第11話 上手く行くとは思えねえ
上手く行くとは思えねえ。
オード王国一部族の長であるガード・ラングルの思いは、王都ヴァルトシュタインを出てからいままで、ずっと変わらない。ルートクルスからの敗走以後、ラングルが前線を離れているうちに、王国国境の要衝、ダキニが落ち、続いて街道沿いに城塞都市マイカまでもが神聖王国の手に落ちた。マイカはオード第二の都市であり、王都とは目と鼻の先の距離である。オード王国は喉元に刃を突き付けられた状況であり、マイカの奪還は急務であり、絶対であった。
だが、これが上手く行くとは思えねえ。ラングルは手にした布袋を顔の高さまで持ち上げた。ざらり、と袋の中で細かい金属同士が触れ合う音がした。
オード王ルーメイと、彼の軍司であるシャドという異国の男から、ラングルはマイカ奪還を命じられた。しかし、与えられた兵の数は僅かで、その代わりに、と持たされたのが、この布袋だった。
キッと、ヤクにタチマすよ。兵士なドよりモ、ね。
シャドは彼独特の、強い訛りのある抑揚でそう話し、ニヤリ、と笑った。その笑みの禍々しさが、ラングルの頭から離れない。
だが、やらなければならないことは変わらない。シャドという男が、オードの救世主であろうと、破滅に導く悪魔であろうと、ラングルがやるべきことは、変わらない。この国から、カレリアの連中を叩き出す。そうしなければ、彼は彼の部族を、家族を、守ることが出来ない。
勝てる戦いのはずだった。攻め込んだカレリア領レネクルスには、カレリア精強の騎士団、『
「何だか知らねえが……おい」
ラングルは近くにいた部下に布袋を差し出す。
「予定通り、潜入の手はずは整ったのか?」
「へい、頭。そいつを城郭の内側で撒いてくればいいんですね?」
ルーメイ王のように学のない自分が言うのも何だが、部下の顔は小狡い表情ながら、あまり頭は良さそうには見えなかった。差し出されたものの中身への疑問はまるでない様子で、部下は得体の知れない布袋を軽々と受け取った。
「ああ、そういうことらしい」
「任せてくだせえ。ちょいとやってきますよ」
にやりと笑った部下の男は、すぐさまその場を離れていく。少しでも疑問があれば、あんな得体の知れないものを、危険を冒して敵地に潜入し、撒き散らして来ることなど、出来はしない。大体にして、敵地に撒いて来るものなのだ。ろくなものが入っているはずはないし、自身の身の安全すら怪しい。
なるほど、とラングルは思った。ルーメイ王はこの国を作った時の、ラングルを含めた複数の部族長に、学問の必要性を猛烈に解いた。論理的な思考を手にすることが、隣国にして超大国であるカレリアや、その他の国々と渡り合うには必要なことだと。ルーメイや、オードという国への盲信、狂信の成せる技かもしれないが、あの男のように迂闊な請け負い方は、論理的な思考が育っていれば、避けるという選択肢も、あったかもしれない。
いや、それを言うならば、おれもそうだろう。王がカレリアへの侵攻を宣言したとき、おれに論理的な思考が育っていれば、それを避けることも、その矛盾を問うことも出来たはずだ。ラングルは自問した。王が、あの平和的な王が下した侵攻の宣言。その後ろには、あの軍司の姿があった。何かがおかしい、と気付きながら、部族の中から沸き起こった侵攻への賛同の熱に、ラングルもまた思考を停止した。暴れられる、奪い取れる、という直線的な衝動に突き動かされ、いの一番に侵攻した。その罪深さ。自ら考えることを破棄し、欲望のままに突き進んだ結果に、冷や水をかけられたのが、王都への召還時に目にした、ルーメイ王とシャド、それにあの来訪者たちの様子だった。
目的も、その必要性も分からない。分からないが、ラングルの頭には、彼らを目にしてから、ずっと離れない想像がある。そんなことはない、あるはずがない。そう言い聞かせても、その想像は消えない。寧ろ否定すればするほど、真実味を帯び、立ち上がる。
この戦い。
この戦争。
誰かと誰かの遊びではないだろうか。
それは駒を動かし、王の駒を取り合う、盤上の遊戯のような想像だった。片方にはルーメイ、いや、あの嫌な笑みを見せる異国の軍司。片方には、ルーメイの前に立ちながら、膝も付かなかったあの男。生きた人間、生身の命を使った、遊び。もし、もしもこの想像の通りだとすれば、おれは、おれたちは……
「……生け贄、みたいなものだな」
力無く笑ったラングルは、静かに立ち上がった。いま、彼が身を潜めているのは、マイカを見下ろすことの出来る丘の上で、眼下には石造りの巨大な都市の姿が広がっている。得体の知れない布袋を持った部下が、あの中身を解き放った時、何が起こるのか。この位置から見定めて、行動を起こそうと考えていたが、果たしてそれは正しいことなのか、ラングルは悩んでいる。
自分は、一部の狂人たちの、常人の理解を越えた悪辣な遊戯の片棒を担がされているだけではないのか。どうせろくなことは起きないとわかりながら、また自分で考えることを放棄し、作戦である、仲間を、部族を、家族を守るためだと言い聞かせて、あの中身を世に放つ。それは正しいことなのか。
自分にも、論理的な思考は、必要だったかもしれんよ、王よ。
ラングルは目を閉じ、天を仰いだ。
空は晴れ、眩しい陽光が降り注ぐ。しかし、その光を、熱を、ラングルは感じなかった。
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