11.金庫番
更衣室へ戻ると、そこにいたのは一人の騎士でした。
「あら……」
スラリとしたシルエットのプレートメイルに隠れているものの、
椅子に腰掛けてもも裏のベルトを確認していた野木さんは、四夏たちを見て意外そうにまばたきしました。
「お疲れ様、三人とも惜しかったわね」
「いやぁ」
へらへらと後ろ頭をさわろうとする四夏を横から伸びた
彼女はずいと踏み出していました。
「ですよね、そう思いますよね!」
普段のダウナー調とは打って変わった快活な声と表情。以前四夏がちらと見かけたバイト先でのそれが近いかもしれません。
バイザーを上げた野木さんは薄い笑みを浮かべて頷きました。
「ええ、あの三人組相手に大したものよ。もっと落ち込んでいるかと思ったけど、その様子なら心配ないわね」
四夏がなんとなしに
香耶乃は胸を張って言いました。
「そりゃもちろん! 優勝候補と良い試合をしたんです、遠征チームに入れてもらえる可能性はまだありますよね?」
四夏と朔は顔を見合わせます。さっき実力不足は
スゥ、と野木さんの目が細まりました。
「……いいえ、その可能性はないと思った方がいいわ」
「えー!? どうしてですか?」
「瀬戸さんや
たしなめるように言われた内容はまったく正論で、四夏は内心納得してしまいます。
「いやーそこはほら、チームワークで補うってことで……」
たらりと汗を流しながらも押し切ろうとする香耶乃。けれど野木さんの指摘は緩みません。
「体格の問題もあるわ。
「で、でも、大人でも体の小さい選手はいますよね。
この反論は四夏。さっきまで体格の有利不利をまざまざと感じるリングにいたからこそ、それを絶対の基準とするのには一抹の
野木さんは背もたれに体をあずけると腕組みをします。鋭い眼光はまるで刑事ドラマのよう。
「確かにね。けれど春山君は『
ぴしゃりと言われて引っ込みかけた四夏の意見を、朔が引き継ぎます。
「どれくらいかかりますか、身につけるのに」
「少なくとも遠征までの一か月でどうにもならないのは確かよ。メンバーの選考には私も事務方として口を出すけど、あなたたちはおそらく誰も推薦しない」
ハッキリと告げられ、さすがに言葉を失う三人。わずかの間で立ち直った香耶乃がしぼりだすように訊ねます。
「野木さんが私たちを推薦しない一番の理由を教えてください」
立ちあがった野木さんは壁の時計を一
「実力と体格については言った通り。さらに加えるなら、モンアルバンにとって利益にならないから」
シャコンとバイザーが下ろされ、取り上げられた盾とメイスがその細身を鉄門と塔のごとく固めました。その立ち居振る舞いには一分の隙すら見当たりません。
「どうせお金を出して送り出すなら世界から多くを持ち帰ってくれる生徒を
入場口へ歩きだす彼女を黙って見送るしかない三人。
香耶乃だけがその口元に笑みを浮かべていました。
◇
大会を終え、帰りの電車に揺られます。座席は埋まっているものの、満員というほどでもない混み具合。
互いに口数も少なく、うつらうつらと船をこぎながら終点にさしかかったころ、朔がぽつりとこぼしました。
「……野木さんに言われた通りな気がします。アタシたちには欠けているものが多すぎて」
うけて四夏もまた同意します。
「そうだね……力不足で無理に出たって結果は出せないし」
隣でつり革のかわりに四夏の腕をつかんだ朔の頭の向こうを、夕焼けの街並みがボンヤリと流れていきます。
そこへ、ニュッと香耶乃の額が突きだされました。
「二人とも、なにしょんぼりしてるのさ。当たり前でしょそんなの」
「へ……」
「さっきのはちょっと
ニヤリと企んだような笑みはさっきとは打って変わっていつも通りで。
ふいに大きく車体が揺れて、全身くたびれた三人はふらふらと互いを支えにもたれあいます。
「それって、えっとだから、実力と体格?」
「正確にはそれを補うトレーニングと実践ね。でも本質はそこじゃない。言ってたでしょ、世界から何を持ち帰れるかだって」
顔をつきあわせて訊ねた四夏に香耶乃は。
「つまりモンアルバンにメリットがあるかって話。分かりやすいよ、それに使える選択肢も多い」
楽しそうに言ってからもう一方に目を向けます。
「正直それだけなら何とでもしてみせる。あとは行って勝てるかどうか。朔っちゃん、どう?」
問われた朔は眉をしかめてじっと四夏の膝あたりを見詰めました。
「……現状では難しいと思います。練習不足に体力不足、そもそも人数すら足りてない」
四夏の感触もだいたい同じでした。付け
でも、と朔は続けます。
「でも、一年後なら。春山選手や他の選手のメニューもお城には保管されてるハズですし。メンバーだってきっと」
プシュっと電車のドアが開く音。
「……来年かぁ。まーそうなっちゃうよねぇ」
駅に降りた香耶乃は空を仰いでひとりごちます。
四夏たちの学園もよりのこじんまりした二線ホーム。
「センパイたち、は」
一足遅れて転落防止の壁を抜けた朔が、不自然に言葉を区切りました。
