程度には予想外の動き。

 ズレてかみ合わなくなった互いの前線、このまま進めば敵とぶつかるのは四夏と杏樹、たった二人。

 。瞬間的にでも半数以上が遊兵と化すこの展開は。


フザケるなアアアアッDon't give F■■k with us !!!!!」


四人を二人で防いでみせるという、1プレー目をしのぐ挑発にほかならず。


「「包撃ラップ!」」


 ふたどもえに互いの歩兵を包み合う両チーム。

 互いの尾を食うへびのように、こうなればどちらが先に相手を呑みこむかという短期決戦。

 まっさきにその牙むく口腔へ取り込まれたのは誰あろう。


三人を十秒3×10ぅ!」

「杏樹ちゃん――!」


 四夏は彼女の名を呼びます。一緒になって朔や凛たち猟兵イェーガーを背後に隠す位置を取りながら。

 杏樹の上段前向『雄牛オックス』に構えられた剣が敵の刃を叩きつけられくにゃりと流れ。


「ッ」


 次の瞬間には迫る二人目の眼前に突き付けられています。のけぞる相手騎士。

 四夏もまた、突進してきたロデリック選手の剣を受け止めねばなりませんでした。

 ドズン、と腰骨からもっていかれるような鍔迫合いバインド


(っ、この人)

「ハハハアッ!」

(分かりやすい! けど、重い!)


 迷いなく、たとえ自分が打たれようと貫徹かんてつし振り抜かれる剣はまさしく重装騎士。ギュンと切り返された幅広はばひろの剛剣を息を止めてはじき返すと。


(こん、な、本当に大丈夫!?)


 案じたのは自分の戦いではありません。このレベルの選手を三人、それも同時に受け持たねばならない杏樹のこと。

 一瞬で揉みつぶされれば壁にはなりません。少なくとも――


「ちえ、ぁあ、あああ――――っ!」


 視界いっぱいのロデリック選手の向こうから、悲鳴のような叫びがほとばしっていました。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る