3.剣友
何年ぶりかの入り組んだ街路をたどります。
自転車のペダルはやたらに重く、気を抜くと傾いてしまいそう。
“
ほこりっぽい突風にぎゅっと目をしかめながら、四夏は昨日あの後のやりとりを思いだします。
§
「それ、どこでやるの」
アーマードバトル。懐かしくも苦いその響きに四夏は問い返しました。
「確か……なんだっけ、チーズフォンデュみたいな名前の」
「ごめん、そこには行きたくない」
くいぎみに断る四夏。
香耶乃は特におどろいた風もなくそれを横目でうかがいました。
「あ、やっぱり関係あるんだ。どしたの、もしかしてキツくてやめたとか?」
「……そういうワケじゃないけど」
小学五年生、お姉さんへの告白騒動のあと。
お城のレッスンを休みがちになった四夏は、中学に入るころには正式に退会しています。
勉強したいというのが表向きの理由。でも本当は
「ちょっと顔を出しにくいっていうか。いい加減になってやめちゃったから」
一生懸命がんばっても何の役に立つのだろうと思ってしまってからは、一気に
そんな四夏の態度は、真剣にレッスンしている仲間や先生の目にどれだけ不愉快だったかと、今になって思います。
「ふーん。でも何年も前のことでしょ。もう覚えてる人なんていないんじゃない?」
「そうかもしれないけど……やっぱり行けないよ、失礼だもん」
「失礼って?」
いつの間にか詰問されるような形になっているのは四夏の腰が引けているからでしょうか。
断りたい一心でもよもよと理屈をひねりだします。
「だって、やりたくなくなってやめたんだし。いい加減な気持ちでまたやりますなんて、助っ人でも言えないよ」
「いやぁ、経験ないのに大会まで出てたこれまでの方がよっぽど意識低かったと思わない? サイクルポロ部とかフットテニス同好会とか、今でもルール曖昧でしょ」
「それは……そうだけど」
正論で返されて口ごもる四夏。
分かっています。誰への配慮でもなく四夏の気が向かないだけ。
ちょいちょい、と香耶乃が着ぐるみで手まねきしました。
「――ちなみにすっごい美少女だよ、依頼人。ちょっとキツそうなのが
近づけた耳元でささやかれてバッと体を離します。
「っだから!」
「あっはは、ごめんごめん。でも今の所それ以外に依頼ないし、ていうかもう会う約束しちゃった、みたいな?」
「なっ……」
さすがに物申そうと舌に力をこめた四夏を香耶乃はまあまあとなだめ、それに、と。
「人生の一部分でも投資したことを完全にシャットアウトしちゃうのは勿体ないよ。私も小さいときに習ってたピアノ、半年に一回くらいは触るしさ」
うってかわって真面目な表情でさとされて、眉間にしわを寄せるだけに留めてしまった四夏。
§
もっと強く反論して断っておけばよかったと、四夏は今更ながらに後悔します。
サドルの後ろからしなだれかかる一人分の体重。
「ほらほら頑張って。マネージャーみたいで楽しいねコレ」
「いっ、い、ようにっ、使われてるっ、気がするっ」
やけくそ気味にペダルを踏むと、後輪に立ち乗りした香耶乃が四夏の両肩をパタパタと叩きました。
「ヒュー、やるぅ。これで帰宅部ってんだから勿体ないモッタイナイ」
「……別に」
四夏だって好きで帰宅部に甘んじているわけではありません。
ただ、何をやっても二の舞になる気がして。
今度こそ迷わず挫折せず目指し続けられる何かを探して、それまではせめて宿題くらいはマジメにやっておこうという心持ちなのです。
キッとブレーキを握りました。
「着いたよ、降りて」
「ここ? ふーん、けっこう込み入った場所にあるんだ。いかにもマイナースポーツって感じ」
並び立つ倉庫をみまわして独りごちる香耶乃にちょっとムッとする四夏。
はじめて自分がこのお城へ来たときの感動を欠片でも味わわせられたらと思います。
「トレーニングルームって聞いたんだけど、四夏っちゃんわかる?」
「ん、こっち」
