3.交剣

 ホテル前の広場へおりると排気ガスのにおいがかすかに鼻をつきました。

 何台ものバスや路面電車トラムが出入りするロータリーの中央には巨大な、馬にまたがり彼方を指さす男性の銅像がそびえています。

 周囲の劇場の軒先に広がるカフェテリア。そのかたわらに建つ時計塔が待ち合わせ場所、ということでしたが。


「Hi、さっきぶりですね……」


 再開した【山熊騎士団オッソ ダ ピレネーズ】の三人、マリア、ヨン、ウーナは憔悴しょうすいした表情。わけをたずねれば。


「ここ~空気がけむくて~人も多いし建物も高いし~……」


 四夏よりひとつ高い位置にある頭をくらんくらんと揺らしてウーナは空を仰ぎます。


「なんだかおのぼりさんみたい」


 杏樹あんじゅがもらした感想になるほどと四夏はうなずきます。自分もはじめて都会へ出かけたときはあんな感じだったような。


「俺たちのこと田舎モンだって思ってるんだろう、気に入らねえ」

「事実でしょー。ヨン、みっともないからやめてよね」

「あと~ここに来る途中で戦争で壊されたビルを見ちゃって~」

「そ、それ! わたしたちも!」


 思わぬ共通体験に四夏は思わずかかとを浮かせます。もう消化したとはいえ同じ経験をした相手と話すとホッとするもの。五人と三人はたがいにその衝撃を口にします。


「……それで、このあとの予定なんですけど」


 一段落したのを見計らってマリアが切り出しました。事前に聞いたところでは市内観光という話でしたが。


「予定では街中心のカレメグダン要塞を目指すはずだったんですけど。実物の戦車や迫撃砲が展示してある……」

「あー」


 正直いまそんな物を見る気分でないのは自分以外もだろうと四夏は思います。


「ですが! いま言ったこともあったので方角を変えようかと。あちら側へ」


 マリアは要塞のある北を指さした腕を、西側へとスライド。


「あっち、って観光スポット的なものは……鉄道博物館とか大聖堂とかだっけ?」


 香耶乃かやのはしっくりこない表情で首をかしげ。しおりにあった情報といえばそれくらいです。

 マリアは得意気にふくっとした唇をゆがめると。


「ご存じですか? 大会期間中、IMCFが選手用に借りている練習場があるんです」

「えっ? あ、そういえば……」


 さくが手提げのバスケット風バッグを開きます。取り出されたのは運営委員会からの連絡メールのプリントアウト。四夏などは英語びっちりの文面を見るなり人任せを決め込んでしまった代物。

