2.おまじない
騎士道物語において、恋とは尊く美しいだけのものではありません。
不忠なる恋。呪われし恋。けっして叶わないと運命づけられた恋。
ひとたび落ちてしまえばどんな騎士も勇士もあらがえず、それまでの徳や信仰さえかなぐりすてて狂奔する心の迷路。
『――瀬戸センパイって、あの人のこと好きなんですか?』
だからあの言葉を聞いたとき、羞恥よりも先に浮かんだのは戸惑い。
自分が得体の知れない怪物の口の中へ気付けば踏み込んでいたような、恐怖。
(そんなわけない。女の人、だし)
ささいな材料を見つけて否定してみても、胸のざわつきは大きくなるばかり。
思えば四夏は人付き合いに臆病でした。経験値が不足していて判断材料にもならないのです。
三年前、パティと仲違いしたあの日から。
あれから一年後、パティは予定通り留学期間を終えてポーランドへ帰っていきました。
期間中、二人は表立って何かがあったわけではないものの、それは互いに距離を置いていたということでもあり。
お別れ会の時、クラスみんなのプレゼントを渡す役に立候補したのがせいいっぱいの勇気でした。
けれど受け取ったパティは笑顔で皆へ感謝を伝えただけ。まるでそうしようと決めていたみたいに。
以来、四夏はちょっとだけ引っ込み思案です。
大人しいわりに運動も出来るので色んな友達に誘ってもらえますが、自分から誰かを誘うことはあまりしません。
当然、恋愛相談など出来る相手はクラスにいないのでした。
悶々とした日曜日をすごしたあと、浮かんだのは幼なじみの顔。
昼休み、隣のクラスをのぞいた四夏は彼女を見つけて小さく手を振ります。
「あ、杏樹ちゃーん……」
数人の友達に囲まれおしゃべりに興じていた杏樹は、ちょっと怪訝そうにやってきました。
「どしたの、珍しいじゃん」
「ん、ちょっと相談したいことがあって……」
3年、4年、そして5年と別クラスで、習いごとのバレエにも忙しい杏樹と四夏はちょっぴり疎遠気味です。
「ここでいい?」
「えっと」
周りを見る四夏。入り口ちかくでは他のグループが集まって遊んでいます。
察したのか、杏樹は最近のばしはじめた髪をかきあげて嘆息しました。
「しょーがないなーぁ。ごめーん、ちょっと行ってくる」
周りに聞かれず話せる場所、ということで四夏の席に二人で戻ります。
最前列の窓際でつきあわされる二人の額。
「えっと、好きな人が」
「っホントに? うわぁ! 誰、だむぐぐ?」
ばちむ、とその口を正面から掴む四夏。
「しーっ、出来たかもしれないって話! 最後まで聞いて」
コクコクと頷く杏樹。四夏はその口を解放すると手についたよだれをスカートでぬぐいます。
「で、誰? 楠本君と石川君はマズいよ、いま狙ってる子いるから」
開口一番。なぜそんな情報に詳しいのか、そのネットワークはもはや四夏の理解できる世界を越えています。
「だから……えっと、変に思わないでね。あの、女の人、なんだけど……」
「ちょっと待って」
杏樹はふせた顔を手で覆いつつ、空いた片手でストップサイン。
数秒そうしてから真剣な顔を四夏へ向けて言いました。
「あたしじゃないでしょうね?」
「ち、ちがうよ!? なんでそうなるの」
「だってそれ以外に心当たりないし……」
ひどい
「学校の人じゃなくて、モンアルバンの」
「あぁ、あの剣術教室ね。よく続くよね四夏も」
杏樹にはキッズクラスが設けられたとき連れて行って誘ったものの、本物の鉄鎧の打ち合いを見てすっかり怯えてしまったきりです。
「お姉さん、いたでしょ。わたしと杏樹ちゃんを乗せてってくれた」
「あー。へぇー、四夏ってあぁいう人が好きなんだーぁ」
「ちょ、ちょっとだけね? もしかしたら好きかもって……」
「ふぅーーん」
のけぞって足を組みながらニヤニヤする杏樹。
「や、やっぱりいい! 杏樹ちゃんには相談しない!」
「まーまーまー待ってって。一緒に作戦立ててあげるから」
体ごとそっぽを向きかけた四夏の二の腕を掴んでくいさがります。
正直その好奇心のオヤツにされるのは心外でしたがもともと、彼女しかアテがなくて頼っている四夏です。
「作戦?」
「まさか好きでいるだけでいいなんて言わないでしょ。お姉さんをオトす方法、考えよ?」
「お、落と……っ」
かあっと赤面する四夏そっちのけで杏樹はポッケを探ります。
「とりあえずハイこれ」
差し出されたのはカラフルな組み紐。ピンクと赤が織りなすそれを四夏はクラスメイトの手首に見たことがありました。
「ミサンガのおまじない。好きな人のことを強く思い浮かべながら利き腕に巻くの。お風呂のときも外しちゃダメ。自然に切れたときに恋が叶うの」
問答無用で右手首にそれを巻かれながら、やっぱり恋というのは呪いの一種じゃないかという印象を四夏はつよくします。
「あとオシャレ。四夏あんまり服とか気にしてないでしょ」
う、と図星をつかれたじろぎ。
さすがにお父さんチョイスの服は論外すぎてある程度は自分で選ぶようにしているものの、どうしても動きやすさや着心地重視になってしまう四夏です。
「だってわたし、センスわるいし」
「いじけないの。可愛くなろうとする気持ちが大事なんだから」
ふくらんだ頬を杏樹につつかれながら頷きます。
「次にお姉さんに会うのはいつ?」
「土曜日」
「じゃ、とりあえずその日は思いっきりカワイイ服で行くこと。あたしも一緒に選んであげるから」
「え、えっ、そんな、無理むり」
可愛い服を着るというだけでも大ハードルなのに、それでお姉さんと会うなんて考えただけでもざわざわが止まりません。
「これくらいで何言ってるの。上手くいったら今もっと無理なことも無理じゃなくなるんだから。××とか×××とか」
「~~~~っ!?」
あっけらかんと数次元ちがう世界の話をされて言葉を失う四夏。
面白がる杏樹をみてようやくからかわれたと気付いたときには彼女は素早く出口へ向けて身をひるがえしていました。
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