むくれた顔を見せないよう先に立って進みます。玄関の石壁も木の扉もすこし古びて見えました。
「へえ、雰囲気あるねぇ」
感心する香耶乃を連れて正門を通りすぎ、隣の倉庫兼レッスン棟へ。
ドアに手をかけたとき、向こうから勝手にそれが開きました。
「――とにかくムリだからっ本当ゴメンね! きゃっ」
飛びだしてきた下級生らしいショートボブ少女とぶつかりそうになり、四夏は身をかわします。頭を下げるのもそこそこに逃げるように去っていく女の子。
あっけにとられて見送った四夏はしかし、屋内からすすり泣くような声が聞こえた気がしてのぞきこみます。
武器防具に囲まれた倉庫の中、一人取り残されたように女の子がうずくまっていました。
「っ、ひっ、く、ぅ~」
ライトバトル用のアーマーを付けたスポーツウェア姿。
しゅんとしたように肩にかかるおさげが、目元をぬぐう動作のたびにうねうねと向きを変えています。
その仕草になんとなく見覚えがある気がして四夏は声をかけました。
「あ、あの」
伏せられていたまつ毛が上がり、パチパチと涙の珠を散らします。
その顔立ちにはたしかに見覚えが。
「……瀬戸センパイ?」
「やっぱり!
赤根谷という名字がとっさに出てこないままに駆け寄ります。
かがんで伸ばした手がパシッと払われました。
「ぇ」
目の前でウサギみたいに盛んに目元をこする朔を呆然と見つめる四夏。
ギロリとはれた赤い目が仕切り直すようにこちらを睨みつけました。
「何しに来たんですか今さら、アタシがどれだけ……!」
「えっえっ」
予想外の反応。
だって四夏がお城をやめたのは朔がここを去った後のことで。
遅れて入ってきた香耶乃が手をあげます。
「やぁ、ご用命どおりに連れてきたよ、助っ人。なんだ、二人は知り合い?」
「……!」
朔の眉が逆立ちました。
かと思えば一瞬にして無表情になり、混乱する四夏の手をとります。
さすさす、きゅむきゅむ。
「へ……あの、朔ちゃん?」
「柔らかいですね、センパイの手」
うつむきがちに言われても四夏は戸惑うしかありません。その時。
ごりっ、と。
「あいったあぁ!」
「何年稽古サボったらこんな赤ちゃんみたいな手になるんですか、ふざけないでください!」
骨と骨のあいだに指をつっこまれ悲鳴。
ぺいっと四夏の手を投げ捨てた朔は憤然と立ち上がって言いました。
「帰ってください! センパイが助っ人なんて絶対お断りです!」
「えっ、えー……」
自分を置いてけぼりで進む話に、肩身の狭さよりも不明さが先にたつ四夏。
とりあえず香耶乃に問うかたちで朔を指さします。
「えっと?」
「そうそう、依頼人。今回の」
なるほど、ひとつ解決しました。「もう結構ですけどね!」と騒ぐ朔をスルーして次へ。
朔に向き直ってこんどは四夏自身を指さし。
「助っ人って、わたしが? 何の?」
「だからもういいって言ってるじゃないですか!」
「うんまあ、わたしもそう思うんだけどね」
「はあー!? 馬鹿にしてるなら帰ってください!」
そうは言ってもまだ話を飲みこんでいる途中です。毒か薬かもわからないではリアクションのしようがありません。
「なんか大会に出たいんだってよ、三人一組で」
香耶乃が横から補足します。余計なことを、とばかりに顔をしかめる朔。
「大会って……もしかして【BLADE!】? あれって子どもは出られないんじゃ」
「今年から
「ご、ごめん、全然見てなかったから、最近」
正しくはやめたときからずっと、ですが。
ともかく、日本唯一の公式トーナメントが若年にも間口を広げたというのは初耳です。
「去年の国際会議で、世界大会に
「へえ、世界大会。それって中学生でも出られるようなもんなの?」
香耶乃が興味をひかれたように身を乗り出すと、イヤそうに同じだけ身を引く朔。
「ただの中学生じゃありません。アタシたちはランク:ガーズマン。ヘビィバトルの中級認定を受けています。参加資格は充分あります」
