14.調略
慌ただしい二日間が過ぎました。
その間に、部活申請が通り小さいながらも部室を得て、基礎練習などはそちらで行う環境が整いつつあります。さすがに他部が使っている体育館スペースを切り取るのは容易ではなく、
しかし定期テストあけの今日、午前授業のあとすぐに四夏たちが集まったのはモンアルバンのお城。
「香耶乃、遅いなあ」
倉庫群の隙間にある駐車場に、陽光が降り注いでいます。四夏は着慣れない
「自分が言いだしたことなのに遅刻してくるなんて……」
彼女はいまだ納得いっていないようにお城の二階あたりをにらみました。
「でもさすごいじゃん、雑誌の取材なんて!」
日差しを避けた建物の陰ではずむ声をあげたのは
クリーム色の筒型衣は腰のところが帯できゅっとしぼられ、大きめに広がった
ちなみに四夏は選抜大会のオープニングよろしく青のマントに分厚いズボンとチュニックで、腰には
カツカツとお城の階段を降りてくる二つの足音。
「いやあ~ゴメン、お待たせ!」
出てきた香耶乃がパチンと目の前で手を合わせます。その格好は。
(((魔女だ……)))
おそらく三人が三人とも同じ感想を抱いたであろうことを四夏は察しました。裏地が緑のフード付き黒ローブ。その下ではいつもの丸眼鏡ごしの眼光が三日月型に細められています。
「じゃ、出発しようか」
一緒に降りてきたヨコさんが停めてあったミニバンのドアを開けました。
§
大会の翌日、トレーニングルームで香耶乃が語った作戦は次のようなものでした。
『――実力と並行して私たちが手に入れるべきは知名度だ。それも競技をまだ知らない人たちへ向けた』
『アーマードバトルって競技名と私たちの顔だけは知ってる、そういう層ができれば運営へのアピールになる。内外に団体の力を示す世界大会に、私たちを関わらせないって選択肢はなくなる』
香耶乃が取り出したタブレット上のSNSには四夏たち四人のチームアカウントが開設されており、ちょうど香耶乃が参加したころから練習風景の写真等を上げ続けていました。
『フォロワーは今のとこ3000人。もともと私が個人的に持ってたアカウントのフォロワーと、昨日の大会の感想を書いてるアカウントへ片っ端から相互フォローをリクエストしといた』
『ついでに、興味をもってもらえそうな編集部や出版社にもね。企画をショートメッセージで送ってみて、さっそく返事をもらえたのがこの【月刊マッチ】ってわけ』
大会から帰るなり倒れるように寝てしまった四夏としては舌を巻くほかない行動力と準備の良さ。
事後報告で野木さんの許可もとったことを付け加えた香耶乃は最後にこう締めくくりました。
『プロジェクトの勢いは動いている人とお金の量で決まるの。大勢を巻き込んで始動した計画は、一度エンジンをキックすれば簡単には止まらない。作戦名【メディーバルガールズ5】始動だ』
『『びっくりするほど名前がダサい!』』
§
総ツッコミの入ったネーミングはさておき。
四夏たちを乗せたバンは都内のビル街を進んでいます。ハンドルを持つヨコさんが隣へ目をやりました。
「すごいなぁ、スポーツ雑誌の取材なんて俺もほとんど受けたことないよ」
助手席には香耶乃。さすがに怪しまれるということでフードは脱いでいます。
「高校生ってだけで美談にしやすいですからねー、そういう意味では得だなって思いますよ」
「ハハハ、三木田さんは大人びてるなぁ」
その後ろでは杏樹が四夏の髪を結ぶのに夢中になっていました。高速道路の手持ち無沙汰に頼んだが最後、こだわって放してくれず今に至ります。
「ど、どうしよう、緊張してきた、かも」
後ろ髪を三つ編みにゆっている指がかすかに震え。チラリと助手席からふり返った香耶乃が企んだ笑みを浮かべます。
「あっちゃんはねー、ハナシ振られると思うよーたぶん」
誰とでもすぐに距離を詰める彼女の馴れ馴れしさは杏樹へも例外ではありません。何でぇ、と奇声をあげた杏樹に答えて言うことには。
「一番ちっちゃくて可愛いでしょ。競技とのミスマッチ感が強い、みんなが興味を持つキャラクターってわけ」
「あー、確かに。でも……」
四夏は同意したあと、さらに後部座席をうかがいます。
「……なんですか」
フードをかぶり膝をかかえて座った朔は、杏樹に負けず劣らず長いまつ毛をじっとりと伏せてこちらを見返しました。
「えっと、その、大丈夫?」
「いいえ、今にも吐きそうです……