 ぎゅ~っと両目をしかめてマーカーペンだらけの書面をにらんだ朔はその端っこを指しました。


「たしかにスペースを用意する、とだけ書かれてますけど……」

「運営にメールで質問したら場所を教えてくれました」

「なにそれぇ不親切」


 ぶーたれる杏樹。それからハッとしたように周りを見て。


「え!? そこ行くの、今からぁ!?」

「ニブいヤツ」


 とっさ身を引こうとしたその腰をガッと掴むりん。まるで普通の観光客のようにゆったりしたニットとスカート装備の杏樹はオフを楽しむ気満々だったようで。


「いーやぁーショッピングぅー! アイスクリームカフぇー!」

「イヤなら来なくていいんだぞ。敵に手の内をさらすメリットなんてないからな」


 女子9割の空間から一歩引いて腕組みしたヨンがぶっきらぼうに言いました。


「も~ヨ~ン~、トゲトゲしないで~!」


 大上段からおおいかぶさるようにその肩を揺すぶるウーナ。大きな胸がヨンの頭上でフヨンフヨンと形を変えます。


「馬っ、鹿、首を押しこむなっ」

「そーそ、さらして困る手札カードなんて私たちにはないでしょー」


 うんざりしたように言ってからマリアは四夏たちへそっと手を合わせます。


「わたし、したいわ。シナツと試合! オネガイシマス!」


 ばさっとキャラメル色の髪が目の前をおおいます。いきなり日本式でお願いされて四夏は反射的に応じました。


「わっそんな、こちらからお願いしたいくらいで……!」

「それ、オーケーって意味!?」


 大きな大きなタレ目がパシパシとまたたき。四夏はいちおう形ばかりに背後を気にしてみます。

 うかがわれた朔が呆れたように微笑みました。


「いいと思いますよアタシは。調整はどっちにしろ必要ですし」

「ま、観光に比べたらそっちが先だよねぇ。作戦の確度を上げるためにも、ね」

「そりゃそうだけどぉ、せっかく海外にきたのに……」


 香耶乃も賛同。いっぽうまだ未練がある様子の杏樹はワラを掴むように凜を見ます。

 凜はじーっとウーナを上から下までながめてから。


「構わない。その代わり――」





 真新しい四列席のバスは八人をのせ中心街から遠ざかります。


「――じゃあウーナがチームリーダーなの?」


 重たい鎧袋よろいぶくろを軽々と頭上の荷物棚へ押し上げながらきょとんとこちらを見るウーナ。


「う~ん? たしかに言い出したのはわたしだけど~」


 ピンときていない様子からはそんな風に見えないなと四夏は思います。最初は入学したての自分のように体格からスカウトされたのかとも思いました。

 もっとも今は楽しそうに競技と向き合う彼女からたしかな熱量を感じているのですが。


「むしろ俺たち二人、コイツに引っ張られたんだ。でなきゃこんなところに来てない」

「も~すぐそうやって他人事ひとごとのフリする~!」


 ドア隣の壁にもたれて斜に構えたヨンにウーナはぷんすか。

 マリアがちゃっかり二人席の窓側に陣取って補足します。


「私たち三人、小さい頃から家が近くてね。一年前に競技をを知った時も私とウーナは一緒にいたわ」

「そう! すっごく格好よかったの~スキー場で!」


 ぱあっと顔を輝かせたウーナに、


「いやワケわからんだろその説明……」


うんざり気味のヨン。


「私たちのアンドラは雪ぶかい町でね。半分以上ウィンタースポーツのレジャー客でもってるところなんだけど」

「温泉もあるの~連休シーズンはとっても賑やかなのよ~」


 日本の長野県や北陸地方のような場所を四夏はなんとなくイメージします。


「スキー場のロッジでバイトしてた私たちのところへ泊まったのが、高地トレーニングに来たフランスの騎士見習スクワイアチームだったの」

「フランス!」


 四夏は立ったままもたれたシートから体を浮かせました。個人的にはイギリスと並ぶかそれ以上の騎士の本場。幼い頃にあこがれたシャルルマーニュ十二勇士物語の印象はそのままに、強豪と言ってさしつかえないの国の選抜チームの映像も繰り返し見て記憶にあたらしく。


「もう~ドキドキしちゃって~。わたしたちと同年代なのに違ったの。ろうそくの灯と石炭の炎くらいに」


 心なしか上気したほおへ手をあててウーナが流れゆく車窓へ目を移します。


「キズだらけでゴツゴツしてて~、降る雪がよけていくみたいな熱気があって。うらやましかった。何を目指したらこんな風に頑張れるんだろうって」


 立った腰のあたりへフワフワした感触。見おろせば杏樹が通路席からウーナの話に聞き入っていました。


「わたしたちはピレネー以外の山を知らなかった。その先にある景色も。そこに暮らす人たちがどんな山に向き合っているのかも。だから思ったの、戦わなきゃ~って。わたしたちも」