「いつまで付き合ってくれるんですか。最初の目標だった〔BLADE!〕は終わりました。今日がひとつの区切りだと思います」
振り向けば朔は立ち
「そんなの……」
言うまでもない、と踏み出そうとした四夏を横から遮る手。
かわりに口を開いた香耶乃がいたずらっぽく口端をゆがめて言います。
「そうだね、じゃあこの先一年分、追加で報酬をもらおうかな」
何を、と見返した四夏はしかし、わずかな間に真剣な表情へと変わっていく横顔に言葉をのみこみます。
ひとり人ごみに逆らって朔へ歩み寄った香耶乃が手を差し出しました。
「全部うまくいったらさ、友達になってよ、私と」
四夏からはその表情も意図も窺えません。が、その背中はいつもより
「それだけ、ですか?」
ぱちぱちとまばたきする朔。
「だけって心外だなー、私けっこう重いと思うよ? 死ぬまで切れない縁って想像できる?」
ビルとビルの間にすい込まれた太陽がホームに夕闇をよびこみます。
ややあって握り返される手。
「いいですよ、望むところです。あなたのことはよく分かりませんけど、求めることを考えればそれくらいのリスクは負うべきでしょう」
「……ぷはっ、リスクね。確かに。もっともだ」
一転しておかしそうに笑う香耶乃に、何だったのかと首を傾げる四夏。
そのとき、朔がこちらを見ていることに気付きました。
「センパイは何が欲しいですか?」
へ、と間抜けな声が出ます。
「わたしはそんな……えっと、また泊めてもらえたら助かるかな、なんて」
「それはもう約束したでしょう。センパイにはなし崩しで協力してもらってますし、遠慮しなくていいですよ」
「うんうん、ギブアンドテイクってね。貰うもの貰わなきゃお互いにパフォーマンスが落ちちゃうんだから。目標への第一歩だと思ってさ」
朔からはほんの少し不機嫌そうに、香耶乃からは面白がるように促されて思案をめぐらす四夏。
けれど考えるほど今の朔にこれ以上要求できることなどないように思えます。そもそも朔の願いを叶えることは今や四夏の願いでもあり。
ずい、と朔が四夏へ詰め寄りました。
「なんですか、アタシに期待することなんて何もないってコトですか?」
「そ、そんなことないけど!」
「だったら早く言ってください、いつまでも同情で助けられたままじゃモヤモヤするんですよ」
「まだそれ根に持ってたのっ?」
「大体センパイはお人好しすぎます! バカみたいに何でも背負い込んで! アタシ言いましたよね、いつか騙されるって!」
「い、言われたっけ……?」
それはそれとして、何で自分が怒られる流れになっているのだろうと詰め寄られた四夏はあとずさります。朔の力になりたいし、それに報酬なんて求める気になれないというだけなのに。
「さっきの試合だって充分以上にやったじゃないですか、それを――!」
「う、うぅっ」
耳を塞ぎたくなるのをぐっと堪えます。もうたくさん、自分がダメなことはいまさら言われるまでもなく分かっています。
そう強いて、しいて朔に求めるところがあるとすれば。
「わ、わたしに優しくしてっ!」
冷や水を浴びせられたような顔をする朔と、ブフッと噴きだす香耶乃。
情けなく頭をかかえた四夏はおそるおそる上目遣いで朔をうかがいます。
「あ、あんまり怒んないでよ。言われたことは直す、ように努力する、から」
朔は数秒固まったあと、スっと真顔にかえってうなずきます。
「……分かりました、センパイがそれでいいなら」
彼女は二歩、三歩と四夏を追い越し。腰の後ろで手を組んで振り返ります。そこにあったのは人懐っこい笑み。
「――センパイっ今日はありがとうございました!」
「お、おおっ?」
なんだか懐かしい、これはこれで背筋が寒くなりそうな愛らしいモーション。
「とってもカッコ良かったです! アタシこそ足引っ張っちゃってごめんなさい!」
「いっいや、そんな……!」
朔なりの冗談かと思いつつも、ついふらふらとその小さな頭に手を伸ばす四夏。
「これで満足ですか」
「ひぇ」
指先が髪にふれるかどうかという直前、低く平坦な声でたずねられて腕をひっこめます。
フンと小鼻を鳴らして背を向けた朔は。
「まぁいちおう善処はします。アタシもちょっとセンパイに期待しすぎちゃう所があるので」
ややばつが悪そうにうつむいて言いました。
「いっひひ、信頼されてるねぇ四夏っちゃん」
「ちっ……が、いや、まぁ、部分的にはそう、ですけど」
香耶乃の茶々への反論もおとなしめ。いつになくしおらしい様子の朔に四夏は。
「朔ちゃん……っ、いいよもっと頼ってくれて! なんだぁわたしてっきりダメな先輩だと思われてるのかと」
「いやそれも部分的にはそうですけどね」
感激あまりにハグすると、朔は不服げに身じろぎします。
「じゃ、とりあえず今後ともこのメンバーで頑張ろうってことで。私もいろいろ考えとくからさ」
香耶乃の言葉をきっかけに、ひとまず解散となりました。
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