「何を競ってるの……」
取材を最後まで渋っていた朔はどうも本格的にこういう場が苦手らしく。
「で、でもさ、朔ちゃんほら、あの媚び……可愛いモードになれば平気じゃない? 演技するほうが素の自分を出すより楽ってどこかで読んだような」
「っ簡単に、言わないでください。アタシ誰にでもあんな風にできるわけじゃないですよ」
いつになく気弱な調子でこぼすと、見かねたように香耶乃が身を乗り出しました。
「まー朔っちゃんは最悪ダンマリでもいいよ、受け答えは先輩たちに任せてさ。ね?」
言うと四夏と杏樹を順にながめます。そう来られては四夏も腹をくくるほかなく。
「うん、まかせて。朔ちゃんが振られたら全部わたしが答えるから!」
「そんなわけにいきません、お荷物扱いしないでください……!」
返事は怒るというよりは拗ねた子供みたいでした。
「逆に考えなよ、リーダーは大きく構えておくことが仕事だってさ」
なだめる口調の香耶乃に、
「口から先に生まれたような人にこの気持ちは分かりませんっ」
恨めしそうな視線を投げてからそっぽを向く朔。
「古い言い回し知ってるねえ。ま、私にとっちゃ褒め言葉だけどさ」
香耶乃はさすがに参った様子で頭をかきます。
そうするうち、車がゆるやかに減速して停まりました。ヨコさんがバックミラーをのぞいて言います。
「さて、着いたけど。あんまりウチのホープに無茶させないでくれよ。
車二台がなんとかすれ違えるような路地に囲まれた、変哲もない雑居ビル。何段にも重なった看板の下から五つ目に『月刊マッチ編集部』の文字が。
迎えの時間の約束をして四人は車を降ります。一階はラーメン屋で、控えめな入り口と小さなのれんの向こうからスープの香りがかすかにしました。
「さ、行こうか。ニオイでもついたら台無しだ」
「こっ心の準備をさせてください」
「よしよし、大丈夫だからねぇ」
即エレベーターのボタンを押した香耶乃の後ろで、杏樹が朔の背中をさすっています。四夏は編まれて不思議な手触りになった後ろ髪をそっと昇降口の窓ガラスへ映してみました。
(あ、かわいい)
後ろ髪がスッキリまとまったことで輪郭がスマートになり、いくつもの曲線が整然と交差してできる模様はまるで彫刻細工のよう。杏樹の手先の器用さを尊敬しました。
5階にあがったエレベーターのドアが開くと、タバコとインクの匂いが鼻をつきます。
受付のようなものはなく、降りたらすぐオフィスという間取り。目の前には一応仕切りの
「まるで虎口ですね……うっぷ」
すでにグロッキーな朔を最後尾に残し、香耶乃が一歩進み出ます。
「すみませーん、お仕事中お邪魔します!」
反響する声からさして広くもない部屋だと感じました。仕切りの上から後頭部のつぶれたスポーツ刈りがひょいとこちらをのぞき込みます。
「どちらさ……うわあっ!? 誰ですか会社にレイヤーさん呼んだの!」
のけぞった男性が消えた後、向こう側で何かが倒れる音や書類が散らばる音。「うるせー!」と奥からの怒声に杏樹が首をすくめました。
「13時半にフタガワ様とお約束いただいてました、キャッスルモンアルバンの三木田と申しますがー!」
反対に怯むどころか競い合うように声を張る香耶乃。ここまで来ると四夏も感心するしかありません。すごい胆力です。
そのとき、仕切りの横から腰の曲がった老爺が顔をのぞかせました。
「あいすみません。担当の者がまだ帰っておりませんで、お待ちいただけますか」
穏やかな笑みをうかべた四角く広い
くたびれた背広について仕切りの向こう側へ踏み込むと、想像以上に雑然としたオフィスが広がっていました。事務机が二つくっついたものが計六つ、ですがうち四つは片方が書類やファイルで埋まっています。ようやくできたデスクの空白にしがみつくようにしてノートPCへ向かっている男性たちの格好はラフ、といえば良いですが少々薄汚れていました。
床まで進出した書類ダンボールに埋もれるようにして応接机らしきものとソファがあります。
「うわあ、いかにもって感じだねぇ。テンション上がるな~」
「何で嬉しそうなの……」
始めこそ視線の集中砲火をあびた四人でしたが、忙しいのかすぐにほったらかし状態になり。
四夏も香耶乃ほどではないものの余裕を持って周りを見ることができるようになっていました。
「ぁ」
ふと、小さく声をもらした香耶乃の視線を追うと。
(時代劇……?)