短絡たんらくなんだ。スポーツならもっと他にもあっただろうに」


 肩をすくめてヨン。ウーナは唇に指をあてて宙を見つめます。


「え~でも~、わたしニブいから球技はダメでしょ。足だって遅いし~。それにやりたいって言った時、すぐにヨンが一緒にやるって言ってくれたから~」

「あれは! お前を一人で突っ走らせると俺がおじさんに怒られるからだ!」


 声をあらげたヨンに集まる乗客の視線。スッと窓外に視線をなげて他人のフリを決め込んだマリアが口だけを動かします。


「はいはい、痴話ゲンカなら人の少ないところでね。さっさと付き合ったら?」

「おっ……」

「も~なに言うのよマリア~馬鹿馬鹿~!」


 席へなだれこむようにマリアを叩くウーナを先とは違う興味の目でみる四夏たち。


「へ、二人ってそうなんだ……?」

「幼なじみでなんてロマンチックぅ」

「おーオイシイ位置だねぇマリア、羨ましい」


 口端がニヤつくのを抑えられない四夏と杏樹、香耶乃。


「ロクでもないほうの幼なじみがなんか言ってる」

「三木田先輩だって似たようなものじゃないです?」


 凜と朔が一歩引いてそんな三人を冷やかすと。


「と、とにかく~」


 集まる好奇に気付いたウーナが顔を真っ赤にして両腕を振りました。


「わたしも必要なことをやってるだけじゃダメだって思ったの。勉強にお手伝いに、それだけじゃ目の前の山も登りきれずに終わっちゃうって」


 ほの明く燃えるようなウーナの瞳に、さっきぶりに外を流れたビルの爆撃跡がうつりこみます。


「ロウソクから石炭になろうって。わたしは弱虫だからマリアとヨンにも助けてもらったけど。だから今すごく胸が苦しくて、すごく楽しい」


 まるで自分の心がウーナの口を通してもれ出したようだと四夏は思いました。ならきっと彼女も破裂寸前。一刻も早く、と願ってやまないはずと確信します。

 けれど決戦の舞台はまだもう少し先。このむらむらから自分はいつもどうやって逃れていただろうと考えて。


「……でもさっきのウーナの顔、石炭みたいに真っ赤だった」


 口真似くちまねに杏樹のすなおさと香耶乃の気安さをまぜていいました。実際出たのは半端に遠慮がちな声音といかにもおそるおそるな笑みでしたが。


「~~っ、もう~シナツまで! からかわないで~!」

「もぐゅ」


 紅潮したウーナの胸へ抱き込まれて目の前がまっくらになります。ふかふかしたウーナからは甘苦いタバコのような匂いがしました。





 バスを降りて芝生と木立の遊歩道を歩きます。

 運動公園然とした風景がさあっと開けたとき、杏樹が鎧袋を地面へなげだしました。


「わあ、ビーチぃ!」


 走りだして振り返ったその向こうには白い砂浜。そのきわをひたす水はき通って木漏こもれ日をチラチラと反射しています。

 サヴァ川の特にはば広い箇所にある中州と川岸の間をプール状に区切った5キロにもおよぶ湖水レジャースポット。


「アダ・ツィンガリア。≪放浪者たちの島≫って意味ね。水温はまだ少し低いらしいですけど」

「やったぁリゾートっぽい、ねぇねえ練習が終わったら――」


 シーズンには湖水浴こすいよく客で埋まるに違いないパラソルやデッキチェアの群れを抜けて駆けていく杏樹。

 その向こうで四夏たちの位置からでも見上げるような水柱があがりました。


「ひきっ!?」


 ばたばたと水滴が降り注ぐそのあとには波打ち際へ沈められた全身甲冑フルプレートの騎士。

 その目窓からゴボゴボと大きな気泡が次々と吐き出されると重たげな手足がもがくように蠢きます。

 それを駆けつけた別の屈強な男たちが引き揚げました。


собакаクソッたれ!」


 両脇から抱えられ鎧のスキマという隙間から水を噴き落とす騎士。

 びゃっっと戻ってきた杏樹が四夏の背中へしがみつきました。


「あれは……マント柄からしてウクライナチーム!? まさか優勝候補と居合わせるなんて! ウーナ、サインもらったら?」

「え~! ムリムリムリ、邪魔になっちゃう~」


 【銀月の騎士シルバームーン】の面々が参加した去年度大会の準優勝チーム。ポーランドには破れたものの一般トーナメントで暦年上位を保ち続ける国力は本物です。

 助け起こされた騎士は何事も無かったように川を背に構え直しました。対するは同様の鎧騎士十数人。

 彼らが列になりただ一人へ矢継やつばやに斬りかかるそのトレーニングは死の行列デス ライン。モンアルバンでも最も強度レベルが高いそれをぬかるんだ水際でおこなう彼らの練度がどれほどか、四夏は遠目にツバをのみました。


