8 報酬は前渡し?


 翌朝、俺は日の出と共に起きた。

 寝心地の良い寝台のおかげで、睡眠は十分だ。昨夜の酒も体に残っていない。さすが、高級と名高いマッシクム酒。悪酔いする安酒とは格が違う。


 「花粉」と呼ばれる細挽粉で作られた白パン、山羊と羊のチーズ、ドレッシングを掛けたレタスとアスパラガスのサラダ、薄めた葡萄酒と、簡素だが質の良い朝食を昨夜と同じ食堂で三人で食べると、俺は早速、ポピディウスの家へ向かう準備をした。


 荷物を纏め、背中に負う。

 長い間、帝国中を旅してきたので、余計なものは持たない習慣ができている。

 市内での帯剣は違法なので、グラディウスは荷物の中へ突っ込んだ。ただ、短剣はブーツの中へ隠している。何かあった時の保険だ。


 コレティアから解放されるかと思うと、心は軽く、財布は重い。

 昨夜の言葉通り、フラウィアはケリアリスと約束していた以上の報酬を払ってくれた。


 玄関まで、わざわざコレティアとフラウィアが見送りに出てくる。

 自分の家へ帰ってきたというのに、コレティアは旅行中と同じような簡素な白いストラを着ていた。動きやすい服装が好きなのだろう。コレティアらしい。

 耳には、例の真珠の耳飾りが揺れていた。


「ポピディウスの家は、どこなの?」


 俺の隣に立ったコレティアが、遊びに行く子供のように弾んだ声で尋ねる。俺は驚いてコレティアを見つめた。


「まさか、従いてくるつもりか?」


「勿論よ」

 コレティアは、当然、とばかりに頷く。


「断る。もう、あんたの護衛じゃないんだ」


「気にしないで。私が勝手に従いて行くだけだもの」

 コレティアの返事は、にべもない。


「私は大人しく家にいる気は、全くないの」


 俺はようやく、昨日コレティアが俺を引き留めた訳を理解した。


 縁談やフラウィアの小言から逃げる為に、最初から、俺をだしに家を出るつもりだったのだ。

 一人きりでの外出は反対されると思ったのだろう。だが、俺がコレティアの企みにつきあってやる必要は微塵みじんもない。


 俺はフラウィアがコレティアを叱るだろうと期待して、フラウィアに視線をやった。


 フラウィアは子供の悪戯いたずらを見守るように微笑んで、コレティアを見ている。俺の視線に気づくと、フラウィアは笑みを深くした。


「ルパス。日が暮れるまでには、コレティアを家へ戻してちょうだいね」


 呆気あっけにとられた俺が何か言うよりも早く、笑顔のまま告げる。


「報酬は、前渡しで払っているでしょう?」


 やられた、と思ったが、もう遅い。

 金を返すという手もあった。だが、さっき礼を言って受け取ったばかりだ。みっともない真似は断固したくない。


「ルパス。何をぐずぐずしてるの。お母様の許可が下りたのだもの。長居は無用よ」


 門番に門を開けさせたコレティアが、振り返って俺を促す。

 俺は市場へ連れられて行く哀れな子牛のように、コレティアの後に従いて、ケリアリス邸を出た。


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