壁際に並んだスチール製のロッカー。例にもれず紙袋や何かの背表紙に埋もれたその上に、小型のテレビモニターが光っています。
やや画質の粗い画面の中では
「なぁにあれ、昔の番組?」
「ひゃっ」
耳元をかすめたウェーブヘアにびっくりして振り向くと、すぐそこに同じ方向を見る杏樹の横顔。
「そんな昔でもないけどねー」
「ふわっ?」
そのやり取りに気づいたのか、面白がるように反対側へ香耶乃の頬が寄せられます。そののラインの細さになぜかどきりとして膝に置いた手を握りしめました。
「時代劇はその方がらしく見えるからね。わざとザラザラ画質にしたりするんだ」
「センパイ、変顔の練習ですか?」
「べべべ別になんでも……っ」
指摘されて首を振る四夏。ほぐれた緊張に合わせたように、人数分の湯のみが並べられます。
お茶を運んできた老爺は立ったまま。
「お嬢さん、若いのに詳しいねぇ。あのビデオはここの編集長のお気に入りなんだ」
ゆっくりと曲がった腰の向きを変えるとテレビ画面を見上げます。
「昔ひいきだったプロレスラーが、役者に転向して最後に演じた劇だからってね」
その言葉に顔をあげる香耶乃。
「ウォーロック崎田……」
口をついて出たその名はリングネームか何かでしょうか。振り向いた老爺の目がしぱしぱと数度まばたきしました。
「本当によく知ってるねぇ。さてはアレだろう、プ女子ってヤツだ」
はっと我に返った様子の香耶乃は何か言いあぐねるように口を動かしたあと、
「いえ、企画の提案にあたってこちらのバックナンバーには目を通しましたから」
すっと膝の上で手を揃えると
老人が嬉しそうに破顔しました。
「ほぉ、そうかいそうかい、そりゃ感心なことだ。まぁまぁ」
追加で出された菓子器のフタが開いたところで、慌ただしく駆け込んでくる足音。
まだパリッとしたスーツにひっつめ髪の女性は四人と一人を認めるなり勢いよく頭を下げます。
「スミマセンっ、遅くなりました! わあ、皆さん可愛らしいコスチュームで……」
「馬鹿野郎、二川ぁお前どういう了見だ! そんなだから記事に穴ぁ開けるんだ!」
びくりと背筋を伸ばす四人。その怒声が今まで話していた人のよさそうな老爺の口から出たものとはにわかには信じがたく。
「申し訳ありません~! 編集長におかれましてはお茶出しまでしていただいちゃったみたいで何ていうかもう……!」
(編集長!?)