「四夏ぅ」

「うん……怖いね」


 さっきまで興奮に膨らんでいた心臓が冷たくちぢこまる感覚を、四夏は長く息を吐いて抑えます。立派な眉庇まびさしとトサカのついた兜、胴を包むあざやかな青と黄の鎧羽織サーコート。その重さをものともしない滑らかな剣戟けんげきはアーマードバトルという競技の極地。

 どん、と強めに後ろ肩が小突かれました。


「なに固まってるんですか。練習しましょう!」

「あ、うん、そうだね」


 叱咤してくれる朔にうなずき。確かにここまできて自信をなくすのも馬鹿馬鹿しい話ではありました。


 鎧の視野の狭さや慣性の大きさから、練習場所は離すのがマナー。というわけで四夏たちは浜からやや遠い川辺の木立を練習場所に選びます。まばらに針葉樹のはえた腐葉土ふようどの地面は浜辺よりいくぶんやりやすそう。


 更衣室で鎧に着替えてきたウーナは四夏たちを見渡すと、恥ずかしそうにしゃがみこみました。


「おやおやどうしたのウーナ」

「う~だって~、わたしの鎧ってばあんなに格好よくないんだもの~」


 ウーナの身体の多くは白の胴衣タバードで覆われており装備はわかりません。ヘルムは頂部のとがった桃形ももなりで、口元が犬のように前に膨らんでいます。


「そんなことないと思うけど……」


 四夏の疑問にマリアが苦笑しました。


「ほとんど中古で揃えたのでサイズがまちまちなんです。特にこの子はあちこち大きいぶんルールに合わせるためにかなり改造とかもしちゃってるので」

「言~わ~ないで~!」


 立ちあがったウーナがマリアの面覆バイザーを閉じふさぎました。


「ぜんぜん悪くないよ。アンドラからの参加者ってウーナたちだけなんでしょ? 大人も先輩もいないところから準備して揃えたの、すごいと思う」

「そうそう、今年からルールも変わって合う出物でものを探すだけでも大変だっただろうにねえ」


 四夏のフォローに香耶乃がのっかり。

 マリアの脇から手を突っ込んで振り回していたウーナが四夏の方を見ます。


「……ホントに?」

「うん! その紋章マークも格好いい」


 ウーナたちの胴衣タバードには赤と青で描かれた司教帽しきょうぼうと二頭の牛の紋章。アンドラのシンボルでしょうか。


「ヘルムの形も変わってるけどちょっとカワイイかも!」


 杏樹も同調するとウーナはやっと背筋をのばしてみせました。


「えへへ、ありがとう。ニホンチームはとっても個性豊かなのね」


 その視線は主に朔へ。

 けさ再会したばかりの四夏たちの鎧は出国前、入念に調整をかさねたもの。特に朔の和鎧は祖父であり甲冑師である赤根谷翁あかねやおうの最後の作品にして贈り物でもあります。

