10.幕間

 夜半も過ぎ、いいかげん酔っぱらいも店の明かりも消えはじめた繁華街。

 ちょっとお高いお寿司屋さんや焼肉店が軒を連ねるメインストリートから、少し外れた小路。

 赤ちょうちんに浮かぶビニールのれんを押し上げて、ワタシは馬鹿明るい店内を見渡します。

 すぐ近くのテーブルで手が上がりました。


「あっ、つ、辻道つじどう先輩、で、いらっしゃいますか、もしかして?」


 まったく気付かなかったその御姿に、高校のころの面影を探しつつたずねます。


「なにそれ、とりあえず座んなよ」


 先輩はおかしそうに笑うと二人掛けのテーブルの対面を指しました。

 さすがにちょっとかしこまって椅子に座ります。こずえ小鳩こばとです。


 ――部屋の引き出しにレコーダーを見つけたあと。酔った勢いそのままに連絡先リストから先輩を探してメッセージを送っていました。奇跡的に予定が合い、会って食事でもという話に。今に至ります。


「どうしたの、急に誘ってくれちゃって」


 ご無沙汰ぶさたね、と先輩の目が言っている気がしてワタシは出されたおしぼりなどひっくり返してみます。


「別に、前から先輩とは会ってお話したいと思ってましたよぅ」


 本当です。在学中は放課後ずっと付いて回るくらいには慕っていましたし、卒業後も会えば挨拶くらいはしていました。社会人になってからはそれもなくなりましたが。


「ふぅん、まあいいよ。で、相手はどんな人?」

「へ?」

「迷ってるんでしょ、結婚するかどうか」


 そこでやっと先輩のご職業に思い至ります。

 趣味が高じてというかなんというか、占い師の養成学校を卒業された先輩はいま、その道ではけっこうな有名人なのでした。

 であればこれはコールドリーディングというものに違いありません。先輩に会いにくる若い女性が抱えた不安といえば十中八九、恋愛・結婚ということなのでしょう。


「アテが外れましたね先輩。この梢小鳩はまだまだフリーでいたいのでして」

「売れ残るよーブレスレット買う?」


 オーダー用のタッチパネルをいじくりながら雑な営業をかけてくる先輩。大きなお世話です。


「先輩こそどうなんですか」

「んー? どうかな、当ててごらん」


 むむ、とそのルックスを凝視するワタシ。

 黒と緑に染め分けられた長髪はいかにも謎めいていて、切れ長の目は視線が読みにくそう。仕事帰りだという服装は肌を見せないタートルネックにロングスカート。


「ずばり外資系企業の支社長あたりにパトロンがいると見ました、愛人契約コミで!」

「ハズレ。そんなステレオタイプ抱えて取材記者なんてやってけるの?」

「ワタシはアナウンサー志望だからいいんです! 決まった原稿、正しいイントネーション、不快感のない見た目! まさに適職!」


 ぎゅっと自分を抱き締めたワタシを見下ろして先輩はお冷を傾けます。


「ホントに適職ならとっくに収まってると思うけど」

「あー聞こえません! 世の夢追い人を追いつめる発言はやめてください!」


「生中でーす」

 どんと目の前にジョッキがふたつ運ばれてきました。なみなみと発泡する液体をお互い無言で流し込むことしばし。


「はぁー……で、どんな人なの、相手は」

「先輩、ループしてますよ。弱いんですかお酒」


 そういえば二人で飲むのは初めてです。


「違う、仕事相手。それ関係でしょ相談は」


 当たらずとも遠からずな指摘にドキリ。いえ、本当にただ旧交を温めたいなという気分で連絡したのは確かなのですが。

 心当たりがないならアナタが間違っているのよ、と言わんばかりの自信顔につられて、つい以前からの疑問が転がり出ます。


「……先輩、ワタシが高校一年のとき総文祭に出したドキュメンタリー覚えてますか?」

「覚えてるよー、全国行ったもんアレで」


 琵琶湖びわこのナマズ大きかったよねえ、などと忘れかけていた思い出話にひとしきり相槌。それから。


「あのとき先輩はワタシに言いましたよね。西に『運命』があるって。あれって」

「本当だよ」


 あまりに奇もてらいもないトーンで言われて、思わずその顔を見返してしまいます。


「うるさい後輩を追い払う方便でなく?」

「ま、半分はそれもあったね」


 先輩はジョッキを揺らして中身を渦巻かせながらにやり。


「ただ……今でこそこんな芝居がかったことしてるけどさ。確かに何かがえるときってのはあるんだ」


 すっと真面目な表情で見返されます。


「占い師が野球のバッターだとして。2、3試合に一本ホームランだけ打っても、それはまあ大したもんだけどプロだとキツいでしょ。だから小手先の技術を勉強したりするんだけど」


 天啓的なひらめきと、リーディングのような対話・推理術。その二本柱で占いは成り立っているのだと先輩は言います。


「あの時はホームランの方だった?」

「多分ね」


 夢を見るように目を閉じて語る先輩。


「――小さくてまぶしい光が、あなたや多くの光を巻き込んで昇っていった。地を這いそれを見上げる私の前には三枚のカードが示された。“情熱と絆”“誘惑への勝利”、そして“失望”」

「……失望?」


 不吉な言葉につい口を挟んでしまいます。


「そう、未来を暗示したのかもしれない。三枚目のカードが開いた時、光は弱まった」


 視えたのはそこまで、と目を開けて先輩。

 さて、と仕切り直すように笑って手をさしだすと。


「そのバッグに入った企画書を見せなさい。【スピリチュアル特集】なんて目の付けどころがいいじゃない」


 いかにも『視えています』と言わんばかりのドヤ顔に思わずふきだします。


「先輩、小手先の技術のほうはあんまりみたいですね」

「……うるさい、あなたが知り合いの中で輪をかけて変人ってだけだから」


 ふくれる先輩とそれを面白がるワタシの前に料理が運ばれてきます。ニンニク丸揚げ、レバニラ、チーズ盛り合わせ……


「ちょ、先輩、ワタシ明日も仕事なんですけど! 人前で話すんですけど!」


 なんだって臭いのキツいものばっかり! というか先輩だって客商売でしょうに?


「じゃあこっちで引き受けるわ。心配しないで、悪魔と対話してたことにするから」

「まさかそのまま占いやる気ですか!? 悪魔は先輩ですよワリカンなのに!」

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