「えっスゴイ、朔ちゃん頑張ったんだね。というかいつお城に戻ってきたの?」
騎士のランクは男女年齢問わず共通で、キッズクラスはほとんどが入門の【
まさに大人顔負けの経験と実力と言えるでしょう。
素直な称賛と同時にたずねると朔は面白くなさそうに目をそらしました。
「別に、そもそもやめてません。稽古の場所を変えてただけです」
「ええっそんな、わたし朔ちゃんがやめたからやめ――」
「人のせいにするんですかッ!?」
「ごめっごめんなさい! 違いますハイ!」
秒で謝る四夏。どうも朔を前にすると苦手意識、というか自分のダメさを再認識してしまいます。
朔はため息をつくと浮かせた腰をもとに戻しました。
「祖父の縁で【
「そうなんだ……」
かつて鎧造りを教えてくれた花山翁のことを四夏は思いだします。
でもさー、と香耶乃が割って入りました。
「依頼だとたしか、三人チームの一人が足りないって話だったけど。もう一人は?」
「うっ」
ぎしりと固まる朔。
「もしかして今さっきムリですーって出て行った子?」
「うぅ……っ」
悪い夢でも思いだしたように頭を抱えてうずくまり。
「逃げられたの?」
「だ、黙ってください! もう一人メンバーが見つかればきっと考え直してくれるはずです!」
顔をあげて怒鳴った朔の目がチラッと四夏へ向けられます。
「……え、わたし?」
「違いますお断りだって言ったでしょう!?」
「だよねだよね、ごめんね!」
耳を塞いでやりすごす四夏。
立ちあがった朔はその様子を見下ろして言いました。
「簡単に五年もブランクつくっておいて、いきなり大会なんて無理に決まってるでしょう。助っ人なんて半端な気持ちで戻ってこないでください」
「最初のハナシだと体格よくて武術経験者なら誰でもいいんじゃなかったっけ?」
茶々をいれる香耶乃。
ばつが悪そうに言葉につまった朔をみて四夏は立ちあがります。
「いいよ香耶乃、この子の言うとおりだと思う。わたしみたいなのがいたら余計に友達が戻って来にくくなるよ」
やめた当時を知らない朔ですらこんな反応です。自分がどれだけ半端かはよく分かっていました。
「ごめんねお邪魔して。こんなこと言われるのイヤかもだけど、応援してるよ」
「……っ」
朔は一瞬傷ついたような表情をしたあと、ぶすっとして吐き捨てます。
「本当、よけいなお世話です。キツくなって逃げた人に言われたくありません」
「……だよね、分かってる」
じゃあ、と言い置いて背を向けると、さらに背後から。
「まあ、お目当てだった先生にはフラれちゃいましたからね。センパイ的には完全燃焼だったのかもしれませんけど」
四夏の頭でぷちっと何かがキレます。それは現在進行形で大変デリケートな、心の地雷原へ踏み込まれかけたことへの防御反応でした。
「っ、分かってるって、もう帰るって言ってるでしょ! なに、喧嘩うってるの!?」
「うってますよニブいですね相変わらず!」
即答で返され思わず目をぱちくり。
その隙をついて朔がまくしたてます。
「怒ったんなら証明してくださいよ、まだ終わってないってこと。人の反応なんて気にするほど器用じゃないでしょうセンパイは! いいから素直に煽られてください!」
「な……」
あんまりな言われように言葉を失っているところへ、香耶乃までもが加わり。
「ちなみに分かってると思うけど四夏っちゃん。この依頼を蹴ったら再来週の件は自分で何とかするんだよ」
「年下にここまで言われて恥ずかしくないんですかっ?」
「むっ、ぐ、みんなして好き勝手言って……!」
ぐちゃぐちゃになった頭を抱えた四夏は、そんなに言うならやってやろうと思い立ちます。
せいぜい滅茶苦茶にみっともなく剣を振ってみせれば、朔も幻滅しようというもの。
「いいよ、やろう。防具貸して」
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