 他のメンバーもオーダーメイドの甲冑に身を固めていました。四夏のそれはかつてお姉さんも好んだミラノ式甲冑。


「統一感がないとも言いますけど……まあそれがいいところですから」

「おっ、朔っちゃんも分かってきたねぇ」

「前立てを触らないでください!」


 兜を飾る月輪がちりんのオーナメントをふり立てて香耶乃の手を追い払った朔がぐるりと見回します。


「じゃ、始めますか。最初ですしライトバトル1本制ルールで総当たり戦、でどうでしょうか」

「賛成! ……ええと、わたしはまずリンとやればいいのね?」


 同意し確認したウーナの前に凜が進みでます。


「そう」


 さきほど出発前、凜が出した一つの条件。


  ――その代わり、四夏の前に私が戦う。


 真意ははかれませんでしたがそうまで言うならと一同は了承したのでした。


 木立のあいだ、広場のようなスペースで凜とウーナは向かい合います。

 凜は来日時から変わらない十字目窓めまどの黒兜。同色のプレートメイルは彼女の成長に合わせ、朔の協力のもとピタリと身に沿わせてありました。


 ハルバードを長めに構えるウーナに対し、凜は脇をしめロングソードを顔の横、真っ直ぐに立てます。【屋根】の構え。

 その居ずまいがあまりに凄烈で四夏は不安をおぼえました。


「凜ちゃん、本番前だからね! 荒っぽいのはナシ!」

「……分かってる。四夏は、私がそんな野蛮な人間に見えるの」


 そんなことないけど、と口ごもる四夏。ほぼ初対面で朔のこめかみを弾きとばしたインパクトはまだ抜けていません。


「――互いの名誉にかけてオン ユア オナー

「マイレディ!」

「マイレディ」


 ジャッジのマリアが一歩引くと黄旗がふりあげられ。


「ファイト!」

「遅い」


 ウーナが第一撃を振りかぶると同時、その刃を追うように飛び込んだ凜が寝かせた剣を突き入れていました。

 即座、剣を【はたき切り】に返しての側面打ち。

 コンコンッ、とあっという間にウーナのヘルムが二方向へ跳ねます。


「……ぁ? あ、ヒット、ヒット!」 


 一拍おくれた宣言と同時、凜はスッと剣を下ろしてヘルムを脱ぎました。


「ありがとうございました」

「あ、アリガトウ……」


 まだ状況がのみこめないウーナに背を向け、凜は四夏たちに告げます。


「私はひとりで調整する、から。あとはよろしく」

「――おい、ちょっと待て!」


 それを制止する憤然としたヨンの声。


「……何」

「ずいぶんな態度だな。言いたいことがあるならハッキリ言えよ。俺たちじゃ練習相手にもならないってか?」

「ちょっと、ヨン!」


 その腕を引くマリア。凜はそれを冷めた目で顧みると。


「事実は、そう。でも気をつかって言わなかった」

「ヤロウ、もう言ってるだろそれは……!」


 マリアを振りほどいてヨンは自身の武器を一振りします。日本の片鎌槍かたかまやりのような細身で二本の穂先ほさきが直角についた長柄武器ポールアーム


「オレとも勝負しろ。ウーナの仇をとってやる」

「お断、り」


 再度きびすを返した凜の背中へ。


「逃げるなよ、傭兵女! そんなに自分の値打ちを下げたくないってか?」


 投げられた挑発がぴたりとその足を止めました。


「……傭兵、私が?」

「ああ、少なくともお友達って感じじゃあないぜ」

「……いいだろ、う。買った」


 ぞろりと地面からひきあげられるロングソードの切っ先。

 香耶乃があちゃあ、と天を仰ぎました。


「うーん、よし。これは完全燃焼させよう、じゃなきゃ遺恨いこんになるし。いいぞー、やれやれ!」

「無責任なこと言わないでください! よそ様の選手ですよ!?」

「ああもう馬鹿ヨン。猪武者ブルドッグも大概にして」


 諦めたように黄旗をとるマリアに、朔が審判を買ってでます。

 そして――


「――眩まし痺れさせる物Schlachenden Ort

「ぐああっ!?」

「あぁっや、やった! やってしまった!」


 何度目かの有効判定の末、凜の殺撃さつげきがヨンをなぎ倒します。剣を上下逆に、十字鍔クロスを先端としたハードヒット。


「ストップ! ストップです、そこまで!」

「も~う~ヨンばっかりズルい~」


 身体をわりこませ凜をおさえる朔と、尻もちをついたヨンの槍の持ち手を握りこむウーナ。


「はぁ、はぁ……いい加減、しつこい。……でもあなたの剣、そう悪くないかも」


 精一杯キレイな声真似をする香耶乃を、振り向いた凜がじとり。