ぎょっとして振り向く四夏。そう言われてみると単なる定年再雇用のおじいちゃんらしからぬ風格があるような。
二川と呼ばれた若い女性記者は何度も謝罪を口にすると、改まった口調で言いました。
「はぁ、えっとはじめまして、『月刊マッチ』の二川です。本来はこちらから出向くところをご足労いただき恐縮です。さっそくお話を……」
傍らのカバンを解きながらチラリと背後で腕組みした老爺をうかがいます。
「……あの、編集長?」
「気にするな。たまには若ぇヤツの仕事を見て勉強しようと思ってな」
「ふえぇ……!」
額に脂汗をうかべてファイルを繰る二川氏。四夏たちは何だか肩の力が抜けたようにその様子を見守ります。
「えーと、それではまず皆さんがアーマードバトルを始めたきっかけなど――」
ただ一人、朔だけは最後までぎこちなさが拭えなかったものの。
◇
インタビューは終始――机を挟んだ向こう側はどうあれ――なごやかな雰囲気で進みました。
録音機のスイッチが切られ、立ちあがった四人に二川氏が疲れきった笑顔で言います。
「急なスケジュールに合わせていただいて本当にありがとうございました。必ずいい記事にしますのでご期待ください!」
「いつでも遊びにくるといい。もっとも、そんなヒマないんだろうが」
時間いっぱい彼女へにらみをきかせていた編集長へも合わせて、四夏たちは頭をさげました。
「こちらこそ、ありがとうございました。よろしくお願いします!」
代表して言った香耶乃。帰りのエレベーター内で、思いだしたように二川氏が訊ねます。
「そういえば、皆さんのチーム名などありますか?」
「えぇ、【メディーバルガールズ――」
「わあーっ! ストップ!」
三人がかりで香耶乃の口をふさぐと手の下の唇が不満げに突き出されます。
「なんでーいいじゃん、戦隊モノっぽくてさ」
「そっちに寄せる意味が分からない」
「えぇーと、あんまり可愛くないかなぁーって……」
「全体の士気にかかわります、変更を要求します!」
総スカンをくらい渋々とあごに指をそえる香耶乃。
「うーん、じゃあ何がいい?」
とたんに静かになる三人。開いたエレベーターを降りたところで杏樹がおずおずと手をあげました。
「えっと、部活で聞いたやり方だけど。身近なモノや理想を翻訳したりすると作りやすいって。例えばモンアルバンだったら……」
「【白い山】ですね。フランスに実際ある古城の名前です」
「理想……目標、スローガン?」
「一応注文をつけとくと、あんまり長いのはナシね。名乗るのも覚えてもらうのも大変だから」
その場でしばし考え込み、二川氏が口を開きかけたそのとき、
「…………三つ編み、は」
ふと窓ガラスを見て、後ろ髪へ手をやった四夏がつぶやきます。
「どうかな、可愛いし、なんだかみんなが
「おさげ、ね。何だろ、ブレイド、かな」
すらりと香耶乃があげた
「あ、じゃあじゃあ、皆どこかちょっとずつ結んでトレードマークにしない?」
ひらめき顔で提案する杏樹。いっぽう朔は口元へ手をあてて独りごちます。
「三つ編み騎士団、オーダーオブブレイズ、とか? 可愛すぎませんか?」
「どうかな、向こうじゃ髪を編む男性なんて珍しくないし、それに――」
香耶乃がその懸念を払うように補足しました。
「日本の鎧って組み紐が特徴でしょ。その意味も兼ねるってことにしちゃえば世界へのアピールにもなる。お爺さんの鎧も目立つんじゃない?」
「は? なっ、何で知って――」
不意打ちをくらったような朔の視線を受けてぎくりとする四夏。
「ごっごめん、良い目標だし皆のやる気になると思ってつい……」
首をすくめるも、予想した強いトーンの声は降ってこず。
かわりに返ってきたのは困ったようなため息。
「まあ、先輩がたが良いなら構いませんけど。……その、ありがとうございます」
うろうろと三人の間へ視線を彷徨わせながらつぶやかれた言葉に先輩ズは顔を見合わせて笑います。
それを微笑ましげに見て、二川氏が手を合わせました。
「わかりました、ではそのように書いておきますね。皆さんに武運がありますように」
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