「言ってない、そんなこと」


 脱いだヘルムからあふれた黒髪の下にはさすがに汗がひとすじ伝っていました。


「……でも、せっかくの機会をこれ以上ムダにしたくない。降参、気にさわったことは、謝る」

「お……」


 あまりにあっさりとした凜に言葉をなくすヨン。


「もともと、あなたたちを軽んじたわけじゃない。一人が好きなのは私の性格。そういう意味では、剣が私とチームの繋がり、なのかもしれない。間違ってない」

「いや! それは……俺が言いすぎた、悪い」


 あせって同じく兜をぬいだヨンが、汗でつぶれたたて髪をひょこりと下げて詫びました。


「そうだよ、よっし! じゃあ誤解もとけたところで川遊びでもしますか!」

「イェーイやったぁっ」

「待ってください何でですか」

「あっはは嘘ウソ、じゃあ適当にローテーションしながらそれぞれでってことで?」

「休憩中の人は周りの危険をチェックしてください。あくまでも調整です。よろしくお願いします」

「「はーい!」」


 香耶乃のひと声で空気も明るく、こういうところは本当にスゴイなあと四夏は憧れます。とはいえそれもウーナのキラキラした瞳と見つめ合うまででしたが。


「えっと、じゃあする?」

「ええ、オネガイシマス!」

「あはは、うん、こちらこそ」


 ぺこぺこと頭をさげ合い二人は距離をとって構えます。ウーナは先の反省からか、すでにポールアームを担ぐように構えた状態。


(一撃必殺ってカンジ)


 剣での防御をものともしないハルバードでの振り下ろしはウーナの体格もあいまって大変な脅威になるでしょう。ざわりと首の後ろが粟立つのを、いけないと一度目をつむって鎮めました。


(よし、それじゃあ……)


 この際だからいろいろ試してみようと、ワクワクした気持ちで四夏は一歩を踏み出します。





 そんなこんなで正午が過ぎ。


「あーー楽しかった~!」

「ちょっとちょっと、まだ燃え尽きるには早いわよー」


 普段着にきがえてぐーんと伸びをしたウーナにマリアが釘を刺します。はぁい、と首を回したウーナの視線がこちらを捉えました。


「シナツは東洋の魔女ね~。知ってるわ、昔そういうスポーツ選手がいたんでしょ?」


 ふられて四夏が香耶乃を見ると。


「あたしゃ生き字引きってワケじゃないよ。でも確か、バレーだっけ。その界隈じゃ今も伝説的なチームだよ。あっちゃんのが詳しいんじゃない?」

「あああたしは、やってたって言っても一か月くらいだからぁ」


 嫌なことを思いだしたとばかりに頭をかかえる杏樹。そんな様子に笑って四夏は返します。


「わたしも楽しかった。うん、ホントに楽しい、って感じ」

「なんですか、それ」


 朔に胡乱うろんな失笑をむけられ思案。

 振り返ればこれまで、ひたすら勝つために戦ってきました。お姉さんにも俊直たちにも、練習でさえその先の勝利を掴むために。

 こんな風に相手を尊敬し思い合いながらただ剣を交えることは思いだせるかぎり初めてで、その穏やかな心地よさに遠くきこえる川のせせらぎはひどくマッチして感じられます。


 でも、とウーナが言葉を継ぎました。


「やっぱり本番でも当たりたいわ~。だって本気で勝ちにくるシナツはきっともっと格好いいもの~」

「……ぁ」


 杏樹がはっとしたように離れて歩く凜を見ます。目があった彼女は特になにもなく視線を外しました。


「りんち……まさかそのために……? そんなの……」


 杏樹の顔色がみるみる陰るのに四夏は。


「どうかした?」

「うっううん! 何でもない、あああたしたちも伝説かなーやっぱり」


 露骨な話題そらしにじろり。香耶乃がそれを拾いあげます。


「そう思って取材を一個いれてあるよ。"世界に挑む史上最年少騎士"って触れ込みで」

「最年少って、俊直トシ先輩たちが出場したのと同じ齢じゃ……いや、犬塚君のほうが」

「朔っちゃんがいるからギリギリセーフ。OBなんて気にしない気にしない、必要なのは今の注目だから」

「ほんといつか凄惨な死をとげますよ先輩は」


 頭痛に堪えるように朔。一同は木立を抜けビーチへと戻りつつありました。


「うーんじゃあ、お昼ごはんはどう――」


 言いかけて四夏は言葉を失います。

 ほんの数時間前あとにしたはずの川岸。その変わり果てた光景を